第902話 ムラルガンの大穴②
アレンたちはムラルガンの大穴に足を踏み入れる。
天は漆黒の雲に覆われ、あちこちに大小の雷が穴の中に落ちていく。
大きな雷が落ちた瞬間、落雷した大穴の周囲の輪郭を写した。
「流石に見にくいな。オバタロ、おにびを使ってくれ。クワトロは万里眼を常に維持を。ホロウはおれたちの周囲を警戒してくれ」
『ヒヒッ』
『承りましたわ』
『ホーッ』
ボッ
青白い炎の塊の霊魂の姿をした霊Hの召喚獣を召喚すると、顔も口にもないのに不気味に笑ったかと思ったら特技「おにび」を発動させる。
成長レベル9まで上げていることもあって周囲数百メートルの周囲が明るくなる。
鳥Dの召喚獣と共有するアレンと違って、視界が悪い大穴でイルゼやタジンは、特技「おにび」を使って視野を広くする。
ここは暗黒騎士が10日ほど前に倒されてしまっており、各自が不測の事態に対応しないといけない。
(これだけ明るいなら向かってくる魔獣にもすぐに反応できるな。イルゼはレベル1だけど)
クワトロと鳥Dの召喚獣のおかげで穴全体を見通すことができる。
「結構な数の冒険者がいるな」
「本当だ。イルゼが今日は雷石狩りするなっていってたのによ!」
冒険者たちには、雷王をイルゼが倒すために今日は大穴での活動は自粛するように言っているのだが、指示を無視したのか、聞いていないのか、お金に目が眩んだのか、随分見受けられる。
雷石の相場が倍になっており、冒険者たちにとっても今が稼ぎ時なんだろう。
「オバタロは俺らの側にいるんだ。無用な攻撃を受けてもしょうがないからな。良し、穴の底を目指すぞ。作戦通り、俺が一番前を歩く。タジンとイルゼは左右からの攻撃に備えてくれ。リオンは後方からだ。メルスは中央で回復を最優先に」
『ヒヒッ』
最前列を歩くアレンの側を霊Hの召喚獣は明かりを照らし歩行速度を合わせる。
(まったく随分大きな大穴だな。冒険者たちの視線を感じるな)
「これで、イルゼの大穴になるのか」
なんもなしに昨晩、冒険者から聞いた話を思い出す。
アレンは冒険者にムラルガンの大穴の「ムラルガン」とは何なのか聞いた。
1万年以上前、今回のように凶悪な魔獣が暴れて、今回とは比にならないほどの犠牲をもたらしたそうだ。
その時も暗黒騎士が派遣されて、魔獣は討伐されたそうだ。
多くの冒険者や商人たちを救った暗黒騎士の名前をあやかって、大穴の名前をムラルガンに変更したらしい。
その前も別の名前の暗黒騎士の名前の大穴だったそうだ。
「……そんなことのために私は暗黒騎士をやっているわけではない」
背後からイルゼに言ったわけではないのにアレンの言葉を否定される。
アレンたちは平地に突如できた巨大な大穴の斜面を、ゴツゴツとした岩や小石に足を取られないようにして降りていく。
(前世でアフリカのこういうのあったな。露天掘りって言うんだっけ。金やダイアモンドを地面に大穴を開けて掘り出すやつだ。攻略に時間のかかるダンジョン系じゃなくて助かった。時間が惜しいからな)
巨大とは言え、すっぽりと空いた地面にある大穴は見通しが良く、攻略に時間のかかるダンジョン要素がほぼないと言っていいだろう。
人間界に1日でも早く戻りたいので、時間の惜しいアレンとしては助かると思う。
だが、良いことばかりではなかった。
「……まだ、雷王は発見されていないんだな? 3日目もかけたのに。ただの大穴ではないということか?」
やや嫌味を込めたイルゼの言葉にアレンは淡々と答えることにする。
「ああ、クワトロやホロウに確認させているが、グリロタンという魔獣はいない。ただ、隙間が多いからな。その辺から襲ってくるかもしれない」
少なくとも50人の冒険者パーティーが多くの犠牲を出しながら必死に持ち帰ったという「雷王グリロタン」という名の亜神以上の魔獣はいなかった。
雷王は索敵スキルの優れたクワトロや鳥Dの召喚獣をもってしても発見できていない。
昨日と一昨日は、アレンたちは借宿に籠って召喚獣たちだけで雷王を捜索させた。
巨大な大穴のどこかにいるなら、クワトロたちに雷王を探させて、鳥Aの召喚獣が雷王の近くに巣を設置して、アレンたちが一気に転移して叩けばよい。
そういう作戦を最初に考えたのだが、3日経ったところで、イルゼの我慢が限界を迎えた。
イルゼとしては、同胞である暗黒騎士を1人、雷王に殺されてしまっている。
さらに、自らが担当するガディアック島を離れてこの場にいる。
1日も早く、雷王を倒したいのだが、アレンの作戦が成果に繋がらなかった。
ただ、この3日間で推察できることは、雷王などと仰々しい名前を持っているが、どうやら戦法は待ち伏せのようだ。
このゴツゴツとした岩と石の斜面には所々、雷が落ちても光を通さない漆黒の闇をアレンは見る。
(待ち伏せが本当かどうかも怪しいってことか。だけど……)
カッ
ズドオオオオン
「うお!? あっぶね!!」
タジンの足元近くに雷が落ちて、岩石を砕き、小石を周囲に飛ばす。
この雷が至る所に落ちた結果だろうか、全長100キロメートルの大穴の斜面には大小様々な大きさ間の岩の裂け目がある。
