若き領主達
再びヴェラとノワールの対話です。
―――フェリシア城、応接間
再び向かい合ったノワールとヴェラ達。その面持ちは先程とは違い、少し重たいものである。先程ノワールの読心を行ったフォルテは1人思案に耽っていた。フェリシアの窮状を知った今、ヴェラが選べる選択肢は二つある。その窮状につけ込み弱みを握るか、もしくは救いの手を差し伸べるか。フォルテは内心苦笑した。どこまでも他者に優しいヴェラならば取る選択肢は後者だろう、と。彼はヴェラにアイコンタクトを取ると主人の為に流れを変えるべく口を開いた。
「フェリシア様、ヴェラ様からお話がございます」
俯いて黙考していたノワールはハッと顔を上げる。ヴェラはコホンと小さく咳払いをすると凛々しい目となる。
「先程は私も挑発に乗ってあまりに無責任な言動を取ってしまいました。ですから、あなたの失言も許します。……これでおあいこと言うことにしてくださいませ」
最後に苦笑を浮かべるヴェラ。ノワールは目を丸くする。相手に隙を見せないように振る舞ってきたノワールからしてみれば考えられない行為だったが先程からコロコロと変わるヴェラの表情を見ていると不思議と嫌悪感は抱かなかった。
「加えて……、結婚は致しませんが、これから先のフェリシア領と友好的な関係を築きたいと考えています」
ヴェラはループス次期領主として凛とした声で言い放つ。先程の苦笑では無かった女王の威厳を放ち、堂々としていた。ノワールは図らずもヴェラを尊敬の眼差しで見ていた。ループス領民を惹きつけてやまないこの少女は、この豊かな表情、柔軟な対応力、そしてすべてを許すその深い心を持っているのか、と。
「……慈悲深いご判断感謝申し上げます」
一礼をすると、指を鳴らすノワール。すると紙とペンが現れ、美しい字を綴っていく。
「仕事が早いんですね、ノワール様は」
早速条約を結ぼうと書面を用意するノワールに、ヴェラはクスッと笑った。焦りすぎたか、とハッとしたようにノワールは顔を上げるが、ヴェラはノワールの様子を愉しげに見ていた。
「コホン……、申し訳ありません」
咳払いをし、赤面を隠すノワール。年齢こそ自分の方が上だと言うのにあまりに余裕がなさすぎることに羞恥心を覚える。
「いえ、その姿勢は私も見習わなければいけません」
クスッと笑うヴェラ。そして真剣な面持ちで言葉を続ける。
「しかし、私の一存で全てを決めてしまうのはあまりに
時期尚早。ご多忙かと思いますが我がループス領へおいで下さい。領主である私の父と話すことで何かしら気づきも得られるかも知れません。その際に正式に条約を結ぶというのはいかがでしょうか?」
ヴェラは微笑みながらノワールに提案した。その笑みに裏はなく、純粋に尋ねている。ノワールは何か言おうと息をついた後、目を閉じてしばし逡巡すると答えた。
「……えぇ、承知いたしました。準備が整い次第すぐにループスに伺います」
ノワールはチャンスを掴んだ、とばかりにその長い尻尾をくねらせ喜びを静かに表していた。
「では、ループスに戻り次第、ノワール様に正式な招待状を送らせていただきますね」
ノワールの表情が少し明るくなったことに気づき、ヴェラはまたホッとした笑みを浮かべる。
「この縁談は破断、と言う形になってしまいますが、決してフェリシアが嫌いな訳でもノワール様が嫌いな訳でもありません。ループスであなたを歓迎しますから」
苦笑から眩しい笑顔へと変わるヴェラ。フォルテはそんな主人を頼もしく思いながら、猫の2人を見る。どちらもヴェラの感情表現の大きさに少し戸惑いつつも、安堵の表情が見受けられ、当初の警戒心はだいぶ薄れたように見える。しかし、猫と言う獣の性なのであろう、決してすぐには打ち解けてはくれない。
「はい、よろしくお願い致します」
シルヴェスはノワールが内心非常に喜んでいることを隣で感じていた。彼にしては珍しく、尻尾で気持ちがダダ漏れである。そんな主人を少し微笑ましく思い、笑みを溢しそうになる。
「さて、私達はそろそろお暇しましょうヴェラ様」
フォルテはヴェラに呼びかける。時刻は午後4時を回る鐘が鳴った。ループス領とフェリシア領が隣接しているとはいえ、やはり遠いものは遠い。
「では、ノワール様、ループスで待っていますね」
微笑んで別れを告げるヴェラ。扉を開けて彼女をエスコートするフォルテ。そんなオオカミ2人を見送る為にノワールとシルヴェスは席を立った。
少しずつ関係前進に繋がっています。
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