御者とメイド
ナトとエリカのお話です。
―――ループス城、廊下
「……エリカさん?」
中庭から私に声をかけるナトの声は警戒というよりも、驚嘆に変わっていた。先程まで黙考に耽っていたフォルテが笑顔で私に近づいてくる。
「エリカさん、いらっしゃったのですね」
しかしそんな彼がが少しピリッとした空気を纏っているのは、私が何の許可もなくナトと彼の手合わせを観戦していたからだろう。
「はい、ふと通りかかったら、素晴らしいバトルが見られて……」
ついうっとりとした表情を浮かべると、それを見たナトが少し眉を顰める。
「エリカさん、危険ですよ。私やナトとなると攻撃力がかなり高いですからもし何かあったら……」
フォルテが私を嗜める。
「失礼しました、注意します」
私には長いツノが生えている。男性女性問わず生えるこのツノは、獣人となった今でも男性の魅力を測る重要な部位。私の種族はウシ科のオリックス。ナト同様、ループス城で働く数少ない草食獣である。私の故郷、アーティオダクティラ王国は、ナトの故郷ペリソダクティラ王国と隣である。
「……本当に、気をつけてください」
フォルテが小さく呟く。ナトは咳払いをして私に向き直って訊ねる。
「何か不便なことはないですか?協力は惜しみません」
彼の発言にフォルテが目を丸くする。
「特には。ナトさんのおかげで不自由なく仕事が出来ております」
この寡黙な黒馬は、16年という時をこの城で過ごしたらしい。……ループス領主ロボと、同僚フォルテを除く、殆どの人に心を開かずに。
「私で力不足なら、フォルテが指示を仰いでくれます。あまり無理はしないようにしてください」
他者との関わりが最低限であっても、真面目に仕事に取り組む彼は、徐々に周りからの信頼を得ていた。
「……ロボ様に余計な気を遣わせたくないんです」
唯一信頼するフォルテには頼ることを覚え、主人ロボの為であれば、彼はどんな役であろうと演じることだろう。
「お気遣い感謝します、ナトさん」
私が彼の名を呼ぶと、目だけをチラリと動かして私を見た。私も彼にとっては警戒すべき者の1人らしい。
「ではこれで失礼します」
私は2人に一礼をするとその場を後にする。あくまで私もロボのためという名目でサポートしてくれるあたり、フォルテから影響を受けているのだろう。
……肉食獣の国で暮らす草食獣なのだから、警戒心を研ぎ澄ますに越したことはない。進化して尚、私達は喰われる側、弱者側なのだから。地を蹴る蹄も、広い視界も、この警戒心も……全ては肉食獣から身を守る為。普段は笑みを浮かべようとも、そう易々と肉食獣と馴れ合えるものか。
「エリカさん」
ナトが私の名を呼んだ。思いの外、強い口調で。いつの間にか私のすぐ側まで来ており、耳元で低い声で囁く。
「……ここは、肉食獣の国だ。ペリソダクティラやアーティオダクティラとは訳が違う。そこは理解してください」
普段ならば特に忠告も注意もしてこないナトが、私にそう告げた。
「はい、以後気をつけます」
私を一瞥すると、彼は踵を翻して去っていく。彼が他者に心を許さない理由も、私にそう告げた理由も理解できる。しかし、好き好んでこの不便極まりないこの地に留まる彼の心境を知りたくなるのだった。
ナトさんは警戒心が強いです。
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