表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第三話 誰か為に日は射す1

 戦争は変わった。我々が若かりし頃に従軍した戦争とは何もかもが違う。

 機関銃と鉄条網と塹壕。それらを前にして、最早騎兵は過去の遺物だ。歩兵の武器も小銃ではなく円匙。ただ砲兵のみが雄叫びを戦場に轟かす。

 そして、掃射される機関銃と降り注ぐ砲弾。その鋼鉄の嵐の中に英雄はいない。あるのは傷病を抱えた生者と、地獄から解放された死者のみ。

 しかしあの戦争には、唯一時代錯誤な戦士が存在した。それは、戦乙女だ。

 銃弾を跳ねのけ、砲撃を掻い潜り、敢然とこちらの塹壕に飛び込んで来るその様は、まさにヴァルハラへの案内人と言うに相応しい。

 いつからかデウシュ人は、神代の力を手にしていたようだ。

 絶え間なく塹壕線を浸透する彼女達を前に、為すすべもなく我々が敗北したのも当然と言える。マルヌでの勝利も、戦乙女を呼び覚ますための呼び鈴にすぎなかったのだ。


 再度言っておく。戦争は変わった。これからも永遠に変化し続けるであろう。

 そして、最後にもう一つ。

 あの戦争は、『戦争を終わらせるための戦争』などではない。

 全ての、始まりに過ぎない。


 ──獄中で記したと思われるアルバート・フォッシュの日記より


 ◇◇◇


「失礼します。アンゲリカ・ミッターマイヤー中尉であります」

「待っていたよ、入り給え」


 窓から月光の射し込む、暗い夜分の廊下。アンゲリカはドアノブに手を掛けて、捻る。

 おもむろに押し開くと、そこは天井の照明が弱く、薄暗い執務室。

 カーテンは既に閉め切られ、その前の執務机には上官たるウンフェアツァークト。

 アンゲリカは執務室内に入り、丁寧な敬礼を一度挟み、口を開いた。


「中佐、何用でしょうか?」

「報告が上がってきてね」とウンフェアツァークト。書類をパラパラと捲り、字面悲惨な報告書に目を通す。

「党首と迫撃砲を取り逃がし、死人が多数。期待していたムーラウ士官候補生は……新米だから仕方ないか。しかし君にしては珍しく、華々しくない戦果だね」


 ウンフェアツァークトは残念そうに手を止め、書類を机上に置いた。

 今回の作戦の失敗を咎められるのだろうか、とアンゲリカは身構え、頭を下げた。


「ご期待に添えず、申し訳ありません」

「いやね、別に詰問するわけじゃない。こちらにも非はあるわけだし、これで私達から君への期待が薄れるわけではないよ。現に人事は、君の大尉への昇進を決めたようだ」


 昇進、それ自体は嬉しい。だが、命を賭け、かけがえのない部下を削っての昇進なのだ。

 彼らが帰ってくるなら地位などいらない……。その言葉はそっと胸中に仕舞い込んだ。


「……ありがとうございます」

「それで、君を呼び出した理由なのだが……私は君に、少し感想を聞きたいんだ」

「感想……ですか?」


 呼び出された理由であるらしい『感想』。その意図が読み取れず、自然と首が傾いた。

 ウンフェアツァークトは机に両肘を置き、髭の前で指を組み、先の言葉を説明する。


「そうだ、君の感じた想いだ。何故君達は負けたのかね? 正直に言ってくれていい」


 正直。その言葉に胸がすく。彼女にとって困難な虚言を、一切弄する必要がなくて済むのだ。アンゲリカは原因を、本心から実直に伝える。


「理由は主に三つです。一つは、敵の数が想定より多分にいたこと。もう一つは迫撃砲の存在。最後の一つは……敵に魔術師がいたことです」

「ふむ、同意見だね。しかし、敵の人数を正確に把握しきれていなかったことは、こちらから謝罪しておこう。貴重な人材に多大な被害が生じたのだ、諜報部にもきちんと灸を据えるように言っておく」


 ウンフェアツァークトは極めて真摯な態度だ。直接の隷下ではないが、死した彼らも部下であることに変わりはない。一中隊のみで作戦を遂行させたことを、彼なりに後悔しているのであろう。

 多少、感傷の情が表情に現れつつも、彼は言葉を続けた。


「それで……迫撃砲に関して、君はどう感じるかね?」

「強力な兵器です。一般兵科は勿論のこと、エーギスで衝撃波は防げませんので、自分たち魔術師に対しても有用な兵器です」

「うーん……と、そうではなくてね。何故あの場に迫撃砲があったのか、ということを聞きたいのだよ。それも君の頭で考えた言葉でね」


 敵に迫撃砲があった理由、と。軍属の彼女であれば、大方察しが付く。

 おそらく、二重帝国軍から秘密裏に入手したのだろう。

 砲撃痕から見て、迫撃砲は小型。しかし腐っても砲は砲だ。比較的火力の低い小銃とは違い、民間に払い下げられることはまず無い。

 だが、何事にも例外というのは存在する。今回はそれが、眼鏡の首領とあの魔術師を筆頭に、彼等共産党員に多く退役軍人を含む、という点だ。

 コネはあって当然。資金を提供してくれる出資者さえいれば、薄汚れたパイプを駆使して非正規に手に入れることは可能だ。故に、


「軍にいた時分の人脈を用いて、入手したのでしょう」

「とすれば? もう一つ見えてくるだろう」

「……軍内の誰かが横流ししたのでしょう。それも隠蔽の可能な立場……事務方か高級将校、でしょうか?」

「おそらくはね……」


 仲間であるはずの軍内の人間が武器を横流し、間接的にアンゲリカの中隊に被害を出したのだ。全く怒りを覚えないわけではない。しかし、感情の鈍化もあってか、憤慨とまではいかない。

 微かな遣る瀬無さと、既に慣れた仲間の死を、ほの悲しく感じるのみ……。


「…………」

「怒り……いや、悲しみか。……君は、優しいね」

「……いえ、自分は優しくなどありません。今日だって人を殺すのに、何の躊躇いも無かったのですから……」

「そうか……。……。私が君に同情してしまう前に話を戻そうか、ミッターマイヤー中尉」と名を呼び、ウンフェアツァークトは彼女の瞳を見据える。

「多少脱線したが……次で最後だ。あの魔術師はどんな思いで二重帝国に牙を剥いたと思う?」


 少々難解な、ウンフェアツァークトの問い。アンゲリカは沈思黙考する。

 ──果たして、どんな思いだったのだろうか……。

 純朴に国家の安泰を信じれば、魔術師として二重帝国に仕えるのが道理。

 敵性存在に正面から相対し、最終的に万難を排する。それが彼女らの役目だ。

 しかし、あの魔術師は純朴に国家に尽くすことを良しとはしなかった。

 偉大なる思想の元、二重帝国を再建するという崇高な使命を胸に、かつて所属していた二重帝国軍に牙を剥いたのだ。

 大いに悩んだはず、大変に辛かったはず。その決断には万感の思いが籠められていたはずだ。それこそ、第四世代魔石の使用者には決して理解の出来ぬ思いが……。


「……『病気』の自分には分かりかねます」

「……。今の君ならそう言うと思ったよ」

「申し訳ありません」

「なに、悪いことじゃない。……でもね、私は君に期待しているんだ」


 ウンフェアツァークトは口前で組んだ両手を机の上にそっと置いた。

 そして、はっきりと口元が見えるように、言葉を発する。


「だから明日、いや明後日に証拠局内の地下室に行きたまえ。あの魔術師に答えを聞くといい。許可は私が取っておくよ」

「……了解です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