6話
今日もいつも通りに学校を終えて帰宅する。そしていつもの場所へ、ただし今日は母親の命令で早く帰らねばならない。その事だけがカイの気分を下げるのだった。
今日は1時間んで帰るようだな。出来ても、アレを取りに行くだけかな。
ぼんやりと考えながらゲームセンターへ入りいつもの部屋へ、今日は店長が顔出しにこなかったことすら気にも止めずに進んでいた。
『朱嶺 戒様、認証を確認、お入りください。』
そして今日は街からのスタートにし、始まりとともにトランスポートから福島の伊達へ移動した。
今回の採取アイテムは糸である、ただの糸ではなくモンスターの魔力が染み込んでいるものだ。魔力の通った絹糸はかなり丈夫でしなやかさがあり、他の素材との組み合わせ次第では強力な防具にもなる。カイの職業では鎧などの金属防具は装着は無理なので、金属系以外で素材を良くするしかなかった。
糸の取れるモンスターはアイツなんだよなぁ、ヤル気が失せてくる…
絹糸の材料は蚕と呼ばれる虫の一種でこの蚕が出す糸が絹糸として使われているのだが、ゲーム内ではこの蚕が巨大化したモンスターとして現れる。そしてこの糸がカイの欲しいアイテムなのだが、カイは大の虫嫌いで、カブトムシやクワガタくらいしか見れないのである。そのためこんなにも気分が沈んでいるのであった。
あぁー、到着してしまった。帰りたいな、でも必要だし…でもヤダなぁ。
こんな感じで20分もグルグルとダンジョンの入り口で歩いていた。さらに10分後にようやく入って行った。入って早速現れた蚕のモンスター。カイは鳥肌が立ち、固まってしまう。
「やっぱりダメだぁー!」
発狂と共に衝撃波の連発なりふり構わずになっていた。実際は腹部に軽い打撃をあたえると勝手に糸を吐き出して攻撃してくるのだが、そんな手順も忘れて狂ったかのように遠距離攻撃の連打行う。倒すとドロップ以外では回収出来ない、出来ても少量と効率が悪いのだがもう何も考えることができなくなっていた。
そして全滅させているのにも気付かずにいた、10分後ようやく攻撃の手を止めて周りを見渡す。どうにか使う分の糸が回収出来たようだが、もう残り時間が無く。何をしていたか記憶があやふやなまま今日のプレイ時間がなくなってしまった。
今日は楽しめなかったなぁ…
肩を落としながら帰路についた。
自宅に着きこれからの稽古に溜息が漏れる。
稽古自体は嫌じゃないんだけど、母さんの威圧感が怖すぎてやらなきゃいけない事が頭に入ってこないんだよな…もう少し穏やかに指導してくれるとありがたいんだけど。
小さい頃から道場の稽古をしていたが、余りのプレッシャーに耐えきれず母親が近づくだけで大泣きしてしまうという事態に陥った事があった。その時は父が母を説得し、本人の意思に任せる形で話が付き強制はされなくなった。しかし、ゲームをさせて貰える条件の一つとして月に1、2回は家の稽古をするという決まりになったのであった。
「おかえり、あと30分くらいで始まるから用意しきなさい。」
「はい、直ぐに準備してくるよ。」
部屋に戻り、直ぐに支度をして道場に向かう。稽古ばの入り口で一礼して入ると母親が正座して待っている。その姿は凛として美しい姿勢である。ただ静かな威圧感を放っている、未だにこのプレッシャーには慣れず気圧される。それでも小さい頃に受けた印象よりは穏やかになっていると感じられる。
「では、始まるわよ。いつもの通り直立での瞑想から、私の威圧の中でも自然体、リラックス出来る状態を保ちなさい。それがどんな状況にも対応し得る為の心構えよ。」
カイは言われた通りに瞑想に入る。この稽古は空手の稽古ではなかった。確かに空手の稽古をする道場であるが、それは表向きにすぎず実際は戦乱の世から続いている古武術の道場であった。その真髄は鎧の上からでも素手で相手を制する技術、武器をなくしたり、破壊されてもなお相手を屠る技。現代において、生身の人間に放てば確実に殺してしまう。カイは時折思う、この技が今の世の中で必要なのかと。
稽古が始まり1時間、瞑想を終える。プレッシャーのかかる中でのリラックス状態を保つ事がどれだけ難しく疲弊していくのか。目を開けたカイは滝のような汗をかいてえた。
「じゃあ、次よ。打ち込み100本、インターバル1分の5セットよ。始めなさい。」
サンドバッグへの掌打を打つのだが、この練習かなり難しい。サンドバッグをほぼ揺らす事なく打ち込みしなければならない。内部破壊を目的とした打撃なので、表層への衝撃が有るとその分中へはチカラが全て伝わっていない事になる。サンドバッグが揺れていなくても、母には綺麗に中へ衝撃が伝わっているかは見抜かれる。時間が掛かっても1発を丁寧に打たなければならない、これを計500発打たなければならないのは地獄である。約1時間は打ち込みっ放しだった。
そこからは演武の型を3時間を休憩無しで行う。演武の型とは空手の型のような形式演武ではなく、実践演武、構えや打ち込みの型を母の指示で変えるのだが繋げ方は無限。次にどの指示が有っても繋がるようにしなければならない、しかもそこには答えがなくいかに流麗で無駄のない動きか、実際の闘いで有効かどうかを常に考えながら動く。
この稽古の流れは、瞑想で緊張せずに冷静にいられるメンタルを作り。打ち込みで無駄なチカラが入らないように身体操作をし、どのような状況でも同じ技を出せるように。最後の演武でどんな場面でも動きを止めずにいる事、状況判断の早さを養う。この繰り返しを行い自分を高めていくものだった。
約5時間の稽古も終わり、風呂に向かう。汗を流し夕飯を食べたあとはベットに横になるのだが、疲れきっていたカイはそのまま深くねむりについたのだった。