第808話 魔王城
アレンたちは魔王軍が置いていった転移装置を使って転移するとそこは巨大な建造物内の大広間であった。
アレンのパーティー、ヘルミオスのパーティー、十英獣の30人ほどが大理石の床石の上に立っている。
アレンは仲間たちと共に敵陣中枢である魔法陣に潜入したとあって、警戒するように武器を手に取り、陣形を組んで緊張の趣で確認するように辺りを見回すが、静寂に包まれており誰もいないようだ。
全長100メートルを超える魔獣も闊歩できる魔王城は、これまでアレンが入ったことのある王城や宮殿の中でも別格の巨大さだ。
(まあ街がすっぽり入る建造物の王都ラブールよりは小さいがな。さて、やはり外の状況が消えてしまったな。共有は解除されたと)
足元を見ると到着地点を固定するためなのか魔法陣が刻まれている。
アレンたちが到着した時は輝いていたのだが、すぐに魔力を失ったのか、床板のただの模様になってしまった。
街と王城が一体となった縦横100キロメートルの巨大なピラミッド構造の神界のシャンダール天空国の王都ラブールと比べたら常識の範囲内の巨大さだと思う。
ここはアレンが10日前にオルドーにかけたクワトロの特技「追跡眼」で転移した場所に間違いない。
だが、魔王城内に転移した瞬間に、忘れ去られた大陸の海岸線付近で戦っているメルスを含む数十体の召喚獣の視界が一瞬にして消えた。
ソフィーだけがアレンの顔のわずかな変化に気付いた。
「どうしたのですか? アレン様」
「ソフィー、やはり、ここは邪神の神殿のように内外の情報が断たれるようだ。召喚獣は勝手に解除されカードには戻っていないようだがな」
邪神教の教祖グシャラとヘビーユーザー島の中央にある神殿で戦った際、同じようなことが起きた。
だが、アレンは自らのステータスに一切の変化がないことを体感で感じ取ることができる。
パラッ
アレンは魔導書を出して、生成していたカードの枚数に異常がないか改めて確認する。
召喚したカードの種類が加護としてステータスとして表示されるのだが、魔王城に転移する前から変わりはないようだ。
(よし、メルスたちの状況は分からなくなったが召喚獣たちが消えてしまったわけではないようだな。だが、こんな結界を引いて内外での連携できなくしているってことはつまりそういうことだよな。外から城を見たらどんな感じだ。ホーク、外へ)
『ピィ!!』
この建物はアレンの予想通り地上の上にあったドラゴンが出入りできるほどの窓がある。
等間隔の巨大な窓の外から氷の大地が見える。
天候が悪く、吹雪の中で稲光がゴロゴロと音を立て雰囲気を出している。
旋回してアレンたちのいる広間の状況を確認していた鳥Eの召喚獣を窓から外で出そうとする。
バアン
『ピピッ!?』
何らかの結界に阻まれて、突っ込んだ時と同じ速度で元居た場所へ吹き飛ばされてしまった。
「以前のように結界の中か何かのようだな」
(援軍はこない。データのセーブはなし。撤退することもできないか)
「完全に閉じ込められたってことか。おもしれえ!」
「魔王を倒さないと出られないってことだね!」
ドゴラとクレナの士気が上がっていく。
若い2人だけがこの場の空気に奮い立っているわけではない。
「ここが魔王城か……。クラシスよ、遅くなったが助けに来たぞ。……我は魔獣を狩る者。魔族を屠る者。魔神を滅ぼす者!!」
ヘルミオスのパーティーに入っているドベルグが、片目となった眼光を鋭くしながら、アレンたちが学園に来ていた口上を述べる。
ドベルグは50年以上前に妻のクラシスを魔王軍に攫われている。
彼の目的は魔王軍を滅ぼして聖女クラシスを救い出すことだ。
