第820話 チームシア③究極兵器バスク戦(1)
アレンたちと3方向に分かれ、十英獣を従えるシアが第一天使ルプトの囚われた大広間へとやってきた。
ルプトは小さな結界の檻に入れられ、首輪で床石と鎖で繋がれ、口には呪符を貼り付けられ、どこにもいけず何も言えない状況だった。
第一天使の力を奪う何かが首輪や呪符に働いているようで、意識朦朧としながら、その場で動けずこちらを見ている。
この大広間は出口が2つあり、シアたちの入ってきた反対側にも通路が存在した。
魔法具を装備しているが素足のバスクがゆっくりと1キロメートルほど奥にある通路からこちらに向かってやってくる。
全長10メートルを超え、全身から漆黒のオーラをのようなものをまとっている何度も戦ったことのある男だ。
ヒタヒタ
ニタニタした表情は好戦的で、前回の戦いと違い、魔剣オヌバは右腕と一体となり、左肩に目玉の化け物がへばりついてドクンドクンと脈打ちながらも、こちらも一体化している。
辛うじて触手ではなく左腕と見える腕の先の手のひらと部分でオリハルコンの大剣を掴んでいるのだが、腕が長すぎて剣先が床石に着き、ガリガリと削っている。
やったるぞ感溢れるジャガイモ顔のドゴラが迎え撃たんと同じ速度で広間中央に向けて、歩みを進める。
「何度も逃げやがって、今度こそぶっ倒してやるぜ」
移動中両肩にかけていた2本の神器の大斧の取っ手を握りしめ、刃先をバスクに向け臨戦態勢だ。
『ひひひ、お前みたいな雑魚にやられるかよ』
「あんだと! 今回は大勢の仲間たちもいねえじゃねえか。ほえ面かくなよ! 今度は逃げれないようギタギタにしてやるぜ!!」
『おいおい、なに仲良く食っちゃべってんだよ。バスク。こいつら全員の血を飲ませろよ!!』
『ああ、分かってるぜ。いひひ、皆殺しだ!』
『ギイイイイィッ!!』
一体になった魔剣オヌバと究極魔造兵器ギイが殺意を込めてバスクをけしかける。
シアは背後に十英獣を従わせながら、ドゴラと並走する速度で歩みを進めながら周りを警戒する。
「ほかに誰もいないのか……」
シアはこの状況に違和感を覚えていた。
魔王軍との戦いで邪神教グシャラとの戦いでは、上位魔神のグシャラ、魔神バスク、秘蔵に捕らえていた調停神ファルネメスたちとの戦いとなった。
プロスティア帝国の帝都パトランタでは魔王が邪神復活させ六大魔天を総動員した。
10万体に達するSランクの魔獣や10体を超える魔神も同時に攻め、アレン軍にも被害が出た。
第一天使ルプトを攫うために六大魔天を誤った作戦を使いって囮に使い、1000体の上位魔神と魔神を引き連れてやってきた。
魔王が力をつけ、さらなる恐怖を世界に与えるため絶対に必要な作戦で、魔王軍の本気度が伝わってくる。
結果、戦いの都度、魔王軍の戦力はおおいに削ることができたが、それでも痛み分けと言わんばかりに魔王軍が必ず目標を達成してきた。
第一天使ルプトを攫ったのは、魔王が吸収して、さらなる力を得るためらしい。
そんなルプトを喰らう時間に猶予を設けてまでアレンたちをおびき寄せ、現在に至る。
魔王軍にとって絶対に失敗できない作戦にもかかわらず、今この場にルプトがいるのだが、相手はこれまで3度にわたって戦い勝利したバスクだけのようだ。
テミのおかげでここまでの移動中の戦いは最小限に抑えることができたのだが、それを加味しても、魔王軍の本気を疑いたくなる状況だ。
向かってくるバスクの好戦的な表情からも何か細かい作戦を立てているようには思えない。
『まずはこいつを二度と復活できないよう叩きのめすことが最優先か』
「そのようですな。皆もガルム様との試練の日々を思い出せ」
「おいおい、やっと忘れかけていたのに」
毎日15時間を優に超える獣神ガルムとの辛い試練の日々が今に活きると言うホバの言葉にレペが絶望を思い出したと苦い表情を浮かべる。
『随分禍々しくなったな。お前らではバスクの攻撃は耐えられぬかもしれぬ。余やドゴラを盾にせよ』
複数の神器を持ち、神の加護を手にするシアとドゴラが十英獣に比べて頭1つ以上のステータスの差がある。
『そうだな。では、我は後方の守りに回ろうか』
『相応に戦線離脱は困るぞ。アレンがいないとお前は再召喚できぬのだからな。それに、こいつだけ倒せばよいとは限らないぞ』
最後尾にいるルバンカもシアたちの作戦の会話に参加する。
十英獣の中でも特に耐久力の低い後衛職や中衛職がまともに強化されたと思われるバスクの攻撃を受けるなと言う。
1キロメートルという距離の中間地点にそろそろ到着する中、陣形など簡単な作戦が交わされていく。
「ですが、ゼウ様にシア様を合わせるのが最優先、何かあれば我ら全員盾になる覚悟ができております」
『ふっ、ゼウ兄様のためにか。その時は余の覇道のため犠牲になってもらおうか』
「ですので、この戦いが終わったら必ずアルバハル獣王国へ一度戻ってきてくださいませ」
『……考えておこう』
