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短編 冬のある日に

久しぶりの投稿となります。

メリークリスマスです。

―――フェリシア領、路地裏の喫茶『ベロニカ』


「またのご来店をお待ちしております」


深夜零時過ぎ。息が白く染まる冬の始まり。最後の客を見送った店主ルーカスは、深々と頭を下げていた。連日の『微睡』の任務と目まぐるしい接客が続き、睡魔に襲われていた。目を閉じればそのまま寝てしまう。そんな意識が飛びかけている中、その銀髪にくしゃっと触れる手。彼が驚いて顔を上げる。


「もう閉店かしら、ルーク?」


フワリとした明るい雰囲気を纏うダークゴールドのミディアムヘアの女性の姿が。

「……あなたでしたか、シャル。こんな時間に路地裏を彷徨くなんて危険ですよ」

想定外の来訪者に警戒していた彼が、愛称で呼ばれ普段とは異なる柔らかい表情に一瞬で変わる。口では注意しつつも、その腕は店のドアを開けている。

「ふふ、相変わらず心配性ね」

クスッと笑いながらコツコツとヒールの音を響かせて店内に入る。ドアにかかるopenの看板は裏返され、closeとなる。シャルと呼ばれた女性のコートを慣れた手つきで受け取り、ポールハンガーにかけると、静かにカウンターの向こうへ行くルーカス。

「今日のご注文は?」

再び喫茶兼バーのマスターの顔となった彼はその整った顔で彼女へ微笑む。

「そうね、とびきり甘いのを」

彼女の名はシャルドネ・ブラント。ほっそりとしたヒョウの女性である。その美貌を余すことなく振りまいており、道ゆく男は彼女を振り返る。彼女は『微睡』のメンバーでもなければ、他領のスパイでもない。この喫茶『ベロニカ』の常連第1号である。

「かしこまりました、仰せのままに」

彼にとってこの店を構えてから初めてのお客様であり、数少ない常連客なのである。何かと話も気も合い、今ではお互いを愛称で呼ぶようになっていた。

「ねぇ、今日は随分と賑わっていたのね」

店内にまだ残る人々の熱気を感じた彼女は長く美しい足をスカートの下で組むと、ゆっくりと微笑んだ。そんな様子をルーカスは横目で見つつ、シェイカーを振りながら微苦笑する。

「えぇ、こんな路地裏の喫茶バー……どうやって見つけてくることやら」

そんな物言いの彼に不服そうに頬を膨らませてシャルは抗議する。

「あなたの作る料理やお酒は一流よ?本来ならもっと評価されるべきだわ?」

シャルの可愛らしい様子を見て思わず笑ってしまうルーカス。シェイカーをカウンターに置くと口元を隠してクスクスと笑う。

「まさか、私が一流だなんて。きっと、もっと素晴らしい才を持った人がこのそう広くはないフェリシアにだってごまんといますよ」

シャルがカウンターに肘を付いて上目遣いでルーカスを見上げる。ルーカスは不意にその美しい蒼の瞳を見てしまった。彼の深緑の瞳と視線が交錯する。目が合ったのはほんの偶然だった。


―――そのはずなのに。


「ねぇ、ルーク。どうしたの?」

悪戯っぽく微笑む彼女から、目が離せないのはどうしてだろう。何ということはない、目を逸らすことなんて簡単にできるというのに。ほんの数秒がやたらとスローモーションのように感じる。彼はそっと視線を外すと、シェイカーからカクテルを丁寧に注いだ。

「……こちら、エンジェル・キッスになります」

コト、とカウンターに置かれたカクテルを見てシャルがほんのり頬を染めながらカクテルの意味を呟く。

「『あなたに見惚れて』……か」

ゆっくりと顔を上げたシャルと再び視線がぶつかる。先程とは異なり、ルーカスは目を合わせたままゆっくりと瞬きをした。シャルはまだ一滴も飲んでいないというのにもう真っ赤である。彼女もまた彼と視線を合わせたままゆっくりと瞬きをした。

「やはり上手ね、都合よく解釈していいのかしら?」

ルーカスもニヤリと笑うと彼女を見つめ返す。

「……それはご想像にお任せしますよ、シャル」

ようやくペースを取り戻したルーカスが穏やかな声で言う。そんな彼のはぐらかす言葉にシャルの照れていた笑顔が寂しさが浮かぶ。

「そう……」


やめてくれ、そんな表情をしないでくれ。


ズキ、と痛む心に気づき、首を振るルーカス。

「……っ、シャル。私は」

こんなにも、心が揺さぶられるのはきっと眠気と連日の疲れのせいだ。なにも、彼女は自分に望んじゃいない。それは勿論自分だって何も望んではないはずなのに。


なのに。どうして。


「フフ、大丈夫よ、ルーク。今日はどうしたの?疲れちゃった?いつもガードの固い君が珍しいねぇ?」

目を閉じてクスクスと笑うシャルの目に、彼の動揺する表情は映らない。見えずとも、わかっていると言わんばかりに彼女の微笑にも曇りが見える。

「……申し訳ない」

彼は、様々な意味を内包したその一言を絞り出すので精一杯だった。それも全て見透かしてか、シャルは微笑みながら語る。

「私ね、貴方の作る料理もお酒も大好きなのよ」

グラスを傾け、クルクルと回しながから彼女は続ける。

「この素敵なお店の雰囲気も、貴方との他愛のない、取り止めもないおしゃべりも、全部」

カクテルを見つめながらクスッと笑うシャル。そう語る彼女を呆気に取られて見つめるルーカス。

「だからね、どれも欠けて欲しくないの」

そう言ってパッと顔を上げると真っ直ぐルーカスの目を射抜いた。

「それは、……とても、嬉しいお言葉です」

微苦笑でぎこちなく答える。そんな彼を見て首を振るシャル。その目は真剣そのものである。

「お世辞でもジョークでもないのよ。心の底からそう思ってるの。だから……さっきの言葉が迷惑で、この素敵な時間を壊してしまうものだったなら、ごめんなさい。無礼を許して欲しい」

真剣に謝罪するシャル。そんか彼女に不意を突かれるルーカス。そして困ったような笑みを浮かべる。

「……私も貴女と過ごす時間は、とても楽しいんです。まぁ、バーのマスターなんて職の男に言われても、信用はないでしょうけれど」

その笑みは、心から喜ぶ純粋な笑みであった。シャルはそんな彼の笑みを見て、思わず安心して笑みをこぼす。

「これからも来ていいの?」

ルーカスは嬉しそうに笑っていった。

「えぇ、お待ちしておりますよ」


着かず、離れず……

こうして今日もフェリシアの夜がふけて行く。

ちなみに猫のゆっくりと瞬きをするのは親愛を表します。冬っていいですよね。


面白い、続きが読みたいと思った方はブックマーク、高評価etc…よろしくお願いします。


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