別れのとき
モーソン一家へ挨拶を終えると、リオの馬で精霊の森へ帰路についた。
日が暮れるまで少し時間があったので、途中、リオの希望で湖へ立ち寄ることにした。
ちょうどミュゲが開花の時期を迎えており、鐘型の白い花が湖を囲うように咲き乱れていた。
「わぁぁ、きれいだね!初めて来たときは、まだどれも蕾だったのに…」
「アサヒが魔法で花開かせたのが懐かしいね」
リオはアサヒを馬から降ろすと、湖の側まで手を引いた。
水面には、空の色や森の木々が映し出され、鏡の絶景はいつ来ても幻想的だ。
「しばらくここにも来れなくなるから、最後に精霊たちにも挨拶したかったんだ。アサヒといっしょなら、その姿を見せてくれるかな…?」
「どうだろう…精霊がいつ来てくれるかは私にも分からないから…」
しばらく湖の前で様子をみていたが、精霊の気配はない。
「そんなにうまくはいかないね。精霊たちに僕の声が届いているなら…今まで共に森を守ってくれてありがとう。僕がいなくなっても、これからもアサヒを見守ってほしい」
とリオは湖のどこかにいるであろう精霊に語りかけた。
そして、「大切な人に贈るために、許しておくれ」と言って、足元に咲くミュゲを一本摘んだ。
ミュゲは『幸せを呼ぶ花』と言われている。
だからアサヒは、リオが王都の定例会へ行くときも、道中の安全を祈る意味も込めてミュゲのサシェを贈ったのだ。
アサヒもまた、足元に咲くミュゲを一本摘んだ。
そして、お互いにそれらを贈りあった。
「アサヒの幸せを願って…」
「リオの活躍を祈って…」
すると、二人を祝福するように精霊たちが一斉に湖から舞い上がってきた。
精霊たちの軌跡が、溢れんばかりの光となり二人を包み込む。
リオは宙を見上げ、嬉しそうに
「あはは、すごいね!」とアサヒに笑いかけた。
リオの眩しい笑顔と金髪の髪がキラキラに輝いて、まるでどこぞの王子様みたいだ。
「ふふっ…そうだね」
リオの笑顔につられて、アサヒも自然と笑顔になった。
きっと、リオと見たこの景色を、この先も忘れないだろう。
二日後の早朝、リオとランディは王都へと旅立っていった。
別れはあっさりとしたもので、アサヒとヤヨイはそれぞれ、寝惚けたハナとタロを抱え、二人を見送るために玄関先で待っていたのだが、二人は荷物の確認を済ますと、挨拶も早々に「それじゃあ、行ってくる」と出発してしまった。
ヤヨイはふぁあぁぁ…と大きなあくびをして(マーサに、はしたないと注意されていた)、
「まだ日も昇りだしたばかりなのよ…もう一度寝直すわ」
と言ってタロをマーサへ預け、部屋へと戻って行った。
アサヒも、部屋へと戻りハナとタロをそのまま寝かしつけ、もう一度ベッドに潜り込んだ。
(あったかい…)
布団には、ついさっきまでいっしょに寝ていたリオの温もりが残っていた。
何かするわけでもなく、手を伸ばしてみる。ベッドが急に広くなった気がして、寝ているハナとタロをぎゅっと抱きしめた。
ここに残ると決めたのは自分だ。
だけど、寂しい気持ちになるのだって当たり前だろう。それだけ、たくさんの思い出が詰まった数か月だった。
アサヒは無理やりにでも眠ろうとぎゅっと目を閉じたが、窓から差し込む朝日が無情にも睡眠を妨げた。
眩しいと思い薄目を開けると、窓辺に飾った一本のミュゲが滲んで見えた。




