満月の夜②
「僕の仕事の話をしてもいいかな?僕は、王国騎士団の第3騎士団に所属しているんだ。第3騎士団は主に隣国と接する辺境地が管轄なんだけど…」
アサヒはうんうん、と頷きながら話を聞いていた。
ここ精霊の森も隣国と接する辺境地だ。ウィンスレット王国の地図を見ると、王都は王国のほぼ中心に位置しており、精霊の森は王国の北西にあたる広大な土地を占めていた。
「精霊の森は『ハウエル侯爵家』の領地で、僕の父は…そのハウエル侯爵なのだけど、この森には元々お祖母様が住んでいたのと、僕の希望もあって、警備を任されることになったんだ」
若干端切れが悪いのは、貴族であることを隠していたからだろう。
けれども、ヤヨイから息子が領主であることと精霊の森やウォルター街が領地であるとは聞いていたし、ヤヨイの孫であるリオはその子息だということは分かっていた。
「ヤヨイ様が戻られたから、ここを出ていくことになったの?」
アサヒがそう聞くと、リオは申し訳なさそうに頷いた。
「お祖母様はあぁ見えて実は、とてもすごい方なんだ。今の騎士団長でも一対一でお祖母様に敵う人はいないくらい、最強の魔術師でもある。そんなお祖母様がここを守ってくださるなら、僕は必要ないからね」
リオも本当はここにいたいのだろう。
とても残念そうだ。
「所属は第3騎士団のままだから、おそらく今回の王都への異動も一時的なもので、またそのうちどこかの辺境地を任されることになるだろうけど、しばらくここへ戻ることはないだろう」
「うん…」
「ここでずっとアサヒのそばにいるつもりだったのに、急にこんなことになってしまって…ごめんね…」
いつの間にそんなつもりになっていたのか、アサヒとしては、ある程度一人で生活できるようになったら出ていくものと思っていたので、その言葉に驚いた。
「だ、大丈夫だよ…!気にしないで!」
アサヒはしょぼくれた顔で肩を落とすリオの腕を掴み、励ました。
「それでアサヒのこれからなんだけど…」
これも分かっている。
きっとリオもヤヨイと同じく、選択を委ねてくれるのであろう。
ここにいてもいいし、何かしたいことがあるなら援助すると言ってくれるに違いない。
心配性のリオのことだ。もしかしたら、王都についてきてほしいと言うこともある得るが、無理強いはしないだろう。
「モーソン侯爵家の養子になってほしい」
(え…!??)
全く予想だにしない言葉に、リオの腕を掴んだまま、ポカンと口を開けてフリーズしてしまった。
「モ、モーソン侯爵家?初めて聞く名前だけど…」
「モーソン侯爵家はお祖母様のご実家だよ。アサヒには、お祖母様の兄であるロン大叔父様のご子息であるモーソン侯爵の養子になってほしいんだ。すでに話は通してある」
「そ、そうなの…?だけど私、一度も会ったことないよ…?それなのに、家族になるの…?」
動揺して戸惑いを隠せないでいると、リオは空いている片方の手でアサヒの頭をポンポンと優しく撫で、体を引き寄せた。
「うん。家族になってほしい。だけど、アサヒの生活を無理に変える必要はないよ。ここにいてもいいし、もちろん王都に来たければいっしょに来たっていいんだ。アサヒのやりたいことを見つけてほしい。ただ、モーソン家に入ることだけ、許してほしい」
そう言われてしまっては、断ろうにも断れない。
「今度、お会いできるかな…」
アサヒはポツリと呟いた。
当然、そこに気持ちなどこもっていない。
決定事項なのであれば、どうすることもできないし、リオが決めたことなら悪いようにはならないのだろう。
だけど…。
「どうして、相談してくれなかったの…」
しまった…!声に出てしまった。
なお悪いことに、その瞳からは今にも涙が溢れそうだ。
リオは思いがけず、アサヒをぎゅっと抱きしめた。
この先どうしたらいいかと抱えていた不安や、ハナとタロを見て感じた焦り、突然のリオの異動、様々なことが重なり気持ちが涙となり溢れ出てしまった。
「ごめんね、これは僕のわがままなんだ…」
リオが小さく呟いた気がしたが、月明かりの逆光で表情を読み取ることはできなかった。
そして少女の体は、またも泣きつかれて眠りにつくのだった。




