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短編:憧れのその人

今回も短編となります。

ナトさんと1人のメイドのお話。

―――7年前、ループス城下町町の広場


「わー!ナトさんだー!」


広場の中央ではなく、木陰に隠れるようにリンゴの木に背を預けていたナトに小さな子供達が集まってきた。

この街に流れ着いた当初、彼は他者全てに警戒心を抱いていた。ロボの側で働くこと以外にようやく慣れ、城下町を駆け回る子供達を遠巻きに見ていた。そしていつごろからか、彼は街に顔を出す度に子供達から追いかけられるようになった。


「ねーねー!ナトさんて何でいつも本読んでるの?」


数名のうちの男の子が彼に問う。ナトは少し空を見上げ、考えた後微笑して言った。


「本はいろんなことを教えてくれるんですよ」


その微笑みを初めて見た子供達もまた、ナトへの警戒心を完全に解いた。


「わー!!ナトさんが笑った〜!!」


皆一様に驚きと喜びの表情を浮かべる彼らを見て、ナトは目を丸くした。


「……私も生きていますから、笑ったりしますよ?何故そんなに驚くんですか?」


それを聞いて、一人の金髪の女の子が笑って言った。


「ナトさん、私達と話して笑ったのはこれが初めてよ?」


その少女こそ、後に彼と親交を深める、リュシーである。



―――5年前、ループス城下町、公園


「ナトさんナトさん!」


一人買い出しに来ていたナトに駆け寄る子供がいた。


「リュシーさん、どうしましたか?」


初めてナトが笑ったのを目撃した一人であり、それからはよく友人達とナトの元へ来ていた子で、そろそろ学院課程に入ろうかというアフガンハウンドの女の子である。美しいショートの金髪はウェーブがかかっており、犬種の特徴がよく表れている。学院課程……12歳に入学し、15歳で中等部を卒業の後、高等部はそれから18歳までの課程が敷かれている。


