精霊の森③
湖の周りには高さ15〜20センチくらいの幅広の葉の植物が群生していた。
丸い鐘型の蕾が一つの茎に葡萄のように密集している。
「リオ、あれは何の植物?」
「あれはミュゲの蕾だよ。幸せを呼ぶ花と言われていて、大切な人や家族に送ったりするんだ」
見た感じはスズランのようだ。
(幸せを呼ぶ花、二人に贈れないかな…
けど、開花前に摘んでしまうのもかわいそうだし…)
しばらく雨が降っていないのか、土が渇いている。
「リオ、20秒だけ、目を閉じてて」
「え、なに、なに?」
「アサちゃんが閉じると言ったら、さっさと閉じるニャ」
ハナがリオの顔にジャンプし、覆い被さった。
「ふぐぐ…」
「アサちゃん、これでいいニャ」
目を閉じててもらうだけでよかったのだけど、リオには少し我慢しててもらおう。
私は地面に両手をついた。
(私の魔力を、大地に分け与えることはできないかな…)
大地に潤いと栄養を…葉に太陽の恵みを…
私の魔力が成長の糧となれ…!!
「ヒール…!」
身体から大地へと魔力がとめどなく流れていく。
地面に置く手のひらから一番近いミュゲが、パパパッと開花した。
すると、魔力が大地に伝っていった順に、ミュゲが次々に開花していった。
(やった、成功だ…!)
白くて小さな鐘型の花が、湖を囲んで揺れている。
「ニャニャ」
「リオ、目を開けていいよ!」
「すごい…!これをアサヒが…?」
リオは信じられないといった様子で、目を見開いている。
ミュゲがそよ風に揺れると、笑い声が聞こえてきた。
よく見ると、花の周りを羽の付いた小人が歌ったり、笑ったり、飛び回ったり。
(これは、妖精…?)
「よかった。みんな喜んでくれてるの?」
きゃっきゃとはしゃぐ妖精の言葉は分からないけれど、みんな楽しそうだ。
「アサヒ、何か見えているの?」
「え…?」
リオにはこの子たちの姿が見えないのだろうか。
「えっと…」
「そうか。アサヒは精霊が見えるんだね」
リオは一瞬驚きの表情を見せ、羨ましそうに呟いた。
「精霊…」
精霊が飛び回ったあとには光の粉が舞い、湖をより神秘的にみせた。
日が陰り始め、いつの間にか精霊の姿は見えなくなった。
「雲行きがあやしくなってきた。そろそろ帰ろうか」
リオが帰り支度を始めた。
一瞬、湖の奥の方から、なにか大きな気配を感じた。
気のせいだろうか。辺りを見回すが、変わりはないようだ。
「アサヒ、どうかした?」
キョロキョロとする私にリオが話しかけた。
「なんでもないよ」
(思い違いかもしれないし、心配をかけたくないから、黙っておこう)
私は何も言わず、リオの後についていった。
罠を仕掛けた場所に戻り、何か捕らえていないか確認して回った。
残念ながら、どの罠にも掛かっている動物はいなかった。
リオは普段、弓や剣を使って獲物を狩ると言っていたが、私には刺激が強いだろうと今日は生捕に挑戦したらしい。
「慣れないことするから、何も捕まえられなかったな」
リオが珍しく、がっくしと肩を落としている。
「アサヒのミュゲの開花はすごかったし、僕だって二人においしいお肉を食べさせてあげたかったんだけどな」
拗ねているのか、今日のリオは子どもみたいで少し可愛い。
「お肉はまた今度のお楽しみだね」
リオがあんまりにも元気がないので、帰り道は私から手を繋いで帰った。