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白い舞台
霧深い倫敦の朝、立ち上る蒸気と煙突から吐き出される煙たち。足を止め、彼女は振り返る。玄関の前、開いた扉に手をかけたまま、閉ざされた空を見上げて。
結わえた髪を白いキャップの中に押し込めた彼女は、この家のメイドだった。美しい金色の髪、空に似た青い瞳は、ロンドンの空のように薄暗く、霧に包まれた世界を、映していた。
紡がれた息は白く、霧へ溶けていく。
扉の中に消えていく後姿、エプロンの結び目は彼女を鎖のように縛り付けていた。
次の日、また次の日と。
小さな白い玄関前の階段を掃除しては中へ戻っていく、ただそれだけが、彼女に許された外へ出る時間。寂しそうに振り返って、空を見上げる彼女は、自由を夢見ていたのだろうか。
けれど彼女は、いつも僕に気づかなかった。向かいの屋敷から、窓越しに彼女を見つめていた僕を。白い霧の中、切り取られた時間、名も知らぬ彼女は空を見上げ、僕はその彼女を、見下ろしていた。