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シャツのテント 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩はここのところ、筋トレとかしているんですか?

 学校だと、部活や授業によっては筋トレをすることがあるかもですが、家に帰ってからはどうでしょう?

 若いうちは、筋トレが不足してもさほど問題にならないことが多いみたいです。本格的に困ってくるのは30代以降ですね。どうも人間の身体、筋肉のピークを保てるのは20代くらいがせいぜいらしくて、後は下降線なんだそうですよ。

 きついからっておろそかにしていると、そのうち足が動かなくなります。杖をつきながらえっちらおっちら。そのうち寝たきりになって、上半身もむしばまれてしまうそうですよ。足からの刺激がなくなると、全身への血のめぐりが悪くなってしまうのだとか。


 そんな健康と分かっていながら、やるのがしんどい筋トレ。人体にかかわることもあるのか、ときおり不思議なことも起こるそうなんですよ。

 私の話なんですが、聞いてみませんか?



 私たち一家は、筋トレするのにさほど抵抗がないんですよね。

 父も母も、学生時代に自分の体型でずいぶん苦労したらしく、かといってお金をかけない肉体改造というと、ジムにも道具にも頼らない自重トレーニングがメインとなります。

 私の母は、なんというか「盛り盛り」な方でして。特にお胸の部分とか。

 聞く限り、子供を産むのを契機に大きくなるといいますが、母はそれ以前からの筋トレでサイズをアップしたのだと、力説してはばかりません。

 バストアップ体操のたぐいでもない。栄養などを気にしたうえでの、腕立て伏せこそ至高なのだと。



 さて、私もそろそろ自分のスタイルが気になる年ごろ。

 更衣室でひそかな劣等感を覚える日々とおさらばしたくて、母のいう腕立て伏せに臨むことにしたんですよ。

 とはいえ、腕立て伏せの動作そのものには別段、特別なやり方があったわけじゃないです。問題は着る服に関してですね。

 余裕を持たせた、シャツ一枚を上に着て、やれとの仰せでした。

 それだけでいいのか? と私は首をかしげますが、本当に伸びるときは分かるだろうから、ひとまずやってみろ、とね。

 愚直な私は、いつも着るより少し大きめのシャツを用意し、腕立てに取り組みます。


 回数は関係なく、フォームも学校などで教わった通りで構わない。ただシャツの裾はしっかりウェアに入れておけ、とのこと。

 ますます拍子抜けする私。ほとんど学校でやることと大差ないじゃないかと。

「愚者は経験に学び、 賢者は歴史に学ぶ」でしたっけ? ビスマルクの言葉が頭に浮かびましたよ。母親もたまたま経験しただけの愚者サイドではないかと。

 しかし本当の愚者なら学びはしないし、他人へのアドバイスだってできないでしょう。

 二匹目のどじょうが連れればラッキー、というショックアブソーバーをかけながら、私はひたすら母のいう腕立て伏せをしてみます。



 それから一週間ほど。

 腕立て伏せも回数を重ねると、ついつい顔をうつむけて休みたくもなります。

 ふと見下ろすと、シャツのえりのすき間からほっこり、自分の内側が見えちゃいます。シャツ一枚だから、なおのことはっきりですね。


 ――なんです先輩、難しい表情しちゃって。


 しょせん、自分のボディですよ? 先輩だって自分のパンツの中を見て、悦に浸ったりはしないでしょう? ……しませんよね?

 もう何千日と見てきた自分の身体。果たして母親のいうような変化は起こるのかと、気が気でなりません。

 汗をかくと、ぴっとり張り付いてくるシャツですが、そうでないと重力に負けて大きく膨らむ。この時だけ、おでぶちゃんになったかのような気持ちになります。裾がズボンの中に入り込んでいるから、なおのことですね。



 結果はどうなったかですか?

 それがですね、うまくいったかどうかは微妙なところなんです。

 言いつけを守って三カ月。腕立て伏せをしていて、ほっぺたとあごを何度も汗が伝ったときでした。

 にわかに、胸のあたりにくすぐったさを覚えます。じかに触っていないのに、です。

 ふと顔を下げますが、シャツのえりが鎖骨あたりに、ぴとりとくっついてフタをしています。汗で引っ付いたんでしょうか。

 私はどかりとあぐらをかくと、えりに手をかけます。


 取れませんでした。あたかも接着剤でくっつけているかのような強さで、えりは私の肌と仲良くしちゃっているんです。彼らを引きはがすには、それこそ私が「血の涙」を流さなくてはならない、と思うほど。

 まさか、と私は裾の方を引っ張り出そうとします。


 できません。私のおへそもまたシャツと手を組んで、私の力に「いやいや」といわんばかりの抵抗を見せてきました。

 閉じ込められた、お腹から胸までの空間は、大きく大きく膨らんでいます。以前、体育でボールを体操着の下から入れて「グラマ〜」などとやっていたときを、思い出しましたよ。

 でも、あの時とは全然違う。この膨らみを上から押さえつけても、そこには空気が入っているだけ。

 押せばしぼむ。でも離せば膨らむ。おそらく袖のあたりから入ってくるんでしょう。

 そして肝心の胸の部分は、変わらず何かにまさぐられているような感触が絶えませんでした。

 あの時は半ばパニックでしたね。自分でも痛く思うほど、胸を何度も叩いたものです。

 ものの5分ほどすると、先ほどまでのシャツたちの抵抗がウソのようになくなって、のぞいてみたら赤くはれた、肌がのぞくのみでしたが。


 結果としてカップはひとつ大きくなりましたよ。

 その代わり、誰にも触れられていないにもかかわらず、ときどき胸の内側から、思わず身をよじりたくなる、こそばゆさが湧くときがあるんです。

 検査もしてもらいましたが、異状は確認できません。でもあのとき、自分の胸の中に何かを取り込んじゃったんじゃないかと、私は不安を覚えます。

 そして母親も同じだというなら、その母乳で育っただろう私も、素養を受け継いじゃったかもですね。

 できることなら我が子も自分のお乳で育てたいですけど……避けた方がいいかもとも、考えちゃう、このごろです。

 


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