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短編『微睡』の休日

本編の脇にある短編の投稿となります。

『微睡』達の休日のお話……。

―――ルーカスの店…


店内に温かい日差しが差し込む午後2時過ぎ。


「ねぇ〜、聞いてる〜?」


ケイの甘ったるい声が店内に響く。店内には『微睡』のメンバーであるジェニー、ウェンディ、ルーカス、ケイがいた。


「何だ、アイツは今日もいないのか」


魔導銃の手入れをしていたジェニーがふと顔を上げて呟く。


「えぇ、居ませんよ。彼は私達よりも遥かに気まぐれですからね……、もう少しこういった機会に顔を出してくれてもいいものを」


食器の手入れを終えたルーカスが溜息混じりに言った。そんな彼をウェンディがクスッと笑う。


「彼を縛ることはできないわよ、ルーカス」


そう言われ、やれやれと首を振るルーカス。現在微睡に所属している者は計5名。しかし、ここにいるのは4名。ここまで黙っていたケイがフシャーっと声を上げる。


「無視しないでよー!!」


構ってアピールを無視されてしまい不満を口にすると、ジェニーが苛立った声を上げる。


「煩いなケイ、さっさと要件を言え」


軽く威嚇され、尻込むケイ。しかし不機嫌そうな顔となりながらブツクサと言う。


「ノワール様めっちゃ機嫌良かったじゃん、なんかあったんかなーって」


ニマーっとした悪い笑顔を浮かべながら問うと、ウェンディがクスクスと笑った。


「ケイは本当にノワール様が好きなのね」


そう言われ、ケイはコテンと首を傾げる。


「そうかなー?」


ジェニーがフンと鼻を鳴らして冷たく言い放つ。


「お前は鬱陶しいくらいにノワール様にベッタリじゃないか、少しは主の負担も考えろ」


呆れたと言う目つきでケイを見下ろすジェニー。そんなジェニーをルーカスが嗜める。


「ジェニー、戦闘狂のあなたもノワール様のことは随分と信頼しているじゃないですか。誰の指示も受けない癖にノワール様の言うことだけはちゃんと聞くんですから」


ルーカスが目を細めて悪い笑みを浮かべる。ジェニーは苛立ちを隠そうともせずにルーカスに詰め寄る。


「コラコラ、喧嘩しないの」


パリン、と文字通り空気が凍りついた。ジェニーが氷の粒子を吸って咳き込み、ルーカスが顔を引き攣らせる。


「ちょっ、ウェンディ!ダメだってば〜」


ちゃっかり魔法障壁で防御しているケイがジェニーをそっと座らせ、ココアを飲ませる。


「ルーカス、あなたが1番ノワール様に忠実じゃない。このお店だって、ノワール様の秘密基地みたいなものだし」


ウェンディは涼しい顔で指先に付いた氷を払う。ココアを飲み干したジェニーがウェンディを睨む。ルーカスは顔を引き攣らせたままウェンディに文句を言う。


「ウェンディ、あのですね……!」


言いかけて、ため息をつくルーカス。ルーカス・アイギスト。彼の表の顔はこのバーの店主であり、本職は『微睡』の一員である。少し長めの銀髪に、薄茶色のラウンドサングラスを常にかけており、見た目は紳士そのものである。常に敬語で話す為、時折胡散臭いと言われるものの、目的達成の為には決して動揺を見せない徹頭徹尾の男だが、ノワールの指示とあらば何の躊躇もなく冷酷に屠ることも厭わない。

そして彼の目の前にいる見目麗しい女性はウェンディ。ウェンディ・フォレスト。『微睡』でのまたの名を『氷花の女王』。表舞台でもおっとりとした深窓のお嬢様的な雰囲気と、優美な表情変化を売りに大女優として名を馳せている為、彼女がケガなどをして、マスコミに嗅ぎつけられれば『微睡』解散になりかねない一大事である。しかし、彼女自身は時折恐ろしい言動をかますので常識人と思いきやとんだ天然お嬢様である。公表していないだけで、彼女の魔力保有量は桁外れであり、貴族出身でもないと言うのに攻撃魔法が2種類使えるのである。氷と植物が織りなすその様は非常に美しいが、見惚れている間に氷漬けにされる。


「何ですか、ルーカス」


ニッコリと笑いながらルーカスに無言の圧をかけるウェンディ。ケイはやれやれと首を振ると指を鳴らす。現れたのは銀色の腕輪。それを見た途端、ウェンディがハッとした顔をする。


「……褒めてやるよ、ケイ」


ニヤと笑うジェニー。ウェンディが油断した一瞬に、落下してくる腕輪を彼女の腕につける。


「わーい、ジェニーに褒められた〜」


気の抜けた声でニコニコの笑みを浮かべるケイ。ルーカスは少しホッとした顔をして小さくため息をつく。


「あらあら……、魔法封じの腕輪。そこまでしなくたっていいのに」


少し不機嫌そうな顔となりながら魔法を放つのを止める。


「助かりました、2人とも」


ダイヤモンドダストとなって室内を漂っていた氷の粒子がウェンディのコントロール下から解き放たれ、4人の頭に降り注ぐ。


「冷たーい、ウェンディ〜、ルーカスが可哀想だよー?」

「クソ……、ルーカス、ドライヤー貸せ」

「私にもよろしくね、ルーカス」


氷が水に戻ったことでびしゃびしゃになった4名。言うまでもなく猫は水が嫌いだ。


「あぁもう……、ケイ、後でシフォンケーキあげるので床を拭くの手伝ってください」


苛立ちを隠さず不機嫌そうな声てケイに指示しながら、濡れた髪をかきあげながら、店の奥に引っ込む。


「シフォンケーキ!」


目を煌めかせて尻尾を左右に揺らすケイのその様は猫というより犬のようである。


「注文が多いお嬢様方なんですから……」


魔導式のドライヤーを2人に手渡すと、ケイと共に濡れた床をモップで拭き取る。

ケイは普段はおちゃらけているが、要領がよく、すぐに仕事をものにする為、時折ルーカスの店のウエイターとして働いていることもある。かなりの甘党で、ルーカスの作るお菓子やケーキを喜んで食べている。


