冒険者ギルド②
「私が魔物と対面したのは3日前の夕方、精霊の森の湖付近です」
ギルドマスターが一瞬、眉をピクリと動かした。
「アサヒさんはリオの客人なのよ。今は森の屋敷に滞在しているの」
「そうでしたか」
(そうだ、森の中は立ち入り禁止なんだった…!)
ヤヨイ様のフォローでなんとか怪しまれずにすんだ。
「それにしても、一人で森を歩いていたの?危険だわ…アサヒさん、怖かったでしょう」
「なんとか湖まで逃げて、聖獣様が助けてくれました」
「おぉ…!ビャッコ様が…!」
ギルドマスターも聖獣様を知っているようだ。ファンなのではと思うほどのテンションの上がりようである。
「そのときに聖獣様が、人間にとっては価値のあるものだから持っていけと…」
私は斜めがけかばんをゴソゴソと漁った。目的のそれを掴み、力いっぱい引っ張る。
…ドスンッ!!!!!
かばんの見た目からは想像のできないほどの巨大な魔物の死体が出てきた。
「この魔物、冒険者ギルドで引き取ってもらえませんか…?」
二人は驚き、一瞬動きが止まった。
「あなたの言っていたのは、この魔物で間違いないかしら?」
「はい、特徴も報告どおりです!」
ヤヨイ様は少し悩んでいるようだ。
「そうね…では、こうしましょう。精霊の森の魔物に関する調査として、私から依頼を出すわ。アサヒさんは魔物を回収し、クエストを達成したということにしましょう」
「クエストと達成が前後することはごく稀にありますが、お嬢さんの冒険者登録は必要でしょうか?レナード様の屋敷に滞在されているのは事実ですし、クエストという形でなくても、調書にご協力いただければ済むことではありますが…」
「必要よ。アサヒさんに報酬が入るじゃない?」
「それは、そうですが…」
ヤヨイ様がギルドマスターにニコリと笑いかけると、ギルドマスターはピシッと背筋を伸ばした。
「すぐに、準備いたします」
ギルドマスターは一度、冒険者登録試験会場を出ていった。
「ヤヨイ様…」
私はヤヨイ様の真意が分からずにいた。
「アサヒさん、突然の話でごめんなさいね。実際のところ、報酬なんてものはどうでもいいことなのよ。けれど、アサヒさんが魔物を回収したと調書に書くことになったら、アサヒさんのことも多少聞かれると思うの。アサヒさんは、この世界での出自の説明が難しいかと思ったのだけど、どうかしら?」
私はハッとした。
貴族の出でもなければ、下町に家族がいるわけでもない。孤児院にいたという事実もない。
どこから来たかと聞かれても、8歳までの記録が一切ないのである。
「私は…」
「冒険者って、少し変わっているのよ。騎士だった者が実力を試したくて登録したり、犯罪者だった者が罪を償ったあと仕事のために、貧しい者が生活の糧にするために登録したりするわ。種族も身分も目的も全く関係ないの。お互いに見栄を張る必要もないから、話題にもならないわ」
「冒険者登録証は身分証明書になりますか?」
「多少なりとも、活動記録は残されるわね」
「運転免許証みたいなものでしょうか…」
運転免許証も身分証明書であるが、職歴や学歴を問われることはない。
私があれこれ考えを巡らせている横で、ヤヨイ様は前世の言葉に目を輝かせていた。
「アサヒさんはクルマを運転していたの?羨ましいわ。そうだ、クルマはないけれど、今度馬車でお出掛けしましょうよ!…あら?話がそれてしまったかしら?」
「ふふ…今度ぜひ、お出掛けしましょう」
「ヤヨイ様、お嬢さん、お待たせしました!」
ギルドマスターが戻ってきた。
私はそのまま、冒険者登録試験を受けた。試験と言っても、簡単な視力や聴力、握力などの健康診断のようなもので、問題がなければ誰でも受かるそうだ。
試験を終え、受付で名前や年齢、職種を申請し、カードが発行された。
私は職種『魔術師』として、冒険者になった。




