酔い潰れの黒
ノワールさんが酔っ払いです。
―――アル、その者の本名はアルテルフ・L・パンテーラ
ラヴィの発言に困惑する3人。
「アル……って、あのアルテルフ皇子?」
ヘンリーが困惑しつつラヴィに問い返す。ラヴィは大きく首を縦に振る。
「だってアルだよ?あのアルが侵攻なんて……」
アルことアルテルフ皇子。アンスヴァルト帝の嫡子であり、次期皇帝である。
「ラヴィ、アル……テルフ様一派がそのようなことを企む訳がない。おそらくアンスヴァルト帝過激急進派が画策しているんだろう……」
ザキが言い淀みながら目を伏せる。
かつて、4人と共に学んだアルことアルテルフ皇子だが、その時は身分を隠していた。帝国立ベスティア学園、良家の子息が通う名門の男子校である。
「……もう、アルなんて呼べるような方ではないよ」
ヘンリーは哀しげに呟く。
「でも、アルは……!」
ラヴィが反論しようと口を開くと、それまで黙っていたノワールが遮った。
「彼は、完璧とも言えるような皇子でしょう。魔法をフィーリングで使えるような方だ、戦力に関しては何も言うことはないだろうに。1当主として意見を述べるならば、彼は良き帝となることでしょうね。……今のような力による統治ではなく、話し合いと協力による統治を、彼なら実現できるかもしれない。」
先程までの酔いは覚め、皆はノワールを見つめる。その後ろには黒々とした夜空が窓から覗く。
「……例え、彼が獣化が嫌いと言おうとも、魔法で捩じ伏せれば誰も文句は言わなくなるでしょう」
その目には、闇と淡い期待が宿っていた。
「アルテルフ・L・パンテーラ……、私が尊敬し、同時に羨望している人だ」
近くにあったグラスの酒をぐっと飲み干し、ダン!と置いた。途端、黒く、深い闇がノワールから滔々と溢れ出る。彼の膨大な魔力のコントロールが狂ったせいだ。連日の疲れに追い討ちをかけるように、アルテルフという皇子の名が彼の心を決壊させた。
「ラヴィ、あなたは触れてはいけない」
そんな状態でありつつもノワールが極めて冷静な口調でラヴィに注意する。ノワールの魔法属性は闇、対してラヴィの魔法属性は光だ。闇と光は相対するものとして、魔力量が多い方に飲み込まれる。ラヴィは身体強化術こそ得意であるものの、攻撃魔法は苦手としている上に、魔力量はノワールと比べると圧倒的に少ない。
「わ、わかった」
ノワールの放つオーラに圧倒されそうになりつつ、ラヴィは闇から離れる。ラヴィがキョロキョロとしていると、ヘンリーが深呼吸をした後、魔力を放ちながら言葉を紡ぐ。
「『鎮まれ、溢れし魔力よ、持ち主の元へ帰り給え』」
途端にノワールから溢れ出した魔力は音もなく静かに彼に戻った。言霊魔法の本領は、紡いだ言葉そのものを現実にする効果である。しかし、魔力の微調整の難易度が高い上に、大きな事象の際には、使用者の魔力をゴッソリと使うため、頻発は出来ないのである。
「大丈夫か、2人とも」
ザギがノワールとヘンリーに声をかける。ラヴィはザギの後ろから2人をそろっと覗くと、悲しげな顔となる。
「……本当にすまない」
深く頭を下げるノワール。3人は固まってしまった。
「ノワール、また魔力量増えてるね……流石だよ」
苦笑しながら、ゲホッと咳をするヘンリー。彼の顔からは血色が消え、フラついている。ギリギリ魔法が成功した為、被害は殆ど無かったが、ヘンリーは魔力をかなり消耗することとなってしまった。
「ヘンリー……!」
悲鳴にも似た声を上げ、倒れかけるヘンリーを支えるノワール。
「大丈夫だってば、それにノワールが成長してることの証明だよ?」
微苦笑をしてノワールを安心させようとするヘンリー。彼は学生時代から周りをフォローしようとして自身の身体を顧みない節がある。
「僕だって君の役に立ちたいんだよ、ノワール。誰かの役に立って、必要とされているって言う証明が欲しいんだ」
儚げな笑みを浮かべると、椅子に座り直す。
「ザギ、ごめん、魔力回復薬もらってもいい?」
無言で頷くと、ヘンリーに小さな錠剤を渡すザギ。彼はそれを一息で水と共に飲むと、ものの数秒で血色が戻った。
「ザギ、また改良したの?」
ケホッと咳払いをすると、ヘンリーはザギに問う。
