帰途へ
帰り道のフォルテさんとナトさんの会話です。
―――フェリシア領、裏庭
「ではまたお会いしましょう、ノワール様」
ヴェラはノワールに別れを告げた。ノワールは微苦笑をしながら見送る。自然な笑顔というものを久しくしていないためか、顔が引き攣る。
「あぁ、ではまた」
波乱の縁談……もとい会談は終了し、ヴェラは帰途へとついた。
「くぁ……、流石に疲れてしまったわ」
大きなあくびをした後、複雑な面持ちで俯くヴェラ。いくら相手に非があったとは言えあまりに派手にノワールを圧倒してしまった。あれではいくら決闘とは言え一方的すぎて、外交に支障をきたしかねない……と、ヴェラは反省する。そんなヴェラを見てフォルテは微苦笑しながら声をかける。
「ヴェラ様、きっとロボ様からお言葉がありますが……、今はどうかお休みください」
そう言うと水筒を取り出し、ヴェラに差し出す。保熱魔法をかけてある物で、開けると紅茶の上質な香りがヴェラの鼻を刺激する。
「ありがとう……フォルテ」
眠たげな声でフォルテに礼を言うと、そっと紅茶を飲むヴェラ。そのうちうつらうつらとし始め、30分もしないうちに寝てしまった。そんな寝顔を見てフォルテは苦笑する。
「フォルテ、あなたって人は……」
その様子を見てナトは苦笑しながらフォルテの名を呼ぶ。フォルテはヴェラにそっと自身の上着を掛けた後、少し切なげな表情で首を振った。
「いいんです、私はヴェラ様の笑顔を守れればそれでいい、ヴェラ様が幸せならそれでいいのです」
ナトはフォルテの忠誠心に小さく嘆息する。
「で、どうだったんだ、『縁談』とやらは」
本題に戻すぞとばかりにナトはフォルテに向き直る。フォルテも仕事の顔に戻り、ナトに概要を話す。次第にナトは段々と笑いを堪えるようになり、決闘の結果を聞いてついに吹き出した。
「ハハハッ!流石は我らがヴェラ様だ、真っ直ぐで誇り高い素直なお方だな!」
珍しく声を抑えながらもケラケラと笑うナトに驚きながらフォルテはこめかみを押さえて小さく首を振る。
「読心してわかりましたが、まさかフェリシア領主の地雷を思い切り踏み抜くとは思いませんでした……」
それを聞いてナトは苦笑する。フォルテが読心術を使えることを知っているのはナトやループス夫妻のみである。ヴェラは彼が読心術を使えることを知らない。
「難儀だな、お前も」
同情の意を述べるナトの言葉にフォルテが首を傾げる。
「……も?」
ほんの一瞬固まるナトであったが、すぐに苦笑する。
「あぁ、私は私で襲撃されてな。その後に『微睡』と名乗る男に絡まれた……」
やれやれ、と首を振るナト。フォルテはナトの一瞬の沈黙に疑問を感じ読心を行おうとしたが、ふと我にかえる。全てを読心するのはあまりにデリカシーに欠ける、と。主人であるヴェラにすら必要最低限の時にしか使わないのだから。誰にでも一つや二つ、知られたくない秘密くらいある。
「襲撃……!大丈夫でしたか、ナト。そして『微睡』?それは確かですか?」
心配そうに問い詰めるフォルテに対し、ナトは笑いながら話した。
「あぁ、この通り無事だ。が、まぁ……『微睡』の男に戦闘の様子を見られてな、何かしら情報を掴もうとやたらと絡まれたがな」
ナトはそう答えたが、フォルテは首を振って魔力回復薬をナトに手渡す。
「いくら魔力操作に秀でているあなたでも無茶は良くありません、何かあってからでは遅いので」
最後の一言でフォルテの表情が曇るのをナトは見逃さなかった。フォルテの父アルディが魔力枯渇によって亡くなっているのをナトはロボから聞かされていた。
「……そうだな、回復しておく」
魔素が多量含まれている特定の地域でしか収穫できない植物がある。それを原料に作られた薬を手渡すフォルテ。
「それにしても……、何故『微睡』が姿を現した上に名乗ったのでしょう?彼らは秘匿された組織のはず……」
ふむ……と考え込むフォルテ。ナトはフォルテが見たであろうノワールの内情が気になっていた。
「何やら私に『微睡』と明かして交換条件で情報を引き出そうとしたと言っていたがな……どこまで信じていいものだか」
ケイのあの甘ったるい声を思い出し顔を引き攣らせるナト。
「交換条件?先に言ったら意味がないでしょうに……」
困惑するフォルテだが、ナトはククッと笑って言った。
「ネコは気まぐれだからなぁ。……で、フォルテ。フェリシアの状況を私も知りたい」
ナトが情勢に興味を示したことに対し珍しそうに彼の顔を見た後フォルテは顔を曇らせる。
「……本格的な大戦が始まるかもしれません」
フォルテのその言葉にナトが目を見開いて息を呑む。
「まさか、フェリシアが狙われてでもいるのか?」
ナトが動揺した声を上げる。フォルテは力なく首を振る。
「会談が始まる前、少し化粧の粉っぽい香りがしていたんです。今思えば……やつれた顔をメイクで誤魔化していたんでしょう、彼は全面戦争を止めるべく徹夜で仕事をしていたり、各地を駆け巡っていたようです」
フォルテは読心によって得られた情報を元に情報を並べていく。
「それは随分とまた……」
ナトが苦い顔をして呟く。
「約半年後にロレオーヌ領がフェリシア領を取り込むべく動き出しているようです……、内戦なんて早く無くなればいいものを」
珍しくフォルテが憎悪が混じった声で呟く。
ロボの的確な判断により、内戦下でありながらもあまり不便をしていないループス領だが、ふとした時に内戦を実感する……というのがループス領民の日常である。
「……あぁ、そうだな」
珍しく憎悪の感情を見せるフォルテに少し驚きつつ、ナトは魔導車を走らせ続ける。
「これを聞いたらヴェラ様ならきっと……フェリシア領主に協力するでしょうね」
静かな寝息を立てている隣の主人をフォルテはチラリと見る。そして首を振った。
「しかし、それがヴェラ様の望みならば……私はこの身を捧げましょう」
それはまるで、騎士のようで。
ナトはフォルテの厚い忠誠心を尊敬の眼差しで見つめるのであった。
フォルテはいい子です……。
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