魂の案内人
気がつくと旭は光の中に立っていた。
正確には光の中ではないのかもしれない。
そこは地面もなく、空もなく、空気でさえもあるのか分からない。空虚な場所であった。
時折、塵が窓から差し込む光に反射しているような、チカチカしたものが見える。
なぜだろう。妙に落ち着いている自分がいる。
突然、2メートルはあるであろう巨大な手のひらのようなものに足元からすくい上げられた。
「のようなもの」としたのは、実際にはそこには何も存在しないからである。
「佐藤旭よ。あなたは死に、ここへ来ました。次の世界へ案内します」
上下左右どこからとも言えない場所から声がした。
身体が上へ押し上げられる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
機械的にどこかへ連れていかれる感覚に戸惑い、声の主を探し、辺りを見回した。
「ここは一体、どこですか?次の世界とは一体なんなのでしょうか!?」
押し上げられていた身体が停止した。
「…そうですか。あなたは意志を持ったままここへ来たのですね。ここは長居するところではありません。私と話したことも次の世界へ行けば忘れてしまうことでしょう。前世のあなたがそうであったように。ですから、手短にお話します」
前世の私…?
何を言っているのか分からない。それでもさほど驚きがないのは、この声がどこか聞き覚えのある声だからだろうか。
「命あるものは死して後、次の世界へと転生を繰り返します。ここは現世でいうあの世とこの世の間。魂は一度光となり、生まれ変わる次の生は、生前の思想や行い、願いに沿ってこちらで決定されるのです」
映画かドラマの話でも聞いているようだ。けれど、今の状況からして嘘ではないのだろう。
「大抵の魂は、ここでは意志を持つことなく存在します。しかしごく稀に、無念のうちに潰えた魂が、生前の人格のまま存在することがあります」
それが、今の私ということか。だが不思議なことに、生前の記憶が思い出せない。私は、なぜ死んだのだろう。
「そのような場合でも、生前の記憶の一部、肉体が消滅したときの記憶は、転生するまで凍結されます。衝撃的な記憶であることが多く、魂の転送を円滑に行うため、このようなシステムになりました」
あの世とこの世の間もシステム化されているということか。
「佐藤旭に問います。記憶を持ったまま転生するか、新たな生命として転生するか、どちらを望みますか。前者は、転生後に前世の全ての記憶が蘇ります。喜び、悲しみ、全ての記憶です。後者は、生命を宿したばかりの母体に転生し、一から人生を歩みます」
「記憶を残す場合も、胎児の肉体へ転生するんですか」
「あなたが望めばそうでしょう。いずれにしても、あなたは今少女の段階まで退行しています。ここはそういった意味で、長居できない場所でもあるのです」
少女まで退行とは、すでに肉体は10歳以上若返っているということか。
「私は前者を選びます。記憶を残してください」
無念のうちに死んだという、私の報われない気持ちを晴らせるのは、私しかいないはずだ。
「わかりました。世界は数多とあり、再び地球へ転生する確率は限りなく低いでしょう。少女となったあなたが、身一つで異世界を生き抜くのは簡単ではないかもしれません。ささやかではありますが、私からは加護を与えましょう」
再び身体が押し上げられる。
いつの間にか旭は光となっていた。
「気負うことはありません。ただ、あなたの人生を楽しみなさい」
すでにそこにない旭の魂に案内人は囁いた。
旭の後を追うように、微かな光が一つ、消えたのに気づきながら。