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飲めや騒げや我らは猫だ

ノワールさんの友人達が登場します。


―――次の日、フェリシア城下町の路地裏の店……



薄暗いオレンジ色の魚を模した形の照明が等間隔で並ぶ程よく狭い店……。そこには3人の人影があった。


「ルーカス、無理を言ってすまない。後でザギがたっぷりと払ってくれるそうだ」


ルーカス、と呼ばれた男は銀髪の猫耳の男はフ、と微笑を零す。


「いえ、ノワール様。お気になさらず」


そう言ってザギとノワールを4人がけのテーブルに案内する。2人が腰を下ろすと男性にしては高い声と呆れ気味な声が店の外から聞こえてきた。ルーカスは一礼をすると店の奥に引っ込む。


「ヘンリー!はやくはやく!」

「……うっ、君の声は響くから耳元で叫ばないでくれないかな?」


夕刻を過ぎ、闇が輪郭をぼやけさせる頃、姿を現したのはチーターのラヴィとサーバルキャットのヘンリー。

ヘンリー・サルバトス……彼はカルニボアの超人気俳優である。スラリとした美脚を持つ儚げな美青年であり、繊細な表情変化が特徴であり、カルニボアの若い女性は皆彼に夢中だ。

ラヴィ・クイック……彼はカルニボアの宮廷に仕える郵便局員である。彼はその足の速さを活かして、速達便などの配達に一役買っているのである。ノワールやザギ、ヘンリーと同い年でありながら非常に童顔かつ小柄であり子供と間違われたりもする始末。


「やっほー!ノワール、ザギ!」

「やぁ、2人とも」


旧友との再会に自然と頬が緩むノワール。そんなノワールを見てザギは小さく笑って言った。


「会いたかったんだろ、ホントは」


ザギに指摘され、思わずピクッとするノワール。そして少し顔を赤くしながら恨めしげにザギを睨む。ククッと笑うザギを無視しつつノワールは3人を席に案内する。ルーカスが作ったであろう豪勢な食事がワイングラスと共に並んでいた。


「おや、ノワール。随分とやつれていないかい……?」


4人が席に着くと、向かい合ったヘンリーが心配そうにノワールの顔を覗き込む。それに反応してラヴィもノワールを見て騒ぐ。


「ノワールぅ、ちゃんと寝てるー?!」


2人に続け様に言及され、苦し紛れにザギに視線を送ると、鼻を鳴らして呆れられるノワール。


「あのなぁ、ノワール。お前はお前が思っている以上にみんなに心配されてるんだからな?」


そう言われ、肩をすくめて戯けるノワール。どこか苦しげな表情を秘める彼にニコニコしながらラヴィがいつのまに注いだのやら、ワイングラスをグイと近づける。


「今日くらいお休みしなよ、ノワール!」


底抜けに明るく、愚直な彼はノワールにとって眩しい。その眩しさをノワールは尊敬している。


「僕はあまり飲めないけれど……、たまにはお酒の力を借りたくなる日があるものね」


美しい微笑をたたえながら、ヘンリーもワイングラスを傾ける。俳優となる前から人の心の機微に敏感だった彼に幾度となくフォローされてきた。昔から人身掌握に長けていた彼に多くのことを学んだ。