「あの、私」


ナトは首を傾げた。彼女は一体何を言うのか、と。


「ナトさんのご友人になりたいんです」


ナトは面食らってしばらく瞬きだけを繰り返した。


「……すみません、生意気ですよね」


目を伏せて悲しげに呟く彼女を見て、ようやく我にかえったナトは柔らかく微苦笑をした。


「いえ……生意気だなんて。私の友人になりたいだなんて可笑しなことを言いますね」


ナトの笑みを見たリュシーは驚きの表情を浮かべる。


「私と友人になっても特段面白いことはありませんよ?」


そう言われて、ブンブンと頭を振るリュシー。


「そんなことありません!ナトさんはとても素晴らしい知識を持っていて、私が知らないことを何でも知っていて、それにとても優しくて……!」


ナトがリュシーの口の前に人差し指をかざした。


「わ、わかりましたから……そんなに声高に言わずとも聞こえていますよ」


リュシーが不思議そうに彼を見ると真っ赤になっていた。


「……あ、ナトさん照れてる」


ふふっ、と可愛らしく笑うリュシーを見て、ナトは力なく首を振った。


「……ハァ、敵いませんね」




―――それから、リュシーはより一層ナトに懐いた。城の外に出る度に、ナトの元へやってくるリュシーを見て、ナトも頬を緩めるのだった。




―――3年前……


「ナトさーん!」


遠くから自身の名を呼ばれ、苦笑を浮かべながらリュシーを見たナトはギョッとする。

土まみれで美しい金髪を乱しながらも何かを持ってやってきた。


「なっ……リュシーさん、何があったのですか」


思わず心配の声をかけると、彼女はニコニコしながら手に持っていたものを見せた。


「魔素濃度の高い所を見つけたんです!花と魔鉱石をいくつか採取しました!」


普段本を読んでいる大人しく優美な姿しか見てこなかったナトは、今の姿に驚きと心配をする他ない。


「ナトさん、誕生日プレゼントです!」


ナトは口をポカンと開けて驚いた。絶句状態の彼に彼女も驚き、フリーズしたナトの目の前に魔鉱石をブンブンと振ってみたり……と。


「だ、大丈夫ですか?」


ついにナトに声をかけ直すリュシーに対し、ナトがようやく返答をする。


「……魔鉱石も魔法花も非常に美しい上に純度が高い。本当にこれを私に……?」


ナトは首を傾げながら言った。


「はい!」


ナトは片手で顔を隠しながら受け取った。


「ありがとう……ございます」


驚きと嬉しさが溢れ、混乱状態となっていたものの、彼はかろうじて感謝の意を伝える。


「ナトさん、どうして顔を隠しているんですか?」


リュシーが無邪気に訊ねるが、ナトは顔を見せない。


「待っ……いや、その」


綻ぶその顔を隠しながらナトはリュシーに背を向ける。


「あ、ナトさん照れてるんですね?素直に喜べばいいのに〜」


ツンツンとナトをつつくリュシーにナトはいつも通り降参する……かと思われたが。


「……リュシー、ありがとうございます」


敬称が外れ、名前を呼ぶナト。彼はしゃがみ込んで、彼女の手を取り、その甲にキスをした。途端、真っ赤になるリュシー。ナトは口に人差し指を当てて『秘密』と呟く。


「……あぁ、それと」


ナトは大人の笑みを浮かべて言った。


「私だからよかったものの……魔鉱石の譲渡、贈呈を軽々しく行ってはいけませんよ?」


はて?と首を傾げるリュシーに対して、ナトは彼女の耳元で囁いた。


「魔鉱石を他人に贈る……という行為は、告白や婚約と同じ意味を持つので」


その大人の笑みに一瞬クラッと来たリュシーであったが、ナトは優しく微笑んだ。


「もうあなたは立派な一人のレディなのだから」





―――数ヶ月前……


「ねぇ、ナトさん」


本を読みながら魔導車に寄りかかるナトにリュシーは声をかける。


「どうされましたか、リュシー」


声をかけてきた彼女を見ずに答えたナトだが、リュシーが何やら近くに寄って来たのでふと顔を上げる。


「リュ……シー」


ナトは思わず息を呑んだ。


「私、ループス城のメイドになったんです」


美しい金髪のロングウェーブをポニーテールにして綺麗に纏め、すっかり大人の女性となったリュシーがそこにいた。


「ナトさんの長髪に憧れて……かなり伸ばしたんです」


アフガンハウンド……美しい長毛が特徴的な大型犬、とナトは聞いていたが、まさかこれほどまで美しい髪となるとは、と息を呑む。


「あなたは本当に優秀なんですね……、ループス城はそれなりに多忙ですよ?」


フフッと嬉しそうに笑うナト。


「憧れの人と共に働けるんです、大変さより嬉しさが勝ちますよ」


ニコニコとした笑顔で答えるリュシーを見て、ナトは少し改まった。


「リュシー・ルグナン、ループス城では私もあなたも使用人の一人……、上司という形になるからには指示を出したり、注意したりしますからね」


リュシーは挑戦的な笑みを浮かべながら頷いた。


「勿論です!徹底的によろしくお願いします!」


ナトは苦笑しながら昔から変わらぬ、まっすぐな姿勢の彼女を微笑ましく思うと同時に、ほんの少しの不安を感じるのであった。





―――現在、ループス城廊下……


「ねぇ、リュシーって子」


ナトはその名を聞いて思わず廊下の影に隠れた。何故隠れたのかさえよくわからないまま、彼は少し後ろめたい気分で息を潜めて小型犬のメイド達の会話に耳をそば立てる。


「あぁ、あのナト様に気に入られているって子よね?」


自身の名が出て、申し訳ない気分と、少しの憤りとが混ざった複雑な感情に握る拳に力が入る。


「まさかホントにナト様と何かあるっての?犬と馬よ?ありえないわ……いくら気が効く優秀で美しい子でも……」

「とんだ悪趣味じゃない、そんなこと言うもんじゃないわ、そもそもナト様だって謎が多いお方だし」


彼らは、決して馬を嫌っている訳ではない。異種族との交わりを知らな過ぎるのだ。そうわかっていても、自身のせいでリュシーへ風評被害が出ることを考慮しないナトではない。しかし人の口に戸は立てられぬ、どこかの誰かがきっとあることないこと吹き込んでいるのだろう……そう考えると後悔の念に苛まれる。自身が姿を現したところで良い方向には向かわないか……と悩んでいると。


「私は、ナト様のことを尊敬していますし、憧れてもおります。しかし……そういった不純な行為は一切したことがありませんし、された覚えもありません」


ハキハキした声が、自身の後ろから聞こえた。ビクッとしつつチラッと後ろを振り返ると話題の彼女がいた。ポニーテールではなくその長い髪を下ろし、カチューシャで留めたお淑やかな風貌のリュシーが。


「それに……本人の失礼なことを言うのはさすがにどうかと思いますが?」


ガシッと腕を掴まれ、廊下の影から引っ張り出される。

話題にしていた二人が目の前に現れ、しどろもどろとなるメイドの二人。


「な、ナト様……!」

「ち、違うんですこれは……!」


リュシーの目は怒りに燃えていた。大型犬ということもあり、ナトほどとは言わないもの長身な彼女は小柄な同僚二人を見下ろして凄む。


「リュシーさん、睨むのはやめなさい。サラさんとエミリーさんもあまり噂話を全て信じ込まないように……」


ナトは二人の身長に合わせて少し屈んだ。


「彼女は5年ほど昔から友人として交流があるんです。それ故に少し特別な対応をしてしまっていた点があるかもしれません……が、あなた達が先ほど言っていたような関係なんて持っていません」


