モーソン家②
「ア、アル兄様…」
「そうだ」
アルはアサヒの一つ上で、9歳。
おぼっちゃまカットのダークグレーのサラサラの前髪からは、紫の瞳が見え隠れしていた。
「君は、最近の記憶もあやふやで、一人彷徨っていたところを保護されたと聞いた。頼れる友人もいなくて、不安だったろう。これからは、いつでも僕に相談するといい」
「ありがとうございます…」
どうやらとっくに、アルはアサヒの義兄としての心積もりでいたようだ。
緊張も和らいだのか、耳の赤みも次第に引いていた。
「アル兄様の言うとおり、私にはあまり知り合いがいません。歳の近いお友だちはアル兄様が初めてなので嬉しいです」
アサヒが微笑むと、アルは
「友人ではない、兄だ。言っておくが、丁寧な言葉遣いも不要だぞ」と応えた。
「ふふっ…うん。ありがとう、アル兄様」
アルは照れながら「うん」と言った。
それからアサヒたちは、お互いのことを話した。
アルは現在、騎士学校に通っており、そこでは当然、剣術を学ぶらしく、アルの小さな手にはマメがたくさんできていて日々の鍛錬が窺えた。
将来は父のような宰相になるのが夢なのだそうだ。勉学にも手を抜いていないと言って、アサヒがウィンス語を勉強している最中だと聞くと、『アルフレッド』の綴りを教えてくれた。
(この国では自分の名前を書かせることが多いのかな…)
と、アサヒはリオとのやりとりを思い出していた。
そんな二人の様子を、話を終えた大人たちはひっそりと覗き見ていた。
「あらあら、すっかり仲良しさんね。いっしょに暮らすのがしばらく先になるのは残念だわ」
「アサヒさんの気持ちを優先しようと決めたじゃないか。そのかわり、年に一度、バカンスの時期には我が領地で過ごしてもらおう」
「そうね。きっとアルも喜ぶわ」
モーソン夫妻のそんな会話を聞いて、ロンは「爺さんだって、遊びに行くぞ」っとボソッと言った。
リオは、モーソン一家の様子を見て、
(ロン大叔父様に声をかけてよかった。この方々になら安心してアサヒを任せられる)
と、ほっと胸を撫でおろした。
「モーソン家の皆様、この度はウォルター街まで足を運んでくださりありがとうございました。そろそろお時間ですので…」
リオが皆に声をかけると、ロンはリオの肩に手を置き
「楽しい時間はあっという間だな」と言った。
別れ際、モーソン侯爵はアサヒに
「アサヒさん、いや、これから家族になるのだからアサヒと呼ぼう。我が家は君の家でもあるんだ。いつでも帰っておいで」
と言い、奥様は
「アサヒの帰りを待っているわ」
とアサヒを抱きしめた。
「ありがとうございます。お父様、お母様」
アサヒは深くお辞儀した。
モーソン夫妻の横に立つアルは未だに不機嫌だ。
実は、アルはアサヒがこれからも精霊の森で暮らすことを知らなかったらしい。さっきまで、なんですぐにいっしょに暮らせないんだとモーソン侯爵に訴えていた。
「アル兄様、元気でね。また勉強を教えてね」
アサヒはアルの前まで行き、手を差し出した。
握手をすると、アルは手に思い切り力を込めてギューッと握ってきた。
「イタタタッ…」
「すぐに帰ってこないと、アサヒのこと、忘れてしまうからなッ」
「う、うん。分かったよ。そうだアル兄様、両手を出して?」
アルは不思議に思いながらも両手を差し出した。
アサヒがアルの手を握り「『ヒール』…!」と唱えると、ホワッと淡い光が放たれ、アルの手を癒やした。
「剣術を頑張るのはいいけど、無理しないでね?」
「…………」
アルを見ると、耳から鼻先まで顔をカーーーッと赤く染め、それを片腕で隠していた。
「アル兄様…?」
(あ、あれ…?)
アルだけでなく、周りの誰も話し始めないので、部屋が静まり返っていた。
「リ、リオ…」
アサヒはリオに助けを求めると、リオはアサヒを抱えあげ、
「それでは皆様、今日は本当にありがとうございました。またお会いしましょう」
と言って、足早にその場を去ろうと部屋のドアまで歩きだした。
慌ててアルが声を上げた。
「アサヒ、待ってるからな…!!」
アサヒはリオの肩越しから「またね」と言って手を振った。




