第860話 人間界の戦火
アレンたちが無の空間の監獄に閉じ込められて1か月が間もなく経過する。
この監獄にやってきて翌日には魔王が発動した「魔素破壊」の効果が切れた。
メルスと相談しながら分かったことがある。
だが、ステータスに表示された「魔力回復無効」の表示が切れても魔力は回復しなかった。
この無の世界では魔力も霊力も自然回復しないらしい。
どうやら、最上階にあったシステムが魔力を監獄内に固定する役目を担っているらしい。
牢獄の壁を破壊することができるが、その先は無の世界になっており、システムによる魔力の固定範囲外となり、飛び降りたら戻ってこれないようだ。
ただし、宇宙空間というわけではないので、壁が壊れたからといって空気がなくなるわけではない。
ただ、外壁をつたって、外に出てみたら何やら天井付近からこの巨大な施設を吊るしていたのか、とんでもなく長く太い鎖を発見した。
鎖はだらりと遥か10キロメートルほど下に垂れているのだが捕まって降りてみたが、何もなかった。
鳥Eの召喚獣の覚醒スキル「千里目」を鎖の先端から発動してみたが、どちらが天なのか地なのか分からない無が無限に続いていた。
なお、クワトロはまだ人間界におり特技「万里眼」は使用できない。
今日は転移システムをメルスと一緒に弄っていた。
『魔力100%は補充されました。転移先が発見できません。転移先の再指定をお願いします。空間の魔力は安定しています』
転移システムが壊れたレコードのように繰り返し、同じ内容を警戒音と共に発している。
ガチャガチャ
「……」
アレンは無言で転移システムの配線を繋げ直している。
この監獄に飛ばされた初日、発見した転移システムの魔石を補充できたのだが、転移はできなかった。
今と同じ内容の警告を発しており、この無の世界では今だに転移システムの発動は成功していない。
壊れてはいないようなのだが、詳しい原因は分からない。
元々、アレンもメルスも魔導具の知識もなく、転移先の人間界へ設定する方法が検討つかず、当てずっぽうで弄り倒していた。
この監獄に閉じ込められて以来ずっと機嫌の悪いメルスがアレンに当たってくる。
『全く。そもそも設定できないのではないのか』
「ああ……。もうちょいで配線を繋ぎ直せるから。あとは電源をつけ直してと」
アレンは前世で健一だったころゲーマーだったのでパソコンについて人並みの知識はあった。
自作最強パソコンなど作ったことはないが、接触悪くなったケーブルをつけ直したり、メモリやハードディスクを増強したり、OSを再セットアップするくらいはできた。
カチカチッ
ブウウウウン
キューブ状の物体が一旦、電源が落ちたように発色が消えたのだが、もう一度明るさを増すとゆっくりと回転を始めた。
『魔力100%は補充されました。転移先が発見できません。転移先の再指定をお願いします』
「やっぱり駄目か……。どうしたら良いのか」
『転移ができるなら、こんなものを魔王軍は監獄に置いておくはずはないというわけだな』
「ほかにどうしたらいいんだ……。ん? ああ……もう1ヶ月が過ぎたのか」
この1ヶ月間、2人が思いつくことは何でもやった。
だが、この転移システムも含めて、自体を好転する兆しは一切見えない。
だが、この状況でアレンは自らの体の感覚に違和感を覚える。
1ヶ月が過ぎて、1月前に召喚していた召喚獣が完全に削除されてしまったため、加護が無くなり、ステータスの低下を感じた。
魔王軍との戦いに集中して欲しいから、魔王城で倒されず、アレン軍や5大陸同盟軍と一緒に戦っていたり、連絡係りの召喚獣はそのままにしておいた。
だが、召喚できる期限1ヶ月というルールが残酷にも過ぎてしまい、アレンの召喚枠が一気に戻ることになった。
『状況が知りたい。すぐに召喚してくれ』
「ああ、そうだな」
召喚獣が消えたということは、アレンの仲間たちや人間界の世界がさらに危険になったことを意味する。
家族や仲間を思い、動揺するアレンに対してメルスは催促した。
アレンのスキル「共有」を使えば「記憶」も共有できる。
