従者の苦悩
決闘後の2組の様子です。
「……フォルテ、私は正しかったのかしら?」
中庭に取り残されたヴェラはポツリとフォルテに問いかける。その顔は俯いていて表情は見えない。読心術が得意な彼からしてみればヴェラの心中が痛いほど伝わり、どんな言葉を返そうとも軽薄なのではないかとさえ感じられた。
「ヴェラ様は、感情に任せた判断をしたわけではありません。決闘を仕掛けたのも、挑発をしてきたのもフェリシア領主の方からですから」
フォルテは、正しかったとも間違っていたとも言わずただ事実を述べた。そしてヴェラの小さく震える肩に、そっと上着をかける。大丈夫、と安心させたい所だが、そんな安易な言葉を使えばむしろヴェラを苦しめかねないことを彼は知っている。
彼女はループス領の双肩を担う立場ある者であり、振る舞い一つ一つに責任がうまれる。その背負う重圧は果てしないものだろう。だからこそ私は、とフォルテは自分に言い聞かせる。
「……あなたは優しいわね、フォルテ」
涙を浮かべたヴェラが笑顔でフォルテに向き直る。フォルテは胸に手を当て、主人に敬意を表す。
「私は優しくなどありませんよ。しかし、ヴェラ様の為ならなんでも致しましょう。さぁ、お体が冷えてしまいます。着替えてフェリシア様の元へまた向かいましょう」
そう言ってヴェラをエスコートするフォルテ。しかし彼は知らない、ヴェラはどんな気の利いた言葉よりも、全てを理解して冷静な言葉をくれるフォルテが誰よりも安心できることを。何よりも信頼できるということを。
「ありがとう、フォルテ」
彼女の笑みを見て、フォルテは苦笑する。自身の秘める想いとは裏腹に、ヴェラはどこまでも信頼してくれている。それを少し切なく思いながら、主人の笑顔を守るために支え続ける。フォルテが杖で呪文を唱えると、ヴェラの服は一瞬で元の豪奢なドレスへと変わった。
「私、泣くのは嫌いなの。取り返しがつかなくなる前に、もう一度向き合いたいわ、フェリシア様と。……いいえ、ノワール様と」
涙を払ったヴェラはいつものお転婆娘へと戻って言った。フォルテはそれでこそヴェラだ、と微笑んで彼女を再び応接間へとエスコートするのであった。
―――フェリシア領主の部屋
「もっと貴女の言うことを聞いておくべきでした」
既に魔法で一瞬で領主の服へ着替えたノワールは側に控えるシルヴェスに溢していた。顔を片手で覆い、自身の失態を非常に悔いていた。
「ノワール様……」
かける言葉が見つからず、主人の名を呼ぶのみに留まるシルヴェス。彼女の葛藤は計り知れない。主人を思うからこそ、邪魔もしたくなければ、無理もして欲しくない。しかし、従者という立場上強くは言えない。目を伏せ、ノワールの側に控えることしかできなかった。
「……本当に、申し訳ない。私の愚行でループス領との関係が悪化したら最悪だ。私の言動一つ一つでフェリシアの運命が変わりかねない。ただでさえロレオーヌとの関係が最悪だと言うのに……。これ以上敵を増やすなんて、私は一体何をしているんだろうな。まともな仕事一つできやしない」
いつもの自嘲の笑みを浮かべた後、珍しく弱音を吐くノワール。シルヴェスは思わず反論していた。
「ノワール様は、努力していらっしゃいます。何もしていないだなんて言わないでください」
シルヴェスの反論にピクッと驚くノワール。シルヴェスは震える声で続ける。
「完全に道が絶たれた訳ではありません。どうか諦めないでください」
その必死な様子にノワールは目を見開いたまま固まる。そして、目を閉じて逡巡した後、言葉を紡ぐ。
「シルヴェス、貴女は面白いことを言うな。確かに全ての道が閉ざされた訳ではないはずだ。ループス領との関係はまだ築くことすらできていないが、逆に言えばまだチャンスは一欠片くらい転がっているということ。それならば私は見逃すつもりはない。……感謝する」
フッと小さく笑うと、ノワールは立ち上がった。
「では、行こうか。ヴェラ様の元へ」
ノワールはシルヴェスと共に再び応接間に歩き出した。
次回再び2人が向かい合います。
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