【閑話】異世界へ転生~ヤヨイ編~①
「誰か!こちらに来てくれ!」
(ロン兄様の慌てる声が聞こえる…)
意識の薄れる中で、ヤヨイは10歳という若さで病気で死んだ自分の前世を思い出した。
最後に見た景色は、病院の真っ白な天井だった。
(一度でいいから、学校にいってみたかったな…
友だちとおしゃべりしたり、お出かけしてみたかった…)
そんな後悔の中、この世を去ったのだった。
そして、どういう因果か、ヤヨイは現在、モーソン侯爵家の令嬢として生まれ変わっていた。
産まれてすぐに母を亡くしたヤヨイは、蝶よ花よと育てられ、活発で、少しわがままだが素直で、皆に好かれる子に育った。
今日は、ヤヨイの7歳の誕生日で、当然、大好きな兄にお祝いしてもらえると思っていたのに、ロンは剣の稽古に出てしまった。
屋敷においてけぼりにされたと感じたヤヨイは、急いで稽古場へ向かい、ロンを見つけて駆け寄ったのだったが…
(…ここは……)
「よかった!ヤヨイ、目を覚ましたか?」
「ロン兄様…」
前世と現世の記憶が混じり、まだ少しクラクラする。
「ムリに起き上がらなくていい」
ロンは上半身を起こそうとするヤヨイを支えた。
「お前のおかげでウィルも無事だ」
ウィルとは、ロンの同級生、ウィリアム·ハウエルのことである。
「まったくお前は…剣の稽古中に、間に割って入ってくるやつがあるか!危ないだろう!ウィルだって、大怪我するところだったんだぞ!!…いや、大怪我したじゃないか!!」
そうなのだ。ウィルはロンの剣が、突然現れたヤヨイに降りかかりそうになったのをかばって、文字通り大怪我をした。
ヤヨイはウィルの名前を叫びながら、いつの間にか意識を失っていたため、ウィルがどう助かったのか、事の経緯を知らないままであった。
「ごめんなさい」
「お前のごめんなさいは聞き飽きた」
「…助かったなら、いいじゃない」
ロンはギロリとヤヨイを睨んだ。
もはやモーソン家でヤヨイをここまで叱れるのはロンだけである。ロンもロンで、母の去り際の「ロン、ヤヨイのこと、頼んだわね」という一言に縛られているのかもしれない。
「はぁ…これから問題が山積みだぞ…分かっているのか」
ヤヨイはロンが何のことを言っているのか分からず、キョトンとした。
「まぁ、俺と父上で何とかするしかないのだが。体調がよくなったのなら、客室で休んでいるウィルにも声をかけてやってくれ。あいつもお前を心配していたからな」
「分かりましたわ。ロン兄様」
無邪気に笑うヤヨイを見て、ロンは「はぁ…」とため息をつき、頭を抱えた。
コンコンコン…
ヤヨイは客室をノックして中に入った。
「ウィル様、お加減はいかがかしら?」
ヤヨイのこの言葉には、多少の嫌味も含まれていた。
普段からヤヨイは、ロンと仲の良いウィルをライバル視していた。今日だって、わざわざ私の誕生日にロン兄様を剣の稽古に連れ出して!と、弱冠のイライラを募らせていた。
「ヤヨイ、お前こそ大丈夫なのか?さっき目を覚ましたばかりだろう?」
ヤヨイの気持ちなど露知らず、ウィルは心配そうに言った。
「その、ヤヨイ、ありがとうな。お前のおかけで一命を取り留めたと聞いた」
「いえ、私は何もしておりませんわ」
「謙遜するな。これから、大変なこともあるだろうが、俺もお前を支えていこうと思う」
(なんなのよ、この熱を帯びた視線は…)
「お、大袈裟ですわ」
「大袈裟なものか。上級回復魔法を使える者など、この国に何人もいないのだぞ」
(か…回復魔法…!?)
ヤヨイは大袈裟を負ったウィルを、無意識のうちに救っていたのだった。




