現実と絵空事
ザギとヘンリーさんの会話です。
―――宵闇が店内を呑みそうな程に、静かな空気に満たされている。
取り残されたザギとヘンリー、そして吐息を立てて眠るノワール。
「……で?何か話でもあるのか?ノワールもラヴィにも聞かせない内容の話が」
ザギが声を顰めてヘンリーに訊ねる。ヘンリーは顔を曇らせて呟く。
「ザギ、アルは……アルテルフ様は、今何をなさっている?本当にこの状況を何も知らない訳がないよね?」
震える声で彼は訊ねる。繊細で優美な彼の心は揺れに揺れていた。
ノワールと、アルテルフ。2人の友人達が対立する構図を避けられないものか、と。
「おそらく知らない……、ロレオーヌは組織ぐるみで隠し事をするのが上手いからな。もしアルが……、いやアルテルフ様が知ったら間違いなく主犯は勿論、組織丸ごと潰されるだろうな、一瞬で」
ザギはかつての魔法の授業を思い出す。そして、目を閉じて吐息をつく。
「……後にも先にも、怒りであそこまで魔力が昂る人は見たことがない。そもそものステータスが高いんだ、それを引き出すトリガーが怒りならば……、宮廷はアルテルフ様には何も教えないだろう」
「無知は罪だ、だが……それを自覚させなければ、罪にさえならない」
ヘンリーは目を伏せる。アルテルフが膨大な魔力の片鱗を見せたのは、魔法の授業で、宮廷官僚の息子がノワールにタチの悪い悪戯を仕掛け、怪我を負った時だ。
「『僕の友達を傷つけたね……?』か」
ザギはアルテルフがかつて放った言葉をポツリと言った。そして、皮肉気に笑う。
「『友達』……か、何も知らない皇子様は、その『友達』とやらがこれほどまでに弱っていても、何の手も差し伸べてはくれない」
ヘンリーが悲しみに満ちた声で続ける。
「そして、もし仮に手を差し伸べられても、決してノワールは彼の手を取らない。光と闇は、隣に立てない」
強い憧れと、苦しいほどの嫉妬を。ノワールはアルテルフに抱き続けてきたことを彼らは知っている。
「アルテルフ様や、ラヴィは光だ。決して曇らない、眩しい眩しい光……、その光を曇らせまいと振る舞ってきたノワールが苦しむのは、あまりに理不尽じゃないか」
ヘンリーが心底悔し気に言葉を吐き出す。光も闇も、隣で見てきた2人だからこそわかるものだ。そして、ヘンリーは、役者としてどちらの役も演じるのだから尚……、皆の気持ちがわかるのだ。
「アルテルフ様に伝われば……、きっと侵攻など無くなる。彼は平和主義だからな。だが、情報統制を敷かれているであろう彼にフェリシアの窮状を伝えるのはおそらく不可能に近い。……アル自身がお忍びで抜け出してくれれば話は変わってくるがな」
ザギはやれやれと首を振った。
「アルテルフ皇子がアンスヴァルト帝と正式な世代交代をかけた決闘をすればだいぶ変わってくる。今のカルニボアが獣化絶対主義というのは先代の帝達が常に高く、強力な獣化能力を持っていた為……。だが、アルの魔力保有量は世界の有力者達と比べても見劣りしないレベルだ」
ヘンリーが言葉を続ける。
「つまりは、今こそが変革のチャンスってことだね?」
ザギは大きく頷く。そして苦笑する。
「俺は、ただの医者だ。世界を変える力なんてない。一介の医者が出来ることなんて人命救助くらいだ。世の中を大きく変えるなんて無理だ」
そしてヘンリーに向き直ると真剣な眼差しで続ける。
「だがなヘンリー、お前は違う。人々に希望を与えられる。例え手の届く範囲の命をどれだけ救おうと動いても、この世に絶望して生きるのをやめてしまう人は少なからずいる」
悲しそうに、悔しそうにザギは目を伏せる。
「冷戦状態で内戦中の今、俺が救えるのはたった一握りの命。だがお前が救えるのは、お前の演じたものを見た幾千、幾万という人々だ。上のお偉い様方だけでは国は動かない、お前が心を動かしたその人々が、世界を変えていくんだ」
ヘンリーは珍しく熱く語るザギをまじまじと見ていた。彼がそういう風に自分を見ていただなんて、と少し感心しながら。
「ザギ、褒めても何も出ないよ。本当にそう思ってくれてたの?君は俳優の道に進んだ僕をバカだと思っていたんじゃないのかい?」
苦笑して答えるヘンリーに憤慨するザギ。
「まさか、なぜ俺がお前をバカにするんだよ?」
ヘンリーは微苦笑した。
「君は誰よりも現実主義者だ。その手で家族を、友人を救いたいと願ったから医者になった……、芝居なんていう非現実的なものを嫌っているのかとね」
ザギはふむ、と目を閉じて逡巡して言った。
「……学生時代、何も知らない俺は、そういう発言をしたかもしれない。あまりにも視野が狭いよな、本当に申し訳ない。言い訳がましいがあの時は、医学の知識を詰め込むので精一杯だったんだ」
首を振りながら自嘲の笑みを浮かべるザギ。そんな彼をヘンリーは羨望の眼差しで見る。
「ザギはすごいよ、ちゃんと夢を叶えて、充実しているんだから。僕は……いつまで経っても満たされない」
そう消え入りそうな声で呟くヘンリー。ザギは目を見開いて、そして笑った。
「ぷっ……アッハハ!ヘンリー、お前案外野心家なんだな!俺だってまだ満足しちゃいねーよ。そうか、お前まだ満足してないのか!向上心があることの証明じゃないか」
驚いた顔をするヘンリー。そしてクスッと笑い出す。
「フフッ、確かに僕はもしかしたら野心家なのかもね。……まだまだ僕の憧れたリュカというスターには程遠いんだ、だからもっともっと演技を磨くよ」
儚く、端正な顔立ちを綻ばせ、挑戦的な笑みを浮かべるヘンリー。
「ま、無理はするなよ」
ザギがサラッとフォローを入れると、ヘンリーは苦笑する。
「ザギこそ。医者の不養生はよくないからね?」
ウグッという表情をするザギを見て、ヘンリーはクスクスと笑った。
―――バン!
「呼んできたよ!シルヴェスさん!」
勢いよく開いたドアの外にはヘロヘロになったシルヴェスとラヴィだけがいた。
2人は頭脳派です。
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