プルプルと震える二人を見ると、自分が悪いことをしたのか……という気分になりながらナトは語る。


「口頭注意……ということにしておきますから、もうおかしな噂は立てないでください。私より怖い先輩メイドの皆さんはたくさんいますからね?」


フッと苦笑するとナトは立ち上がった。


「さ、仕事に戻ってください」


パン、と手を叩いて切り替えるナト。二名はそそくさと、リュシーは少し不安そうな顔をしながらその場を立ち去った。




―――その日の夜……


「……リュシー……さん」


ノックされ、ドアを開けるとナトの自室の前に立っていたのはリュシーとフォルテであった。


「彼女が彷徨いていたのでつい声を……」


フォルテがわかりやすい嘘を言いつつ、フイッと立ち去る。彼のことだ、何かのきっかけでリュシーを読心したのだろう、お人好しな狼だ……とナトは内心苦笑する。


「ナト様」


リュシーが顔を伏せてツカツカと部屋へ入ってくる。ナトはどう声をかけようか……と考えていると彼女はパッと顔を上げた。その顔に悲しみではなく、むしろ少しの憤りがあった。


「な……どうしたんですか、リュシー」


ビクッと怯むナトにリュシーは言葉を並べる。


「私のせいでナトさんに!迷惑をかけることが!一番嫌だったのにナトさんに呆れられたくなかったのに……!」

途端、大粒の涙をポロポロとこぼすリュシー。常に穏やかで冷静な彼女の姿を見てきたナトは唖然として言葉を失う。彼女の振る舞いは、全て自分のためのものだったと知り、視界が揺らぐ。


あぁ、リュシーは。

私を困らせるませた女の子ではなく。


私に憧れ、

隣に並ぼうとする一人の乙女だったのか、と。


「リュシー、顔を上げて」


泣きじゃくる彼女にそっと視線を合わせる。


「あなたの努力を、私は甘く見ていたのかもしれません」


苦笑して、肩をすくめる。その様子をしゃくり上げながらも見るリュシー。


「私は、他者から憧れられることなんてなくて……それに、人の温かな気持ちに鈍感なんです」


リュシーが不思議そうに首を傾げた。


「少々故郷でいろいろありましてね……まともな情操はロボ様のおかげで身についたと言っても過言ではないくらいでして。今はこうしてロボ様に忠誠を誓っています」


ほんの一瞬自嘲の笑みを浮かべた後、ナトは精一杯の心からの笑みを浮かべた。


「笑ってください、リュシー。あなたは笑顔が素敵な可愛らしい人だ……私の自惚れでなければ、あなたは多くの努力をして私に会いにきてくれている」


少し照れ気味な彼の表情に、思わずクスッと笑うリュシーを見て、安堵の表情を見せるナト。


「……はい、私たくさん努力しましたよ、ナトさん」


普段の自信に満ちた笑みを浮かべる彼女を見て、ナトは柔らかな笑みを浮かべながら言った。


「ありがとう、リュシー」


随分と言うのを忘れていたような、とボソリと呟くとリュシーはくすくすと笑った。


「私がお礼を言いたいくらいです、ナトさん。あの言葉のおかげで読書の楽しさを知れたんです」


揺れる長髪を見て彼女ほどの長い髪をポニーテールにするのは非常に大変だろう……とナトはふと気づく。自身の髪の量でさえ魔法を使わなければ纏めるのに苦労するというのに……と。


「リュシー」


彼女の名を呼ぶナトの声に、嬉しそうに答える。


「はい、何ですかナトさん」


ナトは少し目を伏せて言った。


「あの時のポニーテールは」

「フフッ、私がやりたくてやったことなんです、気にしないでくださいね?」


ナトが全てをいい終える前に、リュシーはニコッと笑って言った。


「……私がセットしても?」

「嬉しい……!夢みたいです!」


子犬のようにはしゃぐリュシーを見て、ナトは微笑を浮かべながら、その柔らかなロングウェーブの金髪に触れる。


また一人、大切な人を増やしてしまった……と。

失うことが怖いのに、どうして、と。


丁寧に、それでも慣れた手つきで彼はリュシーの美しい髪をポニーテールとして結う。


「できましたよ、……この後の予定は?」


リュシーの目が輝きを帯びる。その様子を見てナトは安堵と愛おしさで幸せそうに微笑む。


「……ナトさんと一緒に過ごしたいです」


彼女なりの精一杯の甘えである。


「では、食事にでも」


上司と部下ではなく、友人として。


「さぁ、行きましょう」


立場も、年齢も、種族をも超えて。

恋とはまた違った憧れってありますよね。

今回はそんなナトさんとリュシーさんのお話でした。


面白い、続きが読みたいと思った方はブックマーク、高評価etc…よろしくお願いします。


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