「さぁ、飲めや騒げや我らは猫だ!自由こそが至高!」


ザギが勢いよくグラスを掲げ、乾杯の音頭を述べる。普段はぶっきらぼうなその顔が思い切り綻んでいる。


「「「「乾杯!!!!」」」」


上質な白ワインが注がれたグラスがカランと心地の良い音を立てて触れ合う。


ノワールとヘンリーは上品に一口、酒豪のザギは半分ほど飲み干し、ラヴィに至っては半分以上飲んでいる。


「……ラヴィ、よくそんなに飲めるね」


呆れ顔でため息を吐くヘンリー。ラヴィはケラケラと笑いながら答える。


「だってなかなかこんなワイン頂けないからね!」

「尚更味わって飲めばいいのに……」


ラヴィは酒が入ると笑い上戸になる。逆にヘンリーは殆ど酒を飲めない。しかし、仕事柄パーティなどによく駆り出される為、多少無理をしているのが常だ。


「ヘンリー、お前はそんなに飲めないんだから無理すんなよ。ここはパーティ会場じゃないんだから」


すかさずフォローを入れるザギは酒豪である。いくら飲んでも決して酔わないし、むしろ酔っぱらった人々を介抱するくらいである。


「ヘンリーには酔いにくい酒を選んだから悪酔いはしないはずだ、おそらく」


ノワールがヘンリーに苦笑すると、ラヴィがドーンと絡んでくる。


「ノワール、湿っぽい顔しないしない!今日は楽しく飲もう!ほらこれノワール好きでしょ?」


グイと差し出されたのは魚料理。珍味として有名なチョウザメの卵を使った料理を手にしている。


「チョウザメ……」


ノワールはそう呟いて数秒もしないうちに、その小皿料理を綺麗に食べてしまった。食べ終えて満足気に、そして安心しきった様子で喉をゴロゴロと鳴らしているとザギとヘンリーの生暖かい視線に気づくノワール。


「なっ……これは……」


顔を真っ赤にしてあたふたするノワールだが、弁解のしようもなくプイとそっぽを向く。


「ハハッ、ノワールも喉鳴らすんだね」

「お前いつから食事抜いてたんだよ……」


いいおもちゃを見つけた、と言わんばかりにヘンリーとザギはノワールをからかう。ラヴィは最高級の擬似肉料理を前にパクパクと食指を止めず、こちらのことは何も気にしていない。

ネコ科が喉を鳴らす時は大きく分けて2つだ。1つは威嚇や不機嫌を表す為の低い唸り声。もう1つは親の庇護の下にいる時や、安心しきっている時に鳴らす安心の声。


「煩い……」


照れ隠しに2人をペシペシと尻尾で叩くが全く痛くない。攻撃する気すらないのだから当たり前だが、ノワールの反応をひとしきり楽しんだ2人はノワールに向き直る。


「……で?」


ザギが本題を切り出せ、と言わんばかりにノワールを見る。


「どうしてそんなに切羽詰まっているんだい、ノワール」


ヘンリーが発する瞬間、魔力が溢れ、彼のヘーゼル色の瞳が煌いた。


「……っ、狡いですよ。ヘンリー」


ヘンリーは生まれ持って言霊魔法が使える。その為、時に理不尽な目に遭ったりしたことも多々あった。……が、彼は理不尽に心を折ることはなかった。


「あぁ、ゴメンよ。つい」


言霊魔法をうまく制御しつつ、彼は器用に生きてきた。時にはその言霊魔法を利用して。好奇心により時折暴発することがある為、細心の注意を払っているが、今のは故意である。


「……侵攻宣言されたのですよ、ロレオーヌの若い大臣に」


ハァ……と、深いため息を吐くノワール。ザギとヘンリーは目を見開いた。


「侵攻宣言って……お前それでぶっ倒れるまで……」

「何かの間違いとかじゃなくて?本当に?」


ガタッと立ち上がってノワールに詰め寄る2人。ノワールは力なく首を振る。


「嘘でも何でもありません。しっかりと『微睡』に調べさせましたから」


白ワインが入ったグラスをゆらゆらと揺らすノワールの目は、苦悩と疲れの色が浮かんでいた。


「クソが……っ、これだからロレオーヌは嫌いなんだよ」


ダン!とザギが床を踏み締め、ヘンリーは静かに目を伏せる。


「フェリシアだけだとあまりに非力だ、ここ最近忙しくしているのは他領との条約締結に向けて色々動いていたんだ……領内でも私が動いていることを証明するように、様々な都市で活動もしているんだがな」


再び溜息を吐くノワール。ザギとヘンリーは顔を見合わせる。


「……若造が、とか。権力に溺れたクソガキ、とかな。私から言わせて貰えばお前達こそ老害だ、と言いたいが」


腹立たしげにグラスに残っていたワインをグイと飲み干すノワール。


「毎日そんなことを聞きながら忙しく領内外を飛び回っていたら……知らぬ間に体にガタが来ていたらしい」


自嘲の笑みを浮かべた後、2人を見るノワール。


「わざわざありがとうな、飲み会を開いてくれて」


眦に涙を浮かべつつ、2人に不器用な笑顔を向ける。2人が狼狽えているとラヴィが首を傾げて、声をかける。


「ノワール、アルは?アルはなんて言ってるの?」


ノワールさんはかわいらしいんです。


面白い、続きが読みたいと思った方はレビューやブックマーク等よろしくお願いします。

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