斜面には大人数人分の深さのものもあれば、ドラゴンがすっぽり入りそうなほど大きな亀裂もある。
冒険者たちの話では、このクワトロの特技「万里眼」でも索敵範囲外の裂け目の中に雷王は普段潜んでいるかもしれない。
召喚獣を使って1つ1つの裂け目を見て回るには、ムラルガンの大穴はあまりにも巨大だ。
(絶対に見つけられないという強い意思を感じるな。この世界は魔獣との殺し合いをしているんだな)
アレンが昨日、イルゼから聞いた言葉を口にした時だ。
目の前に横たわる全長100メートル近い黄色の竜が坂道をせり上がってくる。
「おら、どけや! 邪魔だ!!」
「道を開けろ!! 黄竜が通れないだろうが!!」
カナブンを運ぶアリのように、冒険者たちが大型のAランク上位である黄竜を20人がかりで穴の上に運ぶところだ。
「こ、これは暗黒騎士様!?」
「すいやせん……。急いでいたもので」
(昨晩のうちに狩って、運び出すのを朝一番にしたドラゴンか)
殺気だって上がっていく冒険者たちが昨晩、黄竜を狩って、回収を今日にした様をクワトロや鳥Dの召喚獣が捉えている。
夜の間は冒険者たちがいなくなるので、この黄色の竜の死体は一晩、野ざらしにされたことになる。
冒険者たちはアレンたちに近付き、召喚した霊Hの召喚獣の特技「おにび」の明るさによって、イルゼをはっきりと視認する。
頭を下げつつも、勢いはそのままに斜面を駆け上がって地上に運び出していく。
アレンは先ほど、思ったことが今まさに起きていると考える。
アレンはイルゼにこの世界で魔獣とは何だと聞いた。
人間界では魔獣とは「試練を超えるために神々が用意したもの」とエルメア教会は説いている。
神学の解釈では魔王についても、そのような解釈で戦っていたと学園で習った覚えがある。
魔獣を倒したら神々からレベルアップという祝福を与えられ、教えと現実の事象が一致する。
魔族がこれだけいるのに魔王がいないと聞いている暗黒界では魔獣とは何なのか。
イルゼの答えが、アレンの感じる暗黒界の世界観と完全に一致した。
『全てを与え、奪うもの』
暗黒界では、混血人を除く魔族や獣人全てに才能を与え、魔獣を倒せば、レベルが上がり、素材が手に入り、食料が手に入る。
日の光の弱い暗黒界のため作物の生育の悪い中、魔獣は貴重な食料源となっているようだ。
だが、魔獣に対しても、暗黒神は慈悲を与えている。
才能と力を与えた魔族や獣人を倒せば、魔獣としてのランクが上がり、神に至ることができる。
大陸を治める上位神を「挑戦者」として倒せば、自らがその大陸を支配することすらできるという。
(まったく修羅の世界かな。過酷な食物連鎖の世界なんだけど)
魔王に数千万人、数億人と殺される世界もひどい話だが、暗黒界もぶっ飛んだ世界だと思う。
「おい、何ボーっとしてんだよ! さっさともっと下に降りようぜ!!」
アレンが昨晩からずっと考えているとタジンが声をかけてくる。
「全くだ。そんなに雷王が怖いなら、アレンは地上で待っていてもいいんだぞ」
分析しがちのアレンに対してイルゼからもイラ立ちの声が上がる。
これはアレンが昨晩「雷王が見つからないのでもう少し日数が欲しい」と言ったことも関係しているようだ。
このムラルガンの大穴の状況は何もかもが異常だとアレンは考える。
大穴の至る所にドラゴンでも隠れることができる裂け目があるとはいえ、露天掘りの大穴なのにクワトロと鳥Dの召喚獣で発見できない。
冒険者の中に雷王を直接見た者はほぼいない。
雷王の容姿が伝聞に伝聞を繰り返し、何が本当なのか、本当のことがあるのかも分からない。
1週間以上に渡って、雷王が突如姿を消しており、その結果、昨晩の暗黒騎士の言いつけを守らず、高騰した雷石に目が眩んだ数百人の冒険者が既に大穴にいる。
雷王は暗黒騎士の1人を倒しており、力をつけて凶悪になった恐れがある。
慎重深い面のあるアレンの性分だと、不明点の多い状況で大穴に入るなんてことはしない。
もう少し情報を収集したかったのだが、イルゼから激怒された。
既に何時でも戦えるよう漆黒の剣を抜刀して、鼻息荒く、アレンの前をツカツカと歩き出したイルゼを見る。
イルゼは同胞である暗黒騎士を殺されている。
さらに、イルゼ自体も課題を1日も早く攻略して、暗黒神から祝福を受け強くなりたいと進言している。
強くなりたい理由がイルゼにはあるようだ。
アレンは昨晩、イルゼから言われたことを思い出す。
『お前が行かなくても、明日朝一で大穴に向かう。臆病者の根性なしはこの宿場町にいるんだな』
(レベル1なんだから、俺の後ろにいてほしいところ。タジンと俺よりも前にでるなよと……。魔王軍との戦いも慎重すぎたことがあの結果に繋がったかもしれないし、先に進もう)
イルゼは暗黒騎士に転職してもらって、それからまだ1体も魔獣を狩っていないので、レベル1のままだ。
「そうだな。この辺は冒険者が多すぎて何もないようだ。もう少し、下に降りよう」
慎重になって、自らを魔王軍と戦う前にもっと強くできなかった後悔のあるアレンは、イルゼの言うことももっともだと思うのであった。





