午後に微睡んで
ナトさんとケイのお話です。
―――フェリシア城、裏庭
「その煙は何なんだ?」
ケイが吸う少し鼻につく匂いを漂わせる葉巻のようなものについてナトは思わず尋ねた。香りは少しバラに似たものであり、辺りの匂いを撹乱する。
「ん〜?これ〜?これはぁ、マタタビだよー、ナト」
酔った様なトロンとした目でこちらを見るケイ。そんなケイにナトは呆れ返る。
「仮にも仕事中だろ……」
そうナトが言うと、ケイはニタァッと笑うと獣化する。そしてナトに体をスリスリとし始めるではないか。
「えぇ〜、もうお仕事終わりだからいいんだよーん。ねぇ、ナト〜、もっとお話ししよ〜」
ナトは心底面倒くさいと言った表情で擦り寄るケイを無視する。
「ちぇっ、つまんないの」
長く美しい赤褐色の尾をくねらせ、未だにナトを構うことをやめないケイ。ナトは気を抜くわけにもいかず、読書すらできない。
「……そもそも『微睡』というのを私にバラして何をするつもりだったんだ?」
仕方なくナトはケイに疑問を投げかける。するとケイは心底楽しそうに尻尾をピンと立ててナトの前に座る。
「だってさぁ、ナトは僕に隠してることあるよねぇ?」
酔い気味の口調でケイは続ける。
「いくら領主の娘を守る為の護衛とは言え……あそこまで高度な魔法を同時展開、誰でも出来ることじゃないし〜?そもそもナトは護衛兵じゃないでしょ〜?」
彼の尻尾は相変わらず左右にユラユラと揺れている。
「だからぁ、僕の正体をバラす代わりにぃ、ナトの正体も教えてもらおうと思ったんだ〜!」
いきなり獣化を解き、黒の制服のまま裏庭にゴロンと大の字に寝転がるケイ。それをナトは苦笑気味に見つめて呟く。
「へぇ……、交換条件。そもそも先にそちらが教えてきたのでは意味がないだろうに」
その呟きを聞き、ケイはヒョイと立ち上がって笑顔で答える。
「大丈夫〜!僕の正体を知った人は大体もれなく牢屋行きだし〜!」
唐突なケイの爆弾発言に面倒くさそうな顔をするナト。その反応を見てケイは心底悔しそうに頬を膨らませる。
「あーあ、全然驚かないんだねぇ、ナトは」
プンスコと頬を膨らませるケイを横目にナトは黙考する。おそらくケイが口にしたことは事実である。
このケイと言う掴みどころのない男が自身の素性を軽率に話したりするほどバカではない事は確かであり、ループスの従者である自分から何かしらの情報を得ようとしている、と。こうやって揺さぶりをかけてくるのも動揺を誘い、何かしらの情報を集める為なのだ、と。暫し黙考していたナトだが、自身の尻尾がペシペシとされていることに気づき目を向けると。
「……あ、バレた?」
ニッコニコのネコ姿でナトの尻尾に戯れつくケイの姿があった。
ハァ……と深い深い溜息をついた後尻尾でベシベシとケイを叩くと少し微笑んだ。
「まるで仔猫だな、お前は」
ケイはナトの微笑を見て目を丸くする。笑わないように訓練されているのではないかと言うレベルで表情の変化を見せなかったナトが笑うその様は不思議に思える程だった。
「……ん、そろそろさよならだね〜」
ネコの姿のままスタッと塀に登るケイ。ナトはケイの身体の柔軟性に目を見張る。
「まぁ、そのうちすぐ会うよ〜、多分」
ニャハハという笑い声が聞こえそうなほどの笑みを浮かべつつケイは去っていった。
「……あぁ、成程」
ナトの耳がヴェラとフォルテの足音を捉えた。ケイは先に気づいていたのだろう、スタスタと屋根を伝いあっという間に見えなくなった。
ケイはナトを気に入ったようです。
面白い、続きが読みたいと思った方はレビュー、感想、ブックマークetc…よろしくお願いします。