ドベルグは眼光を鋭くしながら名工ハバラクから受け取った神聖オリハルコンの大剣を握りしめる。
「ドベルグさん、このような場所でしたか?」
「いや、ただの古臭い要塞の研究施設だ。こんな神殿のような場所ではない」
アレンはドベルグから何度か聞いた話を念のために確認する。
クラシスが攫われたのは中央大陸北部の要塞の研究施設だと聞いている。
念のために確認してみたが、真っ白な装飾の施された柱が等間隔に並ぶ、美しい白亜の宮殿ではないようだ。
「ここは魔王軍の城の内部でしょうね。おいてきた軍も心配だし、巨大な宮殿のようなのですぐに行動に移しましょう」
「そうですね、ヘルミオスさん。召喚獣の状況およびこの大広間の出口の確認が終わりつつあります。正面を進むしか、この大広間からどうやらでられないようです」
「さすが、アレン君だ」
ドベルグを見た時も感じた力強い覇気をヘルミオスからも感じる。
これまで魔王軍との戦いで根城である魔王城を見ることもできなかった。
ここには魔王軍の中枢で魔王がいるとなると長年戦ってきたドベルグやヘルミオスのやる気が高まるのは仕方ないだろう。
(出口は正面の1つの階段を上がった先に3つだな。変な形状だな。3つもあったか?)
アレンは鳥Eの召喚獣を2体召喚し、周囲を旋回させると、この周囲1キロメートルにもなろう巨大な大広間だが出口は上の階層へ続く、正面の巨大な階段のようだ。
アレンが正面に向けて歩みを進めると、全員がゆっくりと警戒しながらもついてくる。
ルプトを攫われた10日前、クワトロの特技「追跡眼」で見た風景と同じだったかアレンは改めて思い出そうとする。
クワトロの特技「追跡眼」は選択した対象を中心に監視する能力のため、対象の周囲を広く確認することはできない。
目の前に巨大な階段がある雰囲気は記憶のとおりだが、行く先が階段の中腹にある踊り場から、左右に三股に分かれてしまっている。
圧倒的な知力のあるアレンだが、過去の記憶との間に違和感を覚え、警戒心をさらに高めようとしたところだ。
階段の踊り場から何度も聞いた声がした。
最初に聞いたのは魔神レーゼルを倒したときだろうか。
次に聞いたのは邪神の神殿に乗り込んだ時だ。
その後も魔王軍と戦った時に要所でアレンたちに立ち塞がってきた敵の声だ。
アレンが片手を上げ、仲間たち全員の進行を止めた。
『すごいね。流石、アレン君だ。これは出てきた方がよさそうだ』
「む! フォルマール、攻撃を!!」
ドンッ
『え? 嘘!! ちょ、ちょっと!! いきなり攻撃!?』
フォルマールはアレンの指示を聞くまでもなく弓を握りしめていた。
出現早々に矢を即座にキュベルの心臓目掛けて放った。
『キュベル様!? 無限障壁!!』
キュベルの横でもう1体の声がする。
現れると同時にキュベルの周囲に障壁を生み、フォルマールの矢を寸前阻まれてしまい、粉々に砕けてしまった。
(誰だ。魔神王か。まだ魔王軍の幹部が残っていたのか)
アレンは肩に乗せた特技「幼雛化」したクワトロを召喚し特技「鑑定眼」を発動した。
【名 前】ブレマンダ
【年 齢】327000
【種 族】魔神王
【体 力】190000
【魔 力】180000
【攻撃力】210000
【耐久力】250000
【素早さ】220000
【知 力】200000
【幸 運】210000
【攻撃属性】闇属性
【耐久属性】物理耐性(強)、ブレス耐性(強)、魔法耐性(強)、ダメージ軽減
『キュベル参謀よ、何をふざけておる。ここは魔王様の城だ。煩わしいネズミたちが迷い込んでしまったようだな』
「オルドーか」
参謀キュベルとブレマンダの次に魔王軍総司令のオルドーが現れ、踊り場の上には魔神王が3体いる。
