聖獣⑤
屋敷に着くと聖獣様はそのまま玄関前まで私たちを運んでくれた。
応接室の明かりが点いているが、外からはリオとランディの姿が確認できない。
もう話合いは終わったのだろうか。
「聖獣様、送ってくださりありがとうございました」
私はふたりを抱え聖獣様の背中から降りると、深くおじぎをした。
屋敷からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
玄関のドアが勢いよく開き、リオが出てきた。
「アサヒ…!!今まで一体どこに…!!って、ビャ…ビャッコ様!!?」
「久しいな。リオよ」
(え?リオと聖獣様は知り合いなの?)
「お、お久しぶりでございます…!」
リオはすぐさま右足を引き、右手を体に添えお辞儀をした。
「リオよ。事情はアサヒから聞いておる。何かあれば私が駆けつけよう。お主は安心して王都に行ってまいれ」
「は………?」
「あとは、アサヒと話し合うことだ」
そう言うと、聖獣様は私の額にキスをして、森の中へと帰っていった。
「リオ、ただいま。心配かけてごめんなさい…。本当はもう少し早く帰ってくる予定だったんだけど…」
リオは「ふぅ…」と一息つき、
「おかえり、アサヒ。いろいろと聞きたいことはあるけど、まずはふたりを寝室に運ぼうか」
と言うと、私の腕からハナを抱き上げ、
「その子は起きたら紹介してね」
とタロを見た。
「うん」
屋敷の中へ入ろうとすると、裏庭からランディが走ってきた。
「アサヒ、帰ってたのか!」
どうやらリオとランディは私がいないことに気付き、屋敷の中や周辺を探し回っていたらしい。
「ランディ、ただいま。心配かけてごめんなさい」
「いや、こっちこそ…。悪かったな」
「………?」
「ほら、入るぞ」
ハナとタロを部屋で寝かせ、私とリオとランディは応接室に集まった。
テーブルをはさみ、私の正面にリオとランディが座っている。
ランディは神妙な面持ちで話した。
「実は、リオと二人で話しているうちにな、慌てていたとはいえ、俺の話はアサヒの耳に入れるべきではなかったと後悔したんだ。アサヒがもう帰らないつもりで屋敷を出て行ったんじゃないかと思うと、気が気じゃなかった」
ランディをそんなに追い詰めてしまっていたなんて。
こんなにお世話になっていて、黙って出ていくなんて絶対にないのに。
だけど、二人にとって、この森に突然現れた私は、突然消えてしまっても不思議のない、不安定な存在なのかもしれない。
私は森の中へ入った経緯を二人に話した。
そして、湖で聖獣様と出会ったこと、タロと従魔の契約を交わしたことも。
「精霊にお願いして、ミュゲも摘んできたんだよ」
かばんからミュゲを取り出し、リオに見せた。
リオは黙って私の話を聞いている。
やっぱり怒っているのだろうか。
リオは立ち上がり、正面にいる私を抱え上げて膝の上に乗せた。
そして、私の手を持ち、手の平を見て
「手や膝を擦りむいているのは、転んだから?」
と聞いた。
「これは…」
まだ話していない、魔物のこと。
「他にケガはしてない?」
リオと目が合った。
リオは怒っているんじゃない。だってこんなに不安げに瞳が揺れている。
「み…湖に行く途中で、魔物に襲われて…」
リオの隣でランディの顔がみるみる青ざめていく。
「けど、一度はハナが助けてくれたんだよ。ハナの妖術はすごくてね。魔物もフラフラになって…」
できるだけ不安にさせないように話さなければ。
リオが安心して王都に行けなくなってしまう。
「また追いつかれたときもね、ハナは私をかばってくれて…私は…どうすることもできなくて…」
あの時、もうダメだと諦めたときの恐ろしい映像が思い起こされる。
「アサヒ」
リオは私をぎゅっと抱きしめた。
「リオ………」
私の瞳からはみるみると大粒の涙が溢れだした。
「ほんとはね、こわかった…すごく、こわかったよ……」
あぁ、こんなんじゃダメなのに。
一度溢れてしまった涙は、なかなか収まってくれない。
「アサヒが無事でよかった」
リオは私の背中を優しくさすった。
私はリオの胸にうずくまり、どれくらい泣いただろう。
しばらくすると泣き疲れて、リオの肩を強く掴んだまま眠ってしまった。