冗談で答えたシアに対して、ホバ将軍が今後のアルバハル獣王国の未来を考えても、これまでの禍根を祓いたいようだ。
シアはアルバハル獣王国から12歳のころ、追放され未だに獣王国に足を踏み入れていない。
ゼウ獣王の統治する獣王国の未来のためにも、兄と妹の関係を完全に修復したいようだ。
『おいおい、分かれの言葉を掛け合っているのか? すぐに全員同じあの世に送ってやるぜ。寂しくないようにな!! いひひ』
勝利を確信しているのかバスクの笑みが止まらないようだ。
「シア、獣神化はまだもつな?」
神技「獣神化」は持続時間1時間なのだが、時の大精霊タイムの加護とロザリナのスキルによって3・8時間に延長される。
既に加護として受けているため、アレンたちと別れた後発動する持続時間のある全てのスキル、魔法が延長効果の対象だ。
『ぐるるる!! 当然だ。奴は強敵。時間内に倒すぞ!! 人型 皆も行くぞ!! むん!! お前たちも獣となって余と戦え!!』
獣神化は巨大な魔獣、4足歩行の獣、人間の3タイプに持続時間中は何度も変更可能だ。
さらに床石を叩き割るほどの力で殴りつけると魔法陣が生じ、十英獣たちの姿を変貌させていく。
『おお! 力が沸いてきたぞ!! 皆で倒すのだ!!』
『おう! 我らの前に向かうものなしだ!!』
メキメキと巨大な獣に姿を変えるホバの掛け声にハチたち十英獣が応える。
シアの神技「獣神化」は周囲の獣人たちをエクストラモードの獣帝化相応の力と体に変えていく。
ステータスも増幅され、神の加護や神器などを除いたら、アレンのパーティーにも引けと取らない強さを手に入れた。
強化される中も余裕面を変えることなく平然とヒタヒタと歩くバスクとの間の距離がとうとう100メートルを切り、80メートル、60メートル、40メートルとどんどん短くなっていく。
「奴の余裕の理由を知ることが先決だな。俺が先に行く! シアはフォローしろ!!」
『ああ、分かった!』
シアがまずは攻撃を開始しようとしたが、ドゴラが先に行くと言う。
これはシアを思ってのことだが、シアが倒されると、神技「獣神化」が切れると十英獣の「獣帝化」の効果も切れてしまう。
明らかに変貌を遂げたバスクに対して危険な最初の攻撃をかってでる。
今にも攻撃のため飛び掛かろうとしたシアを制して、さらに一歩前に出る。
『お? 相変わらず仲間思いだな。ドゴラちゅあんは~。おら、さっさと来いよ!!』
バスクは邪神教の教祖グシャラとヘビーユーザー島の神殿で戦った際、回復役のキールを攻撃したがドゴラが身を挺して守った話を思い出したようだ。
「け、行くぜ!!」
既に10メートルにないほどの距離までお互いの距離を詰めた。
両手に身長ほど、重さにして数百キログラムはありそうな2本の神器の大斧を持っているとは思えないほどの速さでドゴラは数歩の距離を駆けたかと思ったら、それは助走で、一気に跳躍し巨躯のバスクの頭上に迫る。
『うほ!?』
一瞬の距離を詰め、上位魔神をバツの字に切り裂いたように巨躯のバスクの胸元を2本の大斧が迫る。
「く!? 固てえええ!!」
『なんじゃ、この肉体は!! わらわの神器で焼けぬぞ!!』
柔軟だが弾力のあるバスクの胸元にドゴラの神器が深くめり込むが切り裂くこともできず、また、神器カグツチの超高温の斬撃でも火傷を負わすこともできないことに驚愕の声を漏らした。
「なんだ、フレイヤ。魔王城の中も様子が見えるのか?」
『ああ、だが。無数の結界のせいで、わらわの力が干渉されておる。助けに行けぬゆえ、しっかり戦うのだぞ!!』
神の干渉を阻むほど魔王城の結界は強いようだ。
「もちろんだ! うおおおおおお!!」
ドゴラが自らよりも何倍も大きいバスクの胸元に立ち、傷を負わすためさらに振り下ろそうとするのだが、刃はゆっくりと深くめり込むのだが、肉を裂くことはできない。
『け、いつまで俺の胸の上で語り合ってんだ!!』
『そこだ!!』
バスクの意識が胸元のドゴラに向かい、ギイを取り込み鞭のようになった左腕をしならせ、自らの胸元を襲おうとする。
だが、ドゴラが分かりやすくバスクの視界の前にいる状況に生じた隙をシアは伺っていた。
柔軟で俊敏なトラを思わせるようにタタッと床石を蹴り上げ、跳躍したかと思うと、バスクの右目を拳が貫く。
『ぐぴゃ!? くそが!!』
「おっと!!」
『ドゴラよ。無事か!!』
「問題ねえよ。いちいち俺の心配してんじゃねえよ! 戦いに集中しろ!!」
『ああ、分かっている。こ、こいつは……。再生するのか』
メキメキ
心配するなとドゴラが言うのでシアがバスクに視線を向けると、たった今叩き潰した目玉がすでに回復してしまっている。
『ちょろちょろしやがって。全く痛くないぜ。シノロムの野郎、いい体をくれたもんだぜ。お前ら全員をぐちゃぐちゃにするには十分な力だ! なあ? おい!!』
「……なんか長え戦いになりそうだな」
『ああ、全くだ』
バスクに対する2人の意見が一致するのであった。