魔王軍の最高幹部と思われる3体が、アレンたちがやってくるのを待ち構えていた。
(なるほど、これはつまり……)
『もう、アレン君は単純だな。こんな分かりやすい罠にかかって転移装置使ってやってくるなんて……』
「おいおい、罠って言ってるぞ。俺たちは閉じ込められてしまったのか……」
出口が正面しかない外と隔絶した結界内でスタッフを握りしめるキールが思わず絶句する。
「キール、落ち着け。どっちみち、こいつらは倒さないといけないんだ。お互いが倒す目的で動いているんだ。俺たちの戦いに集中しよう」
(転移装置はここにおびき寄せるための罠だったわけか。だが、メルスと連絡との連絡手段をいくつか残しておいて助かったな)
アレンは邪神教の神殿に乗り込むとき、神殿内を調査させた鳥Eや霊Aの召喚獣との連絡が途絶えたことを覚えていた。
これは、アレンは地上で戦うメルスたち召喚獣を削除できないことを意味する。
当然、メルスも同じく、魔王城に攻め込んだアレンと行動を共にする召喚獣を削除し、召喚して近くで戦わせることは出来ない。
50メートルを離れた召喚獣を削除するには共有している状態が必要だ。
だが、今、キュベルと一緒に初めて見る魔神王を見て、アレンはメルスの側にいたクワトロを肩に召喚することができた。
アレンの指示でメルスがクワトロを削除したからだが、事前に共有による連絡手段を失ったことを想定し、アレンとメルスは召喚獣のやり取りや作戦の変更について【ルール】を設けていた。
【アレンとメルスとの緊急連絡用のルール一部例】
・虫Aの召喚獣2体同時召喚:防戦で手いっぱい
・獣Aの召喚獣2体同時召喚:ルプト救出成功
・魚Aの召喚獣2体同時召喚:マクリスを削除しろ
・鳥Aの召喚獣2体同時召喚:脱出しろ
・鳥Eの召喚獣2体同時召喚:クワトロを削除しろ
・霊Aの召喚獣2体同時召喚:敗北。速やかに敗走しろ
封じられていても邪神の神殿と同じ状況なら連絡手段や状況を確認する方法がアレンにはあった。
カードの上限を2つ開け、そこに何を2枚生成するかによって、アレンとメルスは100通りを超える状況の共有や指示ができる。
『あれれ、あんまりビビっていないね』
「当然だろ。完全な作戦は不可能だからな。お互いにな」
『どうだろう。僕はアレン君の考えや行動が手に取るように分かるよ。メルス君もいないし、あんなに強かった仲間たちを向こうの戦場に置いてきたようだね』
「戦力の分散か」
(各個撃破したいってことか。そのためにどの程度の戦力がやってくるかピンポイントで予想した。俺たちの戦力を分散させるために)
メルル、ガララ提督のパーティー、ハク、メルス、マグラなど、強力な戦力を地上に置いていかないと行けなかった。
『その戦力で僕たちに敵うと思っているのかい?』
「試してみればいい。お前たちがいなくなれば、魔王を狩るにもルプトを救出するのも随分楽になる。3体の魔神王で倒せるか試してみたらいいぞ」
(閉じ込められたり変な罠にかけられるよりも分かりやすい。こんなに簡単に俺たちの目の前に出てきやがって。そういえば、神界で倒し損ねたバスクがいないな)
最初から目標の中に魔王軍の幹部を倒すことが入っていたとアレンは言う。
『え? 全然ビビっていないんだけど』
「さあ、この幹部たち3体を倒せば、俺たちの作戦は半分成功したようなものだ。せん滅するぞ」
アレンはゆっくりとアレンの剣をさやから引き抜いた。
「よし、相手は3体だな。囲い込むぞ!!」
『え? え? え? ちょ、ちょっと待った!!』
アレンたちが3体の魔神王に襲い掛かろうとする中、階段の上の踊り場でキュベルが待ったをかけるのであった。