第852話 大魔王
アレンたちがセシルの登場により形勢が逆転しかけたとこと、傍観を続けていた魔王ゼルディアスが動き出していた。
魔王の頭がルプトの頭を無造作に掴んでいる。
『あ、ああ……。メルスお兄ちゃん』
抵抗する力のないルプトの目に涙が溢れる。
『魔王、まさか……。やめろおおおおおおおおおお!!』
絶叫しながらもメルスは天使Bの武器を剣や鞭など何度も変えながら覚醒スキルを使って、ルキモネの作った魔法障壁を破壊しようとする。
『魔王様のために……。私はそのために作られた。悲願成就のために私はそのためにある……』
『そうそう、ルキモネ君。君の全てを使って魔王様の野望を成就させるんだよ』
キュベルに焚きつけられるルキモネには、魔法障壁を破壊されるたびに触手にある目玉が閉じていくが、まだまだ目玉は50個以上ある。
本体は地上戦で破壊されたが、防御に特化した魔神王とあって、そう簡単に全ての魔法障壁を破壊できないようだ。
「くっ!! セシルも結界の破壊に集中してくれ」
(防戦になると分かってすぐに動き出しやがって)
『むん!!』
「ちょっと、こいつを無視できないわよ! しつこいわね!!」
上位神であるクリーパーはセシルにべったりまとわりついて行動を制限する。
瞬時に状況を理解し、セシルが自らを無視して狙いを変えれば、いつでも首を切り落とさんとばかりに攻勢をかける。
「ふん、随分完璧な計画だったな。だが、これで余は理の外に至る。余を縛る者はいなくなるのだ!!」
グパッ
『ルプトおおおおおおおおおおおおお!!』
嫌味を言う魔王の腹の口が大きく空き、ルプトの頭からメリメリと丸飲みしていく。
『お兄ちゃ……』
最後に小さく叫んだ涙のルプトの姿はすでになく、魔王の中に完全に取り込まれてしまった。
『ふふ、これで双子の天使を2体とも僕たちで倒しちゃったね。果てなき正義のためとはいえ、先輩としては心苦しい限りだよ。お? 始まったね!!』
カッ
『……ぬ? うおおおおおおおおお』
感動するキュベルの目の前で魔王の全身を覆い蠢く人面相の目から光が溢れ始めた。
メキメキッ
(魔王の肉体が安定し始めたぞ。尾も生えてきた)
プロスティア帝国で邪神の尾を喰らって、真っ赤な髪は灰色の斑模様となり、全身には人面相が浮き出るようになっていた。
ルプトを喰らい魔王の中で何かが起きているようだ。
髪は深紅の髪を取り戻し始め、人面相は目から光を放ちながらも魔王の肉体の中に取り込まれ消えていく。
魔王の尻の上あたりから邪神の持っていたような太い尾が生えてきた。
『こ、殺す! 貴様を殺し、貴様の腸からルプトを救い出して見せる!!』
ルキモネの結界がまだ魔王や時空管理システムを守る中、メルスは天使B「大剣」を握り締めて魔王の下へ突っ込んでいく。
「おい、メルス!!」
目の前でルプトを食われ血走った眼付のメルスを静止しようとするが、突っ込んだ進行方向の先に魔法陣が現われた。
ブンッ
(え? 魔法陣? こんな時に、今度は何だよ)
「お、オルドー……。生きていたのか」
ヘルミオスが絶句したのは袈裟懸けに肉体を2つに叩き切ったはずのオルドーだった。
『ここは、どこだ? 我は何故、この場を転移先に登録しておるのだ? ……、うう、思い出せぬ』
全長10メートルのオルドーは根本から折れた角があったと額を触る。
『邪魔だ!!』
いきなり現れたオルドーだろうと、怒りに任せメルスは大剣を振るおうとする。
ガキッ
肩に向かって叩きつけたメルスの大剣は甲高い音を広間に響かせたが、オルドーには肉体どころか羽織る外套も裂けておらず、全くダメージが通っていない。
『ぬ? 何だお前は!!』
興味なさげにメルスに視線を移したオルドーだが、羽虫を捕まえるようにメルスを掴んだ。
『ぐは!?』
ブンッ
ズガアアアアアンッ
メルスは遥か先の魔王城の壁まで投げつけられてしまった。
(やばい。体力を共有していたけど、こっちも死ぬところだった)
メルスの天使C「破魔の鎧」の特技「一心同体」でアレンと体力を共有しているため、メルスもアレンも倒されずに済んだ。
だが、アレンはまだグラハンの特技「戦士の咆哮」と覚醒スキル「剣士の忠誠」の重ね掛けを解除しておらず、体力を1割でキープしている。
ペクタンの加護「生命循環」によって、魔力や霊力を体力に流すよう調整して何とか事なきを得た。
『……こんな雑魚を倒せぬほど、我は力が衰えていたのか。こ、これではアマンテ様に会う顔がない! 我はアマンテ様を守らねばならぬ!!』
ゴゴゴゴゴッ
魔神オルドーの全身に死神クリーパーと同様に漆黒の神力が溢れ出した。
(え? これってまずいのでは? 上位神級の敵が2体になったってことか)
『流石は、我らが将よ。全盛期の力を取り戻したようだな』
『ふふ、「魔神」とは君の冠する神の名だ。これからの戦いに備えて力を封印しておいて正解だったよ。魔王様の従属のスキルの効果が切れてしまったようだけどね』
「儂も魔神の力を複製するのに苦労したのじゃ」
(こいつを取り込んで魔王軍は強くなってきたってことか。魔神たちの原初とも言える存在だと)
