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ヴィクトリア朝の暮らし  作者: 久我真樹
6/11

雪の中、白く染まって

 書斎で本を読んでいると、裏庭から物音がした。積もった雪が落ちたのだろうと気にしなかったが、今度は小さなくしゃみの音が聞こえる。

 家の使用人はもう、誰もかもが眠っている。朝から晩まで働く彼らを起こすのは申し訳ないので、私は厚手のコートを羽織り、廊下に出て、階段を降りる。

 一階の階段の途中、裏庭へ通じるドアがある。

 マッチをこすり、ランプに火を燈す。

 外に出ると、冷たい空気が全身を包み込む。雪は止んでいたが、震え上がるほどの寒さが残っていた。

 赤い光の先、閉めてあるはずの裏木戸が開いていた。風が吹いて、木戸を叩いた音だろうか?

 ランプの光で道を照らすと、小さな足跡が、雪の上に残されていた。 外に出ると、冷たい空気が全身を包み込む。雪は止んでいたが、震え上がるほどの寒さが残っていた。

 赤い光の先、閉めてあるはずの裏木戸が開いていた。風が吹いて、木戸を叩いた音だろうか? ランプの光で道を照らすと、小さな足跡が、雪の上にある。

 足跡は、裏木戸から中へと伸びる。歩幅の小さなそれは途中で曲がり、裏庭の納戸へと続いていた。私は息を殺して、足跡を追いかける、その先に、誰がいるのか?

 照らされた白い息と、聞こえる小さな呼吸。

 納戸の軒先の下に、彼女はしゃがみこんでいた。

 雪からくっきり浮かび上がった黒い服、溶け込むような白いエプロン……どこの屋敷から、逃げ出してきたのだろう。彼女の真っ白な肌はランプの明かりを照り返す。

 こんな寒いのに、その子はコートも羽織っていない。顔の前で組んで暖める指先は真っ赤に染まり、黒いスカートに頬を寄せ、今しも眠りに落ちようとしていた。

「あなたは、誰?」

 女の子はびくっと大きく身じろぐ。このままにしておいたら死んでしまう。私はコートを脱いで、その子の肩にかぶせた。見上げる彼女、黒い星空のような瞳は怯えている。

「どこから来たの?」

 話し掛けても女の子は小さく首を振るだけ。



 温度を分けたくて、ふれた指先。彼女の肌はひどく荒れ、傷ついていた。包んだ指はまるで氷のように冷えきって、その暖かさから逃れようと、手を解こうと少女は小さく抵抗した。

「……」

 わかっているのは、この子がどこかの屋敷から逃げ出した、使用人の少女だということ。そして、傷ついている。こんな雪の日に、荷物も何も持たず、よく見れば、靴も履いていない。

 雪の妖精みたいに、突然姿を見せた女の子は、控えめに私から逃げようとしていたが、今手放すと本当に死んでしまいそうだから、私はぎゅっと、彼女を抱きしめた。

「心配しないで。あなた、名前は?」

「……」

「名前よ、名前」

 彼女は息を飲み込み、少しためらった後。

「……ネリー」

 白い息と共に吐き出された短い言葉、その息は少しだけ暖かく、私は目の前の存在が現実だと信じることが出来た。それから彼女は意識を失い、私の腕の中で、眠りに落ちる。

 それが私と、ネリーの出会いだった。

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