初めての魔法①
アサヒは屋敷の応接室へ案内された。
室内はアンティーク調の家具で揃えられていて、ヨーロッパの伝統的なスタイルを思わせる。
「さきほどは、驚かせてすまなかった」
ナイフを向けたことだろうか。
「この付近は滅多に人が来ないんだ。来るとしたら盗賊くらいで、警戒してしまった」
夜中に突然押しかけたのに、逆に謝られるとは思わなかった。律儀な青年である。
アサヒは一度、ハナコをソファへ下ろした。
「じゃあ、はじめようか」
青年はアサヒの両手を握った。
青年の手から、じんわりと温かいものが流れ込んできた。
「手がぽかぽかします」
「僕の魔力だよ。同じように、僕にきみの魔力を流してみて」
目を閉じ、青年の手から感じた気配を探るように意識を集中させると、全身に血液が流れるのと同じように何かが体中を巡っているのを感じた。
「さっき、きみの魔力には覚えがあると言ったけど、それは僕の祖母のことなんだ」
集中を切らさないように注意しながら、青年の話に耳を傾けた。
「祖母は回復魔法の使い手でね。感覚的なものだけど、祖母の魔力もきみと同じように淡く、柔らかい。どんな魔力かなんていうのは、ふつうはこうして触れないと分からないのだけど、きみの魔力は緑がかったモヤのように淡く光っているよ」
しばらくして、青年は手を離した。
「うん。今の感覚を思い出しながら、この子に手をかざしてごらん。この子が治って元気になるところをイメージして、回復魔法を唱えるんだ。詠唱は…」
ハナコから、痛みを、苦しみを、どうか取り除いて…!!
「『ヒール』…!」
ふあっと心臓が浮く感覚がした。
ハナコにかざした手から一気に魔力が流れ出たのがわかった。
すぐにものすごい疲労感が襲ってきて、アサヒはその場に倒れ込んだ。
「ハナコは…」
「成功だよ。この子はもう大丈夫だ」
ハナコからすよすよと呼吸している音が聞こえる。
「よかった…」
意識が遠のく。
「ありがとうございます…」
「頑張ったね。今はゆっくり休むといいよ」
アサヒは重い重い瞼を閉じた。
「どうなってるニャ。全然起きてこないニャ」
頬がこそばゆい。ふわふわした毛が触れているようだ。
「心配しなくても、そのうち目を覚ますさ」
タシッ タシッ
耳元で尻尾が上下している。
「ハナコ…」
「アサちゃん!」
枕元にいたハナコがアサヒの顔に飛び付いた。
「うぶ…」
「アサちゃん、アサちゃん」
「ハナコ…どいてくれないと…しゃべれないよ」
青年が私の顔に張り付いて離れないハナコの首根っこを掴んで引き離した。
「ニャーーーーーー!何するニャ!」
「そんなに引っ付いたら話せないだろ。気分はどう?お水なら飲めそうかな?」
青年はハナコを床に下ろし、ベッドの高さまでかがみ込んだ。
「はい…」
(か、顔が美しい…)
起き抜けには眩しい顔である。
それにしても、アサヒが寝ている間に二人はずいぶんと打ち解けたようであった。
「あの、私はアサヒといいます。この子は猫のハナコ。この度はいろいろと、ありがとうございました」
ぎゅるるるるるるるるるるる…
お腹の音が鳴り響いた。
「あはは。丸2日寝ていたから、お腹も空くよね」
アサヒは恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「僕はリオ。一応、ここの家主なんだ。食事でもしながら、ゆっくり話そうか」
リオはベッドにいるアサヒを抱え上げた。
「え、わ、わわ、じ、自分で歩けます…!」
「気にしなくても、軽いから大丈夫だよ」
重さの問題ではないのだ。
アサヒは恥ずかしさに耐えられずリオの肩に顔をうずめ、何度も「今の私は子ども」と自分に言い聞かせた。