本来は視覚や聴覚などを共有していたのだが、精霊の園で精霊獣神を倒した際に、レベルアップして獲得した共有の効果が拡張した。
【スキル「共有」の拡張効果】
・召喚獣および召喚士(使い手)の間で記憶を共有できる
・共有する記憶は、以下の二層に分けることができる
①召喚獣になってからの記憶
②召喚獣になる前の記憶
・召喚獣は段階的に許可、拒否することができる
①②両方許可する
①だけ許可する(②は拒否する)
①②両方拒否する
・記憶の共有には知力10万以上必要
・メルスの特技「天使」の輪でも召喚士と同様の効果が得られる
・記憶を共有するには召喚する必要がある
・知力不問で視覚、聴覚の共有可能
召喚獣との仲の良さや信頼関係で①②両方の記憶を共有していく。
メルスのように第一天使だった記憶は神々の理に関わるので共有できない。
またAランク以下の召喚獣やリオンのように②がない場合は①のみだ。
※この設定は精霊獣神を倒した報酬により獲得の予定
マグラのように倒して召喚獣にした等、信頼関係がなく①②両方を拒否している場合もある。
「クワトロ出てこい。他の召喚獣たちもだ」
情報収集が得意で一番、戦場を見ていたであろうクワトロを筆頭に全ての召喚獣たちを転移システムのある広間に召喚した。
「ああ……ドゴラが火の化身に!? 勇者ヘルミオスさんとロゼッタさんが……」
召喚獣たちの1ヶ月の記憶がアレンの中に流れ込んでくる。
真っ先に入ってきたのはメルスがやられてしまい、それでも仲間たちを逃がすために人間を辞めて火の化身となったドゴラだった。
さらに、魔王城から皆を逃すために勇者ヘルミオスとロゼッタが残り、魔王の攻撃を食い止めようとして命を賭した光景がアレンの中に流れ込んでくる。
さらに情報がアレンの中に更新される。
魔王は魔王軍の魔獣たちのランクを1つ上げ、Sランクが1割、Aランク9割で構成される軍勢で中央大陸、ローゼンヘイム、バウキス帝国へ進軍した。
中央大陸のギアムート帝国の帝都は陥落し、帝国の南に位置するほとんどの国が魔王軍の猛攻を止められない。
ギアムート帝国の帝都を陥落したタイミングで魔王軍は、中央大陸とバウキス帝国の間のラムチャッカ海峡のゴーレム軍も攻略に成功していた。
ギアムート帝国の部隊と合流した部隊はその後、攻勢を2つに分けた。
1つは竜神の里、もう1つはバウキス帝国の帝都ドンバイだ。
古代魔法を使えるセシルを筆頭にバウキス帝国の帝都ドンバオを守るよう5大陸同盟を中心に動きだし、召喚獣たちもほとんどがその部隊に同行したようだ。
人類の存続のためにどの国や都市を守り、どの国や都市を捨てるのか速やかに話し合われたようだ。
だが、今度はローゼンヘイムとバウキス帝国の帝都ドンバオが攻められ、ローゼンヘイムの世界樹のある首都を守る方向で動き出す。
結果、バウキス帝国は帝都を失ったが主力戦力は撤退を判断し、S級ダンジョン内に立てこもる方針を固めていた。
中央大陸ではラターシュ王国の学園都市に集まり、徹底抗戦の姿勢を示した。
ラターシュ王国内の王都などの機能も全て学園都市に集中させたらしい。
バウキス帝国ではS級ダンジョンに全戦力を固めている。
ローゼンヘイムは首都フォルテニアに活性化した世界樹の下に集まった精霊たちとエルフが強力な防壁を築いている。
ギャリアット大陸ではダークエルフの里で、巨大に成長した世界樹の下に集まり必死に戦っているようだ。
魔王軍の侵攻を抑えるため、アレンの仲間たちは召喚獣たちと共にそれぞれの場所へ、住民の避難を優先させるようだ。
『あまり守れなかったデス。アレン様のご家族とは会えませんでした……』
霊Cの召喚獣が悲痛な顔でアレンに報告する。
「ああ、いいんだ。ありがとう。良くなった……」
召喚獣たちが仲間たちの絶望の表情を捉える。
陥落し、黒焦げになった街の人々の死体が広がる光景が広がる。
召喚獣1体1体の動きで村単位、街単位の避難民が死ぬか、助かるかが決まる壮絶な状況だった。
何を守り、何を捨てるのかと戦いだったようだ。
