異世界へ転生
目覚めるとそこは、森の中だった。
月の明かりを頼りに周りを見渡す。
視界が低い。手足も小さい。
おそらく私は、10歳未満の少女だろう。
斜め掛けのカバンとフード付きのローブが、幼さを引き立てている。
その経緯は思い出せないが、今の私が、認識しているこれまでの私でないことはすぐに理解した。
突然のめまいに襲われ、前世の記憶がフラッシュバックした。
「ハナコ…そうだ、ハナコは…!」
病床に伏すハナコを置いてきてしまった。
ハナコはどうなったのだろう。今も私を待ってはいないか。苦しんではいないか。
あのとき仕事を断っていれば…留守番電話を聞いていれば…歩道橋を使わなければ…
たらればを言い出したらキリがないが、後悔の気持ちが抑えられない。
…ガサガサ…ガサ…
数メートル先の草むらから音がした。何かいる。
「アサちゃん…」
(私のことを知っている…?)
「誰かいるの?」
返答はない。アサヒは恐る恐る草むらへ近付き、覗きこんだ。
ガサ……
「ハナコ…!」
身体は一回り小さいが、たしかにハナコだ。
「アサちゃん…」
なぜここにいるのか、なぜ言葉が分かるのか、そんなことはどうでもいいくらいハナコの姿に動揺した。痩せ細り横たわる様子は、今にも…
いけない。まだハナコは生きている。
「ゼヒュ…ゼヒュ…」
よだれが止まらず、息がうまくできていない。
「ハナコ、抱え上げるよ」
この近くに動物病院があるとは思えない。そもそも、どこまで行けば人がいる場所に出られるだろう。
手をこまねいている時間はない。
「絶対に助けるから。大丈夫だよ」
「アサちゃん、急いで転ばないでニャ」
そう言ってハナコは意識を失った。
森の中を走るとすぐに、灯のついた屋敷を見つけた。
夜中だが気にしていられない。
ドン ドン ドン ドン
「すみません、誰かいますか!」
躊躇なくドアを叩き続ける。
ドン ドン ドン ドン
「お願いします。助けてください」
ガチャ
ドアが開いた。と思った瞬間、喉にナイフを突きつけられた。
「何者だ…!!」
鋭い視線と目があった。金髪の、緑の瞳の青年。あまりの美しさに息を呑んだ。
が、怯んでなどいられない。
「お願いします、この子を助けてください!獣医さんは近くにいませんか。動物病院はありませんか」
青年はアサヒをじっと見た。
足元は泥だらけ、乱れた呼吸、どう見ても森の中を急いで駆けてきたであろう少女の姿に、必死さが滲み出ていた。
危険人物ではないと判断したのか、ナイフを下ろして、ハナコに目をやった。
ハナコの体温は下がり、かろうじて生きている状態である。
「残念だが、この状態ではポーションを飲ませることはできない」
ポーションが何かは分からないが、病気を治す何かなのだろう。
「お願いします。助けたいんです…!」
「きみ、回復魔法は使えるか」
「回復魔法…?」
魔法を使える人なんて出会ったことがない。しかし、この青年にふざけている様子はない。
「僕は回復魔法を使えない。けれど、きみなら使えると思う。きみの魔力には覚えがあるんだ」
「どうすれば良いのか分かりません」
魔法とか、魔力とか、訳が分からなくてもう泣きそうだ。
「落ち着いて。大丈夫、僕が教えるから。この子はきみが助けるんだ」
青年を信じよう。アサヒは覚悟を決めた。
「分かりました。お願いします…!」
アサヒは強くうなづいた。ハナコを助けるにはやるしかないのだ。