【閑話】異世界へ転生~ヤヨイ編~②
ロンとウィルの予感は的中し、この日を境にヤヨイの生活は一変した。
ヤヨイは貴族令嬢としての教育もままならないままに、あれよあれよと魔法学校へ入学することになった。
魔法学校は、本来であれば12歳からの入学のため、5年飛び級して『特別枠』での入学である。
なんの心配をしているのかウィルは、
「魔法学校でどこぞの誰かにヤヨイを掻っ攫われでもしたら、たまらない」
とロンにこぼしていたらしく、正式にハウエル侯爵家から婚約の申し出があった。
幼いヤヨイは恋愛のレの字も経験がなく、
(ウィルと結婚すれば、ロン兄様ともずっといっしょにいられるわね)
と、安易な考えで婚約を快諾したのだった。
魔法のほとんどをすぐに習得し、魔法学校を主席で卒業したヤヨイは、そのまま魔術師団に入団し、救護班の一員として活躍することになった。
すでに騎士団で活躍していたウィルと結婚し、1男を授かったあとも、ヤヨイは魔術師としての任務を全うした。
回復魔法を惜しげもなく使い、どんな不利な戦場でも窮地を救ってみせたヤヨイは、次第に特別な存在として人々から崇められるようになった。
「女神様が舞い降りた」
「聖女様がお救いくださる」
「彼女は神の御使いだ」
みなそれぞれに信じるものを投影させ、ヤヨイを崇めた。
ウィルは、そのことに不気味さを覚えた。
「ヤヨイ、人々を救うなとは言わない。しかし、そう安易に回復魔法を使うな。痛みを知らぬ者は、人の痛みも分かりはしない」
ウィルは度々、ヤヨイに注意した。
ヤヨイもヤヨイで意地になっていたのだろう。ましてや、前世で早世したヤヨイは、怪我を負った人々を、病に伏す人々を、救わずにはいられなかった。
「助かる命があるのに、ほうっておくことなんてできないわ」
「救いを当然と思わせるな。ヤヨイ、君の力は特別なんだよ」
「なによ、ウィル。私の魔法を妬んでいるの?」
「そうじゃない、君が心配なんだ」
何年か、一方通行の会話が続いた。
やがてウィルの父親が亡くなり、ウィルがハウエル領を継ぐと、二人の生活は騎士から領地経営へと変わった。
そして、孫のレナードが生まれると、二人の距離は再び縮まった。
「ウィル、リオが笑ったわ。なんて可愛いのかしら」
「ほんとうだ。ヤヨイ、リオの眼を見てごらん。君の瞳と同じグリーンアイでとても綺麗だ」
「あら、眉毛の形なんて、ウィルにそっくりよ」
ヤヨイは、『幸せ』というものを実感していた。
優しい夫に優秀な息子、可愛い孫に恵まれ、貴族の令嬢としてただ日々を過ごすのではなく、魔法という才能を生かせる職も全うできた。
前世では考えられない人生経験だ。
このまま穏やかな生活が続けばいい。
そろそろ息子に領地を引き渡し、隠居生活も悪くないと考え出していた頃だった。
ウィンスレット王国は突然の大地震に襲われた。
建物は崩壊し、道路や橋は損壊した。火災などの二次災害も至るところで起きた。
その被害はハウエル領も例外ではなく、むしろ、最も深刻な被害を抱えいた。
南西に位置する森から、瘴気が漂いだしたのだ。
事態を重く見たウィルは騎士団本部に報告し、自ら森へ向かうと決めた。
「このままでは、瘴気が街へ拡がってしまう。どうにかして森で食い止めなければ」
「そうね。しばらく戦地を離れていたけれど、魔法の腕は鈍ってはいないわ」
当然のようにヤヨイが準備を始めたが、ウィルはヤヨイを連れて行くことに迷っていた。
「ヤヨイ、前代未聞の事態なんだ。何があるか分からない。君は家族のもとで待っていてくれ」
「…何を言っているの?何があるか分からないから、私が行くのでしょう?」
ヤヨイのこの言葉は間違ってはいない。
その実力は確かで、魔術師団の救護班においても、援護班においても、ヤヨイは最強の戦力であったのだから。




