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初めての魔法②

 ダイニングルームには八人掛けのテーブルが置かれており、リオはアサヒを一番右端の椅子へ降ろした。


「食材を切らしていて、簡単なものしか出せないんだけど…」

 と歯切れ悪く言いながら、紅茶とパンを一つ、アサヒの前へ置いた。


「ありがとうございます」


 一口食べた少し硬めのバターロールのようなパンに口の中の水分を奪われ、むせる前に紅茶を飲んだ。

 紅茶からはふわっと、優しい花の香りがした。

 アサヒはほっと一息ついた。


「少しお腹も落ち着いた?」


 リオが優しく微笑む。


「はい。ありがとうございます」


 リオによれば、ここはウィンスレット王国の西に位置する辺境の地で、近くの街までは馬で30分以上かかる森の中心部だそうだ。


「僕は王国の騎士で、この森の生態系を守ることを一任されているんだ」


 リオはアサヒの向かいに座り、話を続けた。


「この森は精霊の森と呼ばれていて、希少な生物の存在が確認されている。それを狙った密猟者や冒険者が時々やって来るから、そいつらを追い返したりしてるんだ。森には結界が張られていて、滅多に人に出くわすことはないんだけど」


 話を聞く限りだと、かなり重要な仕事なのではないか。

 この若さで任されているなんて、リオは優秀な騎士なのかもしれない。


「アサちゃん、紅茶が熱くて飲めないニャ。ふうふうしてほしいニャ」


 構ってもらえず暇になったのか、アサヒの左隣の椅子にお座りしていたハナコが、上目遣いでお願いしてきた。

 なんとあざと可愛い。

 しかし、猫に紅茶を与えても大丈夫なのだろうか。


「ところで、ハナはアサヒの従魔なんだね」


 リオからまた聞きなれない言葉が飛びだす。


「じゅ、従魔…ですか?」

「そうだニャ。アサちゃんとは契約済みだニャ」


 ハナコは自慢げに鼻を上に向けて前足をピシっと揃えた。

 そのポーズは初めて見た。可愛い。


 それにしても、「従魔の契約」とは。もちろん、そんな知識や経験はない。無意識のうちに何かしていたのだろうか。想像するに、よくファンタジーで出てくるような、生き物を使役するようなものかもしれない。


 そうだとしても、そもそもハナコはただの三毛猫である。

 猫を操ったところで、何ができるとも思わないのだけど。


「あのときは必死だったので、あまり覚えていないのですが…」


「アサヒはすでにハナの名を知っていたし、回復魔法で助けたことで、ハナがそう望んだのかもね。従魔にすれば、お互いに魔力を供給できるし、ある程度離れていても意思疎通がとれたり、危機を察知したりもできるよ。ステータスの確認もできるし、結果的には良かったかもね」


(ペットの猫が迷子になるのを心配して、ICチップをつける感じかな)


 ステータスは通常、レベルの高い者や、スキルを透視する魔術を使う者などは例外として、ギルドなどに登録しない限りは本人しか見られないものらしい。

 

「リオはどうしてハナコが従魔だと分かったんですか?」

「ハナからほのかにアサヒの魔力の気配がしたからね」

「そ…そうですか…」

「せっかくだし、ハナにどんなスキルがあるか見てみたらどうかな?」

「アサちゃん、見てみるニャ!」

「うん、そうだね」

 

 アサヒはハナコに向かって「ステータス」と言ってみた。


 ウィンッ


 ハナコの前に半透明のボードが現れた。



 ーーーーーーーーーーーーーーー

 名前 ハナ

 種族 猫又

 年齢 3歳

 魔法スキル 妖術[レベル2]

