前世の記憶
ヤヨイ様は私が入れた紅茶を飲み、さっそく話を切り出した。
「アサヒさん、もしかして『ニホン』をご存知かしら?」
「はい…私は日本から来ました」
「まぁ…!やっぱりそうなのね!」
「ハナもだニャ!」
「そう、そうよね。だって三毛猫ちゃんですものね!」
「ぼくは、『ニホン』分かりません…」
タロはひとり、しょぼくれた。
「ふふ…」
ヤヨイ様はタロを膝に乗せ、背中を撫でた。
「ヤヨイ様は、なんで日本を知っているんですか…?」
「私は、生まれも育ちもこの国なのよ。突然、10歳のときに、ニホンでの前世の記憶を思い出したの。そのときに、それまでは少し変わっているとしか思っていなかった、母が名付けた『ヤヨイ』という名前も、ニホンゴだと気付いたわ。母は死に際に神の啓示でも受けたのかと驚いたのよ」
「前世のヤヨイ様は、3月生まれだったのかもしれませんね」
「なぜかしら…?」
「『弥生』は、3月を意味しますから…」
「そうだったのね!前世の記憶は、もうずっと昔のことで…ニホンのことはほとんど覚えていないのよ。名前の由来を聞けるなんて、とても嬉しいわ」
ヤヨイ様は楽しくて仕方のないという様子で、私の話を聞いている。
「もしかして、聖獣様のお名前は、ヤヨイ様が…?」
「そうなの。白虎は私が名付けたわ。あのときは急いでいて、頭にパッと浮かんだ名前にしたのだけど、気に入ってもらえたかは分からないわね」
「ぼくのママのことですか?」
「そうよ。タロちゃんのママは、私の友人なの」
タロはヤヨイ様に顎の下を撫でられ、気持ち良さそうに目を閉じた。
「ところでアサヒさん、明日の予定は空いているかしら?」
「…?今は屋敷の留守を預かっているので…特に予定はありませんが…」
「もしよかったら、隣街にお出掛けしましょうよ!おすすめのカフェも、雑貨屋さんもあるのよ。朝に屋敷を出れば、まる一日過ごせるし、案内はまかせてちょうだい!」
「…………」
私が即答できずにいると、ヤヨイ様はハッと我に返った。
「やだわ、こんなおばさんとお出掛けしても、楽しくないわよね…浮かれてしまってごめんなさいね」
ヤヨイ様は申し訳なさそうに言った。
「違うんです!実は…私はこの森から出たことがなくて…」
「出たことがないって、食事は…あら、そういえば菜園ができてるわね。お洋服は?日用品だって…」
「私はなかなか自分の魔力を抑えられなかったので、リオがまだ街へ行くのは危ないと言っていました。日用品は時々ランディが届けてくれます」
「まぁ、そうだったの」
「はい…」
「なら、もう問題ないわね!」
「……?」
「魔力制御はできているし、私がいれば大丈夫よ。さぁ、明日はお出掛けしましょう!」
ヤヨイ様はパンと手の平と合わせた。
「そうそう、今日から屋敷で暮らすことになっているのだけど、まだ準備ができてなさそうだから、今日は客室を使わせていただくわね」
(リオのお祖母様だから、大丈夫だよね…?)
私は突然の出来事に戸惑いながらも、ヤヨイ様を屋敷に迎えいれた。