「あぁ、少し不味いが……副作用は一切ない。ノワール、お前にはコレを」
ノワールがその薬を服用すると、彼の周りを漂っていた闇が数秒で消えた。驚きのあまり、退くノワール。
「そう怖がるな……、ここ数年の大作、即効性の魔力回復薬と、同じく即効性の魔法暴発防止の魔力安定剤だ」
ザギが少し自慢げに話す。ノワールとヘンリーは目を見開いてザギの研究成果を感心して聞く。
「ザギ、魔力増幅薬ってないの……?」
ラヴィが小さく呟いた。ザギはラヴィに向き直り、説明する。
「あったら便利かもしれないがな、違法薬物として扱われているんだよ、それは。あまりに体に負担がかかり過ぎる」
そう言われ、またシュンとした顔となるラヴィ。
「魔法も楽じゃないのは今見ただろう?」
この世界において、獣化能力が高く、その際の攻撃力が高い種族ほど、平均魔力保有量は少なくなり、獣化しても体の小さな種族ほど、平均魔力保有量は多くなる傾向にある。
例外として、領主の家系や、王家などは平均魔力保有量よりも遥かに多い。しかし、多量の魔力をコントロールするのは繊細な作業であり、感情が大きく昂ったり、突然のアクシデントによるショックから魔力が暴走することも少なくない為、幼い頃から魔力保有量が多い者たちは訓練を受けるのだ。
「うっ……、確かに楽じゃない」
ラヴィのように、魔力保有量が少ない人は、別の魔法を磨くのが常である。
「ザギ、ヘンリー、あなた達のおかげで助かった……、後日必ずお礼をします。」
ノワールが深々ともう一度頭を下げる。
ヘンリーは苦笑し、ザギは笑った。
「迂闊な発言をした僕たちも悪い、あまり気にしないで」
「とりあえずもう少し休め」
渾沌とした感情がノワールを波のように襲う。仲間への感謝と、謝罪と、罪悪感が彼を蝕む。
「私は……っ!」
零れ落ちる涙は止むことを知らない。強く振る舞おうと生きてきたノワールは泣き方を知らない。
「どうすれば、どうしたらいい?……ッ、いくら努力しても!敵わない才能を前に!生まれ落ちた種族を前にッ!」
しゃくり上げながら、自身の力の無さを叫ぶノワール。
「どれほど働いたとしても、投げかけられるのは若造の戯言と扱われ!一体どうしたらいいんだ!」
ぶつけようのない感情を涙と共に吐き出す。
「こうやってせっかく集まってくれた友にさえ迷惑をかける……、ましてや傷つけかけた。私は、最低な奴だ……っ」
悲壮感を漂わせながら泣き叫ぶノワールを前に、ザギは違和感を覚える。普段ならどれだけ弱音を吐こうとも泣くことは決してない。不審に思いスンとノワールの呼気を確認すると、強い酒……テキーラの香りがするのに気付き、苦笑する。酔い潰れているのだ。
「大丈夫、大丈夫だから。お前過去の飲み会含め今までは酒の席でも気を張って完全には酔ってなかったのかよ……、世話が焼ける奴だな、ククッ」
優しい笑みを浮かべ、ザギはノワールを宥める。ヘンリーはクスッと笑ってポカンとしているラヴィに状況を説明し、ノワールに自身のコートをかける。
「おやすみ、ノワール」
ほんのりと光を放つ彼の瞳。またもやノワールに魔法を放つヘンリーだが、先程とは違い、ノワールはカクン、と眠りこけ、ザギはギョッとする。
「おま、ヘンリー……、確かに今のはノワールが完全に油断してたがあまり多用し過ぎるなよ?言霊魔法は代償が大きいんだから、いくらノワールとは言え、他人の為に自分を食い潰すなよ?」
ラヴィはそんな2人をポヤンと見ていた。魔法があまり得意でなく、頭脳派でもない自分が、苦労するノワールのために一体何ができるのか、と。
今日だって自身の迂闊な発言によりノワールが魔法を暴走しかけた。それではただの迷惑な奴だ。そんな奴にはなりたくない、ラヴィは小さく首を振る。
「ねぇ、オレ何かできることある?」
そう聞くと、ヘンリーは申し訳なさそうな顔を一瞬した後、ザギに指示を仰ぐ。
「風邪ひかれたら困るからな、シルヴェスさんを呼んで魔導者でも用意してもらおう、ってオイ待てラヴィ!」
シルヴェスを呼びに行くつもりなのだろう、ラヴィは一瞬で姿が見えなくなってしまった。
ラヴィ君は愛すべきおバカです。
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