第866話 亜神ベスペル
料理に仕込まれた痺れ薬を飲み、全身をグルグル巻きにされ、浜辺にメルスと共に横になっている。
『我の配下たちを倒したのかお前たちか!』
全長60メートルにもなる巨大な体が海面から出て、びっしりと覆った体表の鱗に赤い月の光が照らす。
その口元は怒りで歪んでおり、不規則の鋭い歯が見え隠れして、太い腕と手で握りしめる三又の槍で今にも襲ってきそうだ。
「ベスペル様が全ての配下を連れておいでなすった」
「お怒りをお沈めください。なむなむ……」
村人たちは満月が闇夜を照らす時間帯に関わらず総出となって家から出てきているのだが、ベスペルを恐れてか、海岸から少し離れたところで生贄の儀式が上手くいかなかったことに対して口々に祈りや謝罪の言葉を口にする。
巨躯のベスペルの背後には、何百体にもなろう全長10メートルはある配下のマーマンたちが海岸を埋め尽くすほど現われている。
香味野菜で痺れ薬の効果がなかったアレンは上半身を起こし、睨みつけるベスペルを見ながら幼雛化したまま肩に止まって待機していたクワトロに指示を出した。
(クワトロ、鑑定してくれ)
『承りましたわ』
【名 前】ベスペル
【年 齢】342290
【種 族】エンペラーマーマン
【体 力】120000
【魔 力】100000
【攻撃力】135000
【耐久力】110000
【素早さ】120000
【知 力】110000
【幸 運】130000
【攻撃属性】水、氷、クリティカル率30%増
【耐久属性】火属性耐性(強)、ブレス耐性(強)、回避率(大)
(ステータスは亜神級で間違いないな。って、3万年以上生きているだと。なるほど、俺のことは知らないし、この世界は創造神エルメアの管理の範囲外ってことがよく分かるな。それでいうと魔王の力の範囲外だろう)
魔王軍の配下とも思えない上に黒目黒髪のアレンのことを知らないので、ここは疑いようのないほど暗黒界のようだ。
1万年前、創造神エルメアが人間界のバランスが壊れ、第一天使であったメルスを筆頭に天使たちに指示して、世界をリセットした。
その際、魔獣や人間はほぼ滅んだはずなのだが、精霊も含めて人間界で鑑定して1万歳を超えることはほとんどない。
精霊神ファーブルは8000歳、精霊神ローゼンは5000歳だ。
暗黒界は創造神エルメアの手の届かない場所であることは間違いないようだ。
さらに、この暗黒界は魔王の力も及んでいないようだ。
魔王はかつて50年以上前に1ランク、そして、最近さらに1ランク、魔獣のランクを上げた。
人間界のAランクの魔獣なら2段階上げてようやく亜神級になるのだが、この暗黒界ではそんなこともなくやってきた初日の晩に会うことになった。
(亜神級の魔獣がゴロゴロいる世界なのか。背後のマーマンたちはBランク。グレイトマーマンはAランク、キングマーマンはSランクか。魔族にとっても厳しい世界なのか)
アレンは今の状況で知力をフル回転して少しでも多くの情報を得ようとする。
「……」
『く、くくっ。恐怖で口が利けないとみえる。生贄の儀式を邪魔したのだ。貴様が生贄になってもらうぞ。舐めたことを後悔しながら代償を払うがよい』
無言で今の状況を整理するアレンが恐怖で何も言えなくなったと思ったようだ。
さらに怖がれと言わんばかりに顔面間近まで三又の槍の先端を近付けた。
「さてと、メルス。作戦通りに行くぞ」
『ああ、分かった』
メキメキ
ブチブチッ
『む?』
パシッ
2人はぐるぐる巻きになったミスリルの鎖を力任せに容易に引き千切った。
さらにアレンは顔面に近付けている槍の先端を左手で掴んだ。
ごりごりと力を込めていくとすぐにベルペルは違和感に気付いたようだ。
『動かん。馬鹿な!? なんて力だ!!』
『ベスペル様? いかがされましたか?』
配下のマーマンたちが先頭に立つベスペルの焦りか違和感に気付いたようだ。
『何でもないわ! こんなもの! ふ、ふんぬ!!』
両手で槍の柄の部分を力いっぱい握り締めて引くのだが、片手で握りしめるアレンの左手から槍先はビクともしなかった。
アレンは魔導書から収納のページを開き、アレンの剣を取り出した。
何をするんだとベスペルの意識の全てがアレンの挙動に注がれる。
アレンは、グラハンを召喚して覚醒スキル「憑依」で体に取り込む。
『いったい何をしておるのだ……』
その瞬間、アレンは左手で掴んでいた槍の先端を離した。
それと同時に右腕で握りしめるアレンの剣にスキルを込める。
「……霊斬剣!」
ザシュッ
『がは!? ば、馬鹿な!!』
アレンの剣が救い上げるように斬撃が、急に手を離され体勢を崩したベルペルの右腕に迫った。
腕の付け根から容易に切られた右腕に槍を握りしめたまま宙を舞った。
ズドオオオオオオオン
槍の重さで舞った右腕はアレンの背後の砂浜に先端が突き刺さった。
まだ切られたことに気付いていないのか、右腕は柄の部分を握りしめたままだ。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!?」
様子を見ていた村人たちは目の前に巨大な槍が突き刺さって腰を抜かす。
『ベスペル様!?』
『なんだ!? 化け物だ!!』
動揺はベスペルの様子を見ていた何百体のマーマンたちにも広がっていく。
(メルス、誰も逃がすなよ)
『分かっている。みんな出てこい!!』
『ぐるおおおおおおおおおおおおおお!!』
『はいデス。逃げようとしたらぶっ殺すデス!!』
『ギチギチ!!』
『ギチギチ!!』