魔王軍によってあらゆる種族が合わせて数億人に達する人々が殺されたようだ。
アレンの絶望が流れ込んでいき心が折れそうになる。
「ぐっ。竜王まで……」
魔王軍は強化された自軍を中央大陸、バウキス帝国、ローゼンヘイムに向かわせている間に、神界との連絡口である竜神の里マグラを攻めた。
必死の抵抗と激しい戦いの中で竜王は殺され、多くの竜人たちを薪代わりに使われ、こんがり焼いて魔獣たちがゲラゲラと笑いながら貪られている。
竜王マティルドーラはルキモネが生きたまま悶え苦しみながら容赦なく、メリメリとアメーバの捕食のように飲み込み、自らの体力を回復させ巨大なっていく様が映し出される。
竜神の里と審判の門は完全に魔王軍の手に落ちたようだ。
生存者は絶望に近いほどいない状況を上空を飛ぶ霊Aの召喚獣の視界が捉える。
ポロポロッ
凄惨で悲痛な状況にアレンは涙を零した。
必死にシステムを弄りながら考えないようにしていたことが思考を満たす。
(敗北どころの騒ぎではない。もうここから出られない。いつまで仲間たちも戦えるか分からない。いずれは……)
この状況の中でアレンは1ヶ月の間に耐えてきた気持ちがとうとう折れそうになった。
魔王軍との攻略を間違えたのは自らの判断だったと絶望する。
全身に力が入らずゆっくりと腰が床につきそうになった。
『おい? 何をふざけているのだ?』
「え?」
『むん!!』
「げばはっきゃ!?」
アレンが気付いた時にはメルスの拳が目の前まで接近していた。
強烈な拳がえぐる様に回転しながらアレンの顔面を襲い、バウンドすることなく吹き飛ばされた先の広間の壁に叩きつけられる。
『アレン様!!』
ワラワラと慌てた召喚獣たちがメルスとアレンの前に立ち塞がろうとする。
だが、ゆっくりと吹き飛ばされた先で立ち上がろうとするアレンの下へ向かうメルスの鬼の形相と気迫に押され、召喚獣たちが行く手を譲っていく。
「……何すんだ。メルス」
鼻からボタボタと落ちる血を手で押さえて睨みながらアレンが問う。
『寝ぼけていたみたいだからな。起こしてやっただけだ。まだ足りないな?』
腕が振るえるほど拳に力を込めてメルスが吐き捨てる。
「……寝ぼけているだと?」
『私の妹は生きたまま食われた。だが、アレン殿よ、仲間はまだ必死に戦い、家族も無事ではないと言い切れないのだろう。何故、できることをしないのだ!!』
メルスの心の叫びが広間を満たす。
悲壮感に打ち付けられながらも必死に藻掻いていたアレンと違い、メルスの腹の中にあるのはルプトを食べた魔王に対する恨みであった。
『いつもの機転の良い考えが浮かばない。調子が寝ぼけて出ないと言うなら、もう一発叩き込むぞ!!』
「……ああ、そうだな。諦めるのはまだ早い。絶対に出られない無の世界に閉じ込められたが何か方法があるはずだ」
メルスに気合を入れられアレンの表情に生気が戻っていく。
『そうデス。方法は絶対にあるデスよ! 私たちもなんでもしますデス!!』
霊Cの召喚獣を筆頭に召喚獣たちがアレンのために何でも協力すると言う。
(そうだな。何でも手段を択ばずか。だが、それで何ができる。ここはキュベルが用意した絶対脱出不能の監獄だ。聖獣石を置いていた研究施設。聖獣石……。魔王軍が準備した聖獣石?)
アレンの頭の中に聖獣石が思い浮かび、閃くように中心から漆黒があふれ出したように思えた。
「……あった。いや、いたぞ!!」
『お? そうなのか。いた? いたとは?』
「この研究施設の監獄を知るかもしれない奴だ。何故気付かなかった。皆、戦闘準備だ。バフを掛けてくれ」
『聖獣石……。ああ、なるほど。そういうことか』
アレンは召喚獣を引き連れ、下の階層のもっと広い広間に移動する。
召喚獣たちがバフをかけ、メルスもリオンも武具を装備し戦闘態勢に入った。
「よし、準備はいいな? 1体ずつ出すから絶対に逃がさないようにな」
そう言ってアレンは魔導書の収納から聖獣石を出した。
「出てこい。ビルディガ。現状がどうなっているのか説明しろ」
アレンが両手で聖獣石を掴み、念を込めると石全体が輝くのであった。





