表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィクトリア朝の暮らし  作者: 久我真樹
4/11

メイドとして生きて

 小さなトランクを持った小さな女の子が、やってきた。大きな屋敷で働くメイドの一人として、右も左も分からないままに、大人と同じ仕事をするために。

 ただ必死に与えられた仕事をこなしてきて、辛い時は涙を流し、一度だけの恋をして、仲間たちと笑いあい、小さな身体に不屈の意思を込めて、辿り着いたその先にあったのは、二十年の歳月、重ねてきた思い出だった。

 夕闇迫る頃、茜色に染まる空を背に、石造りの屋根の上、彼女は腰掛けていた。白いキャップを外し、留めていた髪をほどくと、長い髪が広がって、風と太陽の光が、静かに、髪を撫でていく。

 微笑みながら、彼女は眺めていた。子供のように、長いスカートの足からのぞく小さな足を、揺らしながら。ここから眺める最後の風景を、残された時間を惜しみながら、

 明日も今日からも、ただ主人と使用人だけは入れ替わっていく。屋敷の主は、屋敷そのものなのだろう。手を乗せた屋根の、冷たい石の温度が、真実を物語っている気がして。

 静かに彼女は髪をかきあげる、物言わぬ屋敷が語りかける声が聞こえるように、静けさが響き渡るこの景色を、忘れないように、万感の思いを込めて、彼女はつぶやく。

 「今まで、ありがとう」と。

 物言えぬ私はただ、彼女の行く先に幸あれと、願わずにいられなかったが、私の言葉が届いたように、彼女は微笑んで、もう一度、今度ははっきりと言った。

 「今まで、ありがとう」と。

 そして彼女は、屋敷を去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