 属性 アサヒの従魔

 ーーーーーーーーーーーーーーー



 ハナコは『ハナ』として転生したのか。


「あれ…猫又!?」

「アサちゃん、気づくのが遅いニャ」


 ハナはお尻を向けて、二つに分かれた前世ゆずりの短い鍵しっぽをふりふり動かして見せた。

 本人が気に入っているのなら良いが、妖術を使う猫又とは、完全に妖怪である。


「ハナはこの国では見たことのない魔獣だから、レベルが低いうちは拐われないように気をつけてね」

「ニャ」


 どうやらハナは珍妙な「魔獣」として、転生していたらしい。

 愛らしい姿と甘ったれな性格はそのままで、ハナが可愛くてたまらない自分としてはどちらでも良いのだけど。


 ハナを危険から守るためもあって、しばらくはリオの家に住まわせてもらうことになった。





 リオの家に住みだして数日が経った。


「アサちゃーーーん!そろそろ休憩するニャ」


 庭で洗濯物を広げていると、ハナが駆けよってきた。

 二又に分かれたしっぽを上げ、可愛いおしりが丸見えになっている。


「アサちゃん、ストップ、ストップするニャ〜!!!」


 洗濯物が空高く舞い上がっていく。

 また、やってしまった!


「わぁぁぁ、どうしよう!!風が止まらないよー!!」


 どうやらアサヒの魔力はかなり多いらしく、魔法のコントロールがとても難しい。

 回復魔法を使ったときも、魔力が暴走しないように、リオがサポートしてくれていたそうだ。

 まずは生活に使える簡単な魔法から慣れていこうと訓練中なのだが、このとおりである。


 タタタ……

 ハナが屋敷の壁をつたって屋根へ登り、そのままジャンプし宙へ舞った。


 パパパパパパパパパパパパッ

 トンッ。


 素早く洗濯物をくわえて、着地。


「はい、アサちゃん。すっかり乾いてるニャ。さすがだニャ」

「ふふ。ありがとう」


 ハナのおかげで大ごとにならずにすんだ。


「よし、次はお屋敷を掃除しよう」

「もう休憩しようニャ〜」



 あたりはすっかり夕暮れであった。

 ハナの姿をしばらく見ていないが、おそらく最近お気に入りの窓辺でお昼寝中だろう。


「アサヒ〜、もう雑巾が真っ黒だから、バケツに水入れてきて〜」


 玄関からススだらけのリオが呼んでいる。


 結果からいうと、今日は、失敗続きであった。


 屋敷を水拭きしようとしたら、洪水のように水が流れ、ランタンに火を灯そうとしたら、業火が上がった。


 幸いにも、水の被害は廊下だけですんだし、ランタンの火も玄関の一部を焦がしただけであったが、結局、リオやハナに迷惑ばかりかけている。


 アサヒはさすがに落ち込んでいた。


「リオ、あとは私がやるので、部屋へ戻ってください」


 バケツを床に置いて、声をかけた。


「あれ〜アサヒ、もう敬語は使わないって約束だったよね」


 いっしょに住むことになって、リオが決めた約束事の一つである。


「リオは、もう…戻って…あとは…私がやるから…」


 大人になると、敬語の方が都合がよかったり、楽なときもあるのだ。

 と、言い訳したいくらい、ぎこちない喋りである。


 リオは、アサヒの頭を撫で、

「アサヒ、急がなくっていいんだよ。魔法だって、ここでの生活だって、少しずつ慣れていけばいいんだ」

 と、心配そうに言った。


 確かに、アサヒは少し焦っていた。

 まずはこの世界の『ふつう』になろうと必死だったことも確かだ。


「でも…私、なんの役にも立ててない…」

「そんなこと考えてたの。だいたい、アサヒはまだ8歳なんだから、もっとワガママ言ってもいいくらいだよ」


 自分のステータスを見たときに年齢を知って、子どもらしく振る舞うことも考えはしたが、『ワガママ』とはまたハードルが高い…


「そうだ!そしたら、明日からはいっしょにごはんを作ろう!もう気づいてると思うけど、僕はサンドウィッチしか作れないんだ」


 それは3日連続3食サンドウィッチが出てきたときから気づいていた。


「本でも見ながらレパートリーを増やそうか。一人だったから食は疎かにしてしまっていたけど、アサヒの栄養も考えなきゃね」


 そういえば、リオは料理以外に生活魔法も得意ではないらしく、汚れた玄関も廊下も、雑巾とモップで掃除していた。

 もしかしたら、失敗続きの自分に気を使ってくれていたのかもしれないけれど。


 アサヒはリオの顔についたススを服の袖で軽くぬぐった。


(せっかくのイケメンが台無しだよ)


「リオ、美味しいもの、みんなで食べようね」


 リオはまたアサヒの頭を優しく撫で、にっこり笑った。

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