アレンに注意を引いている間にマーマンの背後の沖合まで飛んでいたメルスが召喚獣たちを召喚する。
全長300メートルの竜Aの召喚獣が首を伸ばし、誰も水中に逃げられないようにする。
『なんだ!? か、囲まれているぞ!!』
『いつの間にこんな化け物たちが!!』
『逃げたらカチコチにするのら~』
『まったく、こんな茶番に付き合わせおって』
マーマンたちよりもはるかに大きいマクリスやマグラは臨戦態勢でマーマンたちを睨みつける。
「さてと」
『ひ、ひいいい!? 来るな!!』
たった1撃のやり取りでベスペルはアレンとの圧倒的な力の差が分かったようだ。
切り落とされた右腕の付け根部分を左手で押さえているのだが、どくどくと紫の血が浜辺を染めていく。
肩で剣を担いだアレンはピョンとベスペルの胴体に飛び上がるとスタスタと顔面付近までやってきた。
『我を殺して、この島の縄張りを支配するつもりか。い、いや、この縄張りならお前に……』
「怪我をさせてしまい申し訳ありません。何分、あのままだと会話が成立しなかったもので。怪我があると話に集中できませんよね。それと島の支配には興味はありません」
アレンは魔導書から天の恵みを1つ取り出し使用する。
パアッ
メキメキ
あっという間に付け根から右腕を再生させる。
なぜ回復してくれたのか分からないベスペルは一瞬、キョトンとした後、自らの疑問をアレンにぶつける。
『腕が……。どういうつもりだ。我はアマンテ様の許しを得てこの島の周りを管轄している。このようなことをして……』
「なるほど、やはり配下がSランクの魔獣だったからそうかとは思いました。率いるあなたはアマンテに近い存在でしたか」
召喚獣たちに取り囲まれ怯えるマーマンたちを後目にアレンとベスペルの会話が続く。
『アマンテ? アマンテ様がどうしたというのだ!』
「ちょっとアマンテに用事というかお願いがあって、私との間を取りもっていただけませんか?」
アレンは神殿の窓から覗いて攻撃を受けて召喚獣を消されたので、紹介してくれる者がいるのであれば、紹介してもらおうと思っていた。
亜神級相当の力があり、この巨大な島を縄張りにするなら、話を通してもらえるかと思って、グレイトマーマンを1体逃がしてベスペルが釣れるのを待っていた。
『ぶっ!? アマンテ様に勝手にそんなことをしたら我が殺されてしまう』
「ですが、私のお願いを聞いていただけないと。あなた方の命は……。分かりますよね?」
コンコンッ
鎧の肩当てにアレンは自らの剣を叩いて見せ、断ったら命はないぞと笑顔で凄んで脅してみる。
『アマンテ様に逆らえば一族郎党根絶やしだ。殺すなら殺せ!!』
(死よりも恐ろしいことがあるのか。暗黒神はエルメアと戦ってきた神で、厳しい神だと聞いているし、順序立てて会おうと思っていたのだが困ったな)
暗黒神は、人間界や神界を恐怖に陥れ、法の神アクシリオンと違い倒すことができず、暗黒界に封印されている神だと聞いている。
ベスペルの様子からもかなり厳しい神だと分かったのだが、別の方法を模索することにする。
「分かった。アマンテの件はこっちで何とかしよう。もう行っていいぞ」
『逃がしてくれるのか?』
ベスペルたちを皆殺しにしてもしょうがないとアレンは考えていた。
魔族の少女が生贄にならないよう忠告だけする。
「だが、二度と贄をとらぬと約束しろ。クワトロ、追跡眼を発動しろ」
『承りましたわ』
カッ
『な、何を……』
幼雛化を解放したクワトロの眼が光ったが、ベルペルの体に何も変化がない。
ベスペルは何かしたのかと言いたげなようだ。
「今、お前がどこにいても何をしているのか分かるスキルを発動させた。俺との約束を破ったらすぐにお前の前に現われるからな」
(さすがにずっと監視してられないんでそのうち解除するけど。お前たちカードに戻ってくれ)
『わ、分かった。皆、撤収だ!!』
様子を見ていたメルスを除いて召喚獣たちをホルダーに仕舞っている間にベスペルを筆頭に慌ててすごい勢いで沖の方へと逃げて行き、既に全員が海水に使って姿が見えなくなった。
「さてと、あてが1つ消えてしまったな。ああ、村長にも報告と」
「ぶっ!? こっちに来たぞ!!」
ベスペルは考える余裕もなかったのか、突き刺さった大槍は置いて行ったようだ。
その向こうからアレンが砂浜をとぼとぼと村長の下へと歩みを進める。
ベスペルが命乞いする様子を見ていた村人たちが恐怖で震え上がる。
「申し訳ありません。騒ぎを起こしました」
「い、いえ。毒をもったのも縛り上げたのも私のしたことです。どうか皆の命だけは……」
村人全員が土下座する中、村長が懇願するように両手を胸の前で握りしめ、アレンに対して許しを求める。
「あのベスペルというマーマンはもう生贄は不要だと言っていました。他の村にも輪番で生贄を出しているそうですね。お手数ですが他の村にも事情を説明しておいてくれますか?」
「え? 我々のことは許してくれるのですか」
何のことだと顔を上げる村長に対して、既にアレンの剣を魔導書に収納するアレンは優しく答える。
「もちろんです。あのマーマンたちとの用事は済みました。おっと、そろそろ来たようですね」
(ベスペルのあては外れた。次行ってみようか)
ドドドドドッ
「こんな夜更けに何の騒ぎだ!!」
村長が、状況が理解できないと固まる中、村人たちの背後から今度は島の中央から地鳴りを響かせこちらに向かって駆けてくる者がいたのであった。
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