ループスの掟
柴犬ていいですよね
―――ループス城、訓練場
「君はカルニボアの鉄則以前に、ループスの掟を忘れているのかい?」
ブレンがイツキの動きを封じたまま問う。イツキは身動きどころか質問に答えることすらできない。
「先程君は群れることに意味がない、と言ったね?」
落ち着いた口調でブレンは確認するように言った。イツキは何か言おうと小さく息継ぎをしたものの、ブレンの鋭い眼光に怯え、言葉を呑み込む。
「それは、一匹狼に憧れているからなのか?自分独りで全てが立ち回ると思っているからなのか?」
ブレンは首を振った。少し大仰なくらいに。
「違う、私達の先祖は弱いから群れたのではない。相手との強固な結びつきをもとに、協力して獲物を狩っていたんだ。そうすれば、一匹で獲物を狩るよりもよっぽど効率がいい上に生きやすいからね」
チラ、とイツキがヴェラを見る。己が領の次期領主、オオカミである彼女を。そして諦めと絶望の入り混じった声で消え入りそうになりながら呟く。
「……知ってる。どれほど自分がオオカミであったらと切望したことか」
項垂れるイツキを見てブレンは発言を躊躇う。
「カルラ、大丈夫?」
一方、ヴェラはカルラをそっと支えると心配そうに問う。ヴェラの心配をよそに、カルラは胡座をかいて座ると笑いを堪えきずに爆笑する。
「……クククッ、フフッ、アーハッハ!」
まるで悪女のように笑った後、動けぬイツキの元へズカズカと向かうと、彼を見下ろし言い放つ。
「イツキ、お前は群れることが怖いんだろ?」
イツキの瞳孔は一瞬カッと見開かれ小さく揺れ、動揺の色を見せたが、すぐに目を伏せる。
「煩い、それがなんだと言うんだ」
何も聞かないとでも言った様子であれほど恐怖していたブレンからさえ目を逸らす。
イヌは目を合わせることが非常に多様な意味を持つ獣である。警戒も、親愛も、目を合わせることで伝えるのだ。
「イツキ君……、いいや、キサラギ君。私は君を一剣士として鍛え直したい」
イツキは苗字であるキサラギと呼ばれ、彼の中で何かがプツンと切れた音がした。
「煩い……、煩い煩い煩い煩い煩い!!」
激昂故だろうか、先程まで身動き一つ取れなかったイツキがブレンの拘束を力任せに解く。
大太刀を素早く拾いあげると走り去ってしまった。
「な……!追え、追えー!」
取り囲んでいた兵士達が侵入者を捉えんと声を張り上げて壁を作る。しかし、小柄な体格を活かし、大柄な兵士達の間を縫うように駆け抜けていく。彼の体格には不釣愛とも言える大太刀を大事そうに抱えながら。
「団長、追わないのか」
久々に見せる真剣な眼差しでカルラはブレンに問う。普段のブレ爺呼びではなく、団長と呼ぶあたり緊張感を漂わせる。ブレンもカルラも追おうと思えば追いつけるほどには俊足の大型犬である。加えて、鼻の効くループス領での逃亡は困難を極める。
「……キサラギ家、か。カルラ、行け」
一言呟くと、ブレンはヴェラに向き直り頭を地につけて平伏の姿勢をとる。カルラは師を横目に獣化して走り出す。大柄な兵士達の足の間をすり抜け、イツキの匂いを辿る。
「ヴェラ様、次期領主であるあなたがいるこの場で先の者……、侵入を許してしまい、恐縮至極に存じます。兵士達の訓練の監督も、指揮も全ては私の至らぬ脆弱な指導の為……!どうぞ私を処分してください」
ヴェラは、目の前で団長が謝罪する様を見てようやく我に帰る。どこか現実離れした一連の騒動がすぐ目の前で起きたこととは思えずにいた。チラリと信頼する執事を見ると、彼は何かを考え込んでいる。普段ならばすぐにヴェラの視線に気づき、先に対処法まで提案する彼が、だ。ヴェラは深呼吸をすると、
「フォルテ、ブレン・シュバルツ氏を私の執務室に」
「ループス騎士団、私は無事だ。侵入者は必ず副団長カルラ・フォーゲルが捕らえる。団員達は皆、これからも訓練にしっかりと励むこと」
ヴェラは凛とした声で指示を出すと、スタスタと城内へと戻っていく。お転婆な彼女ではなく、ループス次期領主としての威厳を纏いながら。
「(私は、次期“領主”)」
纏う威厳は彼女に女王の風格を帯びさせる。
その横顔は兵士だけでなくフォルテすらたじろぐ。
「(しっかりしろ、私)」
白のマントを翻し、城へと入っていった。
昨日投稿するつもりが忘れていました…
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