「調停神」や「死神」や「戦神」など、いくつもの神が神界に存在する。
魔神とは、魔族や上位魔族などの種族の名や格を表すものではなく、オルドーが冠する神の名であった。
『クリーパーに……。そのふざけた格好をしているのはキュプラスか。アマンテ様を探している。どこにおいでか知っているか?』
記憶が混濁するオルドーがようやくクリーパーとキュベルの存在に気付いた。
『アマンテ様ならアクシリオン様を追って暗黒界に行かれたよ。それしかあのお方を封印する方法がなかったからね。それよりちょっと、ごたごたしているんだ。寝ぼけていないで魔王様の手伝いをして欲しいんだけど』
『マオウ……様。何だ? マオウ様とは』
「余のことだ。オルドーよ。これからも余に仕えよ。邪神の力を得た大魔王にな」
ルプトを取り込み終わって変貌を遂げた魔王が自らを「大魔王」と名乗る。
『……何だ。アマンテ様の作りし、泥人形ではないか。何故、我がこんなものに仕えねばならなぬ』
記憶を取り戻したオルドーはゼルディアスを見下している。
「なるほど、たかだか上位神の貴様の意見など聞いてはおらぬ。絶対隷属・改」
パアッ
鼻で笑うように言われても表情を変えず、魔王は片手の手のひらをオルドーの頭に向け、スキル「絶対隷属・改」を発動した。
『ググギャ!? わ、我は……。我の中に何かが入ってくるぞ! 自我が奪われ……』
上位神でも耐えられないとはどれほどの痛みなのか、両手で頭を抱えたオルドーは膝を着き頭を両手で抱え込んでしまった。
メキメキッ
オルドーの額の皮を突き破り、巨大な2本の角が再度生えてくる。
スクッと立ち上がり、魔王を見てオルドーは驚いたように口を開く。
『これは魔王様! こ、これはどのような状況で……』
困惑するオルドーは、プロスティア帝国や神界で見たオルドーの状態に戻ったようだ。
「今は説明が惜しい。貴様はかつての力を取り戻した。キュベルの指示を聞いてここまでやってきた敵どもをせん滅せよ」
『なんということだ……。アマンテ様の作った土人形はオルドー殿を支配できるのか』
セシルと戦いながらも、オルドーを魔王が屈服させる力を持っていることにクリーパーは驚愕する。
オルドーはアレンたちに向き直おると、今の状況の理解が進んだのか、憎悪の表情に変わっていく。
全身を覆う漆黒のオーラは、魔力ではなくクリーパー同様に神力のようだ。
『き、貴様ら!? 我らが主の前でなんてことをしておるのだ!!』
『……これも全て貴様の作戦か、キュプラスよ』
オルドーの変貌ぶりに言いたいことを飲み込んでクリーパーはセシルにもう一度刃を向けるようだ。
『魔力充当率95・3%まで充填されました』
『そうそう、そのまま邪魔者を排除しよう。まもなく時空管理システムは魔力が充填されるからね~』
オルドーが魔王に隷属するまで、壁役となっていたキュベルが新たな指示を出す。
『メルス、落ち着いたか。すまないが俺たちの作戦を優先してくれ』
『……分かった。上位神が2体現れたこの状況で作戦などあるのか?』
共有しているので鳥Fの召喚獣の特技「伝達」を使ってアレンはメルスと会話する。
魔王たちに作戦を伝えず、かなり広い陣形で戦っている仲間たちに作戦を共有させるためだ。
緊迫した状況の中で仲間たちが耳を立てている。
『……撤退するぞ。この状況で勝てるはずがない。すまないがメルスとリオンでオルドーを、セシルはクリーパーを中心に抑えてくれ。時空管理システムで何をするのか分からないがあれが100%になる前に魔王城を脱出する』
メルスよりもオルドーは強敵だが、天使C「破魔の鎧」の特技「一心同体」でアレンと体力を共有しているため、一気に戦いが劣勢になったり倒されたりすることはないだろうと考える。
(アレン軍が撤退を開始して30分以上経っているみたいだからな)
『ルプトを食べられてこのまま逃げると言うのか!!』
頭の中にメルスの怒りが流れ込んでくる。
『……戦闘に長けた上位神が2体が魔王軍に加わった。この状況でまだ時空管理システムというよく分からない隠し玉がある。全員無事に逃げれば棺桶袋に入った仲間たちも救出できる。やつらを倒すのはそれからだ。いいな?』
『……くっ!? ……分かった。一時的な撤退だな。絶対に戻ってくるぞ』
『クレナは調停神と一緒に魔王城の結界を破壊してくれ。どうやらキュベルがこの隙にセシルの破壊した結界を新たに作り直したようだ。壁を破壊した瞬間に転移するかならな。皆、死ぬなよ!!』
(調停神は元審判の門の管理者だ。ハクと試しの門でメガデスが戦う結界も破壊してくれたし)
セシルが破壊した魔王城の壁は戦いの最中に、逃がさないぞと言わんばかりに、キュベルが元通りに戻してしまっている。
「じゃあ行くぞ、皆! 魔王を倒すぞ!!」
「ああ、倒すぜ!!」
「うん、私たちなら勝てるんだから!!」
アレンの掛け声に仲間たちも合わせてくれる。
『おやおや、この状況でまだ戦意を喪失していないのは怪しいね。そう言ってもしかして「逃げる」なんて考えているんじゃないのかな。アレン君ならそうしかねないな~』
アレンたちの表情を見てキュベルが作戦の本質を突いてくるのであった。