「ルーカス、シフォンケーキ!!」


一足先に床の水を拭き終えると、ピョンピョンと跳ねてルーカスを急かすケイ。ルーカスはケイにタオルを渡すと店の奥へ引っ込む。


「体を拭いて待っていなさい、風邪を引いたら任務に支障が出ます」


タオルを渡され、ケーキの為に仕方なく…といった感じで体を拭くケイ。それをウェンディはクスクスと笑いながら見つめる。


「もう少し私の言うことも聞いてくれたっていいものを……」


ジェニーがその様子を見てため息混じりに呟く。ケイは頬を膨らませ、拗ね顔で言う。


「そりゃあ、出来れば言うこと聞きたいけどさぁ?ジェニーの指示って結構無茶苦茶なんだもん」


ム、と顔をするジェニー、クスッと笑うウェンディ。

再び現れたルーカスは香りたつ紅茶とシフォンケーキ、ブラウニー、ミルフィーユを引っ提げて来た。


「ハァ……、お茶でも飲んで落ち着いてください」


今出されたケーキは全てルーカスのお手製である。紅茶を注ぐことも上手く、基本的に何でもこなしてしまう。非常に有能なノワールの懐刀だが、ノワールのことが絡むと常識が抜ける冷酷な人物となる。尚、曲者ばかりの『微睡』においては苦労人である。


「ねぇ……、ジェニー?少しはカロリー考えたら?」


少し大きめなブラウニーをパクパクと食べるジェニーを横 目に、女優であるウェンディは顔をピクピクと引き攣らせる。


「ん?カロリーなら平気だ、私は太らないからな」


キョトンとした顔で平然と答えるジェニー。女性にしては高めの身長と鍛え上げられたしなやかな体躯は、誰もが美しいと言うだろう。ボーイッシュな見た目でありつつ、ハーフアップの灰色の髪はストレート。その体躯から繰り出される体術を食らった者がどうなるかは想像に難くない。

対してウェンディは、魔法が主な攻撃手段の為、あまり派手な動きこそしないものの、優美な雰囲気を纏う彼女は豊満な体躯と言われるであろう。艶やかなウェーブがかった金髪を揺らめかせ、魔法を放つその様は魔女そのもの。

『微睡』の2人しかいない女性陣は、対照的とは言え非常に美しい。あまりに性格が違う為、仲が良いとはお世辞にも言えないが、互いのことを信頼しているのは確かである。


「ルーカスぅ、何も食べないのー?」


新聞を読みながら紅茶を啜るルーカスにケイが声をかける。ふと顔を上げると、目の前にはケイが冷蔵庫から出してきたであろうレアチーズケーキが。


「こらケイ、やめなさい。それは私の……っ、あ」


猫でありながらチーズが好きと言うことを隠していた彼だが、つい口を滑らせる。


「へぇ、ルーカス。お前辛党かと思ってた」


普段皆の前ではケーキを食べない為、ジェニーは意外そうな顔をしながら言う。


「あら、レアチーズケーキ。ホント器用ね、あなた」


ウェンディは感心したように呟く。


「ルーカス、今度ボクにも作ってよー!」


ニコニコしながら彼の新作を期待し始めるケイ。


「(あぁ、そうでした。ここは、『微睡』。誰も私を嗤わない)」


微苦笑すると、ケイからレアチーズケーキをヒョイと取り上げて一口食べる。


「甘過ぎず、丁度いいですね」


まるで『微睡』のようだ、と彼は目を閉じる。

猫は群れない。社会を形成しても互いに依存しない。

この『微睡』は尚更、独立心が強い連中の集まりなんだから、と笑みをこぼす。


「珍しいじゃ〜ん?自画自賛なんて」


ケイが彼の変化に気づき少し揶揄う。


「……フ、そうですね。ちょっと自信作だったので」


軽く彼の言及を逃れると、3人に向き直る。


「さて、今週もノワール様の名の元に任務に努めましょう……、例え、私達の活躍が日の目を見ることがなくても、ね」


自分の居場所は、ここしか無い。

これほどまでに心地良い場所などあっただろうか。


「何改まってるんだよ、水臭い」


フン、と鼻を鳴らすジェニー。だがその瞳は愉しげである。


「あなたって時折黄昏れるわね、ルーカス」


相変わらず歯に衣着せぬ物言いのウェンディ。いつの間にやら魔法封じの腕輪を解いている。しかしその遠慮の無さと規格外のさすら心地良い。


「今日のルーカス面白いねー!」


楽しそうに笑うケイの頭をグリグリとすると、すぐに「ギブ!ギブだってぇ!!」と笑い声混じりの悲鳴をあげる。



「「「「全ては我が主人の為に」」」」



そう言って風のように消える4名。

猫は、決して縛られない。彼らが従うのは己が認めた主人、ノワールのみ。


今日もまた猫は『微睡』む。


有能な苦労人っていいですよね。


面白い、続きが読みたいと思った方はブックマーク、高評価etc…よろしくお願いします。


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