第807話 転移装置
アレンの指示によりハクとマグラはアレン軍、勇者軍、ガララ提督軍から離れ、前方を埋め尽くす魔王軍の陣形に向かう。
魔法陣の下で隠れ潜んでいた300万の魔王軍は既に隊列を組むことが完了しつつあり、前線に躍り出た2体の巨大な的目掛けて魔法、弓矢等の遠距離攻撃を集中砲火させた。
止めを刺そうとAランクの魔獣のオーガキングとオークキング数千体が、魔神の指揮官の指示により遠距離攻撃の直撃を受け噴煙立ち籠もる中心に向かって突撃させた。
弧を描くように前方から左右まで埋め尽くすほどの数だ。
『炎獄殺! グオオオオオオオオオオオオ!!』
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
集中砲火を浴びて立ち上がった煙の隙間から閃光のような光が見えたかと思ったら、ハクとマグラが一気に超高熱のブレスを吐いた。
『ゲハ!?』
『ギュポ!?』
10メートルに達する巨躯のオーガキングとトロルキングが一瞬にして消し炭になっていく。
彼らには全員ヒヒイロカネの防具と武器を装備していたが武具ごと燃え尽き、2体のブレスには耐えられなかった。
魔王軍にもバフ部隊や回復部隊もいるのだが、ステータスを強化したオーガキングも、さらに体力超回復の効果もあるトロルキングも、抗うことができない。
耐え切る間もなく一度に数百体の魔獣が絶命し、位置関係的に後方にいてブレスの影響が少なかった魔獣たちがあまりの威力にビビってしまい及び腰で一歩二歩と後退を始める。
(バフを受けているとはいえハクやマグラの相手になるとは思うなよ)
『オーガエンペラー! トロルエンペラー! 奴らを倒せ!!』
『殺る!!』
『……分かったグポ』
(バフを受けてステータスが10万超えているな)
アダマンタイトの鎧を身にまとい全長30メートルを超える巨躯と同じくらいの大きさの漆黒の大斧を握りしめたSランクの魔獣のオーガエンペラーとトロルエンペラーが魔神の指示でそれぞれ1体ずつハクとマグラに向かく。
一歩踏みしめるごとに地面の岩や氷を粉砕しながら地響きを鳴らす。
オーガキング、トロルキングの3倍の大きさのステータスも初期ステータスからバフの影響で10万を超えてしまった亜神級の力を持つ2体がハクとマグラに突っ込んだ。
『グオオオオオオ!!』
『それがどうした! 無限断絶!!』
マグラは突っ込んでくるオーガエンペラーの勢いに合わせるように全身を回転させ、音速に達した尾を振るった。
『……!?』
ザバッ
上半身と下半身が腹の部分で叫ぶ間もなく断絶されて吹き飛ばされる。
マグラが特技「無限断絶」によってアダマンタイトの鎧も強化されたステータスも絶えることができなかった。
だが、下半身部分を失ったオーガエンペラーだが割かれた腹の部分から肉が溢れて再生しようとする。
Bランクのオーガから2ランクも高いSランクのオーガエンペラーは、圧倒的な生命力があり、頭をつぶさないと無限に再生し死なないと言われている。
『ぐ、おおおおお……』
『ふん、さっさと死ね』
必死に再生しようとするオーガキングの頭部を巨大な後ろ足でひと踏みで潰して止めを刺した。
なお、ハクに突っ込んだトロルエンペラーは前足の爪の一振りの一撃でバラバラにして一撃で絶命させた。
指揮官役の上位魔神たちの目の前に、斬撃で吹き飛ばされたトロルエンペラーの頭部の一部が落ちてしまい、皆を絶句させ士気を落とさせる。
(やっぱりマグラよりもハクの方が強いか。だが、対軍戦ならせん滅力のあるこの2体は必要か)
アレンはただ2体を前線に送るのではなく、それぞれの働きを分析していた。
『皆さん、ハクとマグラを前線に出しつつ、魔王軍の部隊を撃破してください。魔王軍の動きはありますが作戦の最終目標は魔王城を発見し破壊することです。援軍は来ませんので陣形が壊れないことを念頭においてください。以降の最高指揮官はガララ提督、サポート役にメルスです。戦略艦に載っている方々にも携帯用の通信の魔導具で指揮系統含めて同様の指示を出しておいてください』
アレンはハクとマグラによる圧倒的な力で魔王軍前方の部隊に恐怖が広がる中、鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」を使い全軍に対して淡々と指揮を行う。
「おい、やっぱり行くのか。こんな状況だぞ」
「そういう作戦だからな。目的が最優先だ。人類の存亡が掛かっているからな」
キールが横から予定にないことが起きていると話しかけているがアレンは作戦を変えるつもりはないと断言する。
「皆、俺たちは別行動を取り、ルプトの救出を図る。だが、この戦況だ。俺の判断でこの場に置いていく者を言うぞ」
「おう、誰を置いていくんだ。俺とメルルは残るんだよな」
「ここに置いていくのはメルル、タムタム、ハク、ガララ提督とのそのパーティー、メルス、ガルムだ。クワトロとマクリスはメルスと俺で戦場を共有させる!」
「超神合体ゴーレムで蹴散らしちゃうよ!」
『張り切って参ります』
アレンの指示にメルルとタムタムも納得する。
今回のアレンの作戦は、忘れ去られた大陸の要塞の檄はできるだけのヘビーユーザー島と戦略艦で戦力を大量に送り込み、魔王城を目指すことにあった。
だが、それだけではどこにあるかも分からない魔王城を発見するのは厳しいと考えている。
忘れ去られた大陸はローゼンヘイムと同じくらいの大きさがあるのだが、10日間の間に8割近い面積をクワトロの特技「万里眼」で調査を進めた。
それらしい城は見つけられなかったのだが、魔王軍の今回の動きで新たな可能性が出てくる。
(今の魔王軍の動きでルプトのいる魔王城が、魔法的な何かで隠蔽されている可能性が出てきたからな。ララッパ団長に作戦を進めて貰って正解だったぞ)
クワトロの特技「万里眼」でも看破できない魔力障壁を張られている可能性が大いにある。
それを使って魔王城全体を隠されてしまっていたら、10日間探していた方法では発見できなかったことを意味する。
『ああ、それも踏まえてこちらでさっさとせん滅しながら進軍する。ホルダーの空きは絶対に埋めるなよ、アレン殿』
「分かってる。最低2枚な」
特技「天使の輪」で召喚士の管理者権限を干渉できるメルスとはここで分かれるので、大事な作戦の念を押される。
「じゃあ、ルプト様を助けに行こう!」
『これより作戦は次の段階に移行する! 必ず魔王を倒して勝利を掴むぞ!!』
将軍、副将軍、隊長には今回の作戦でアレンたち主要パーティーが地上の戦場から抜け、分かれて魔王城攻略を目指すことは伝えてある。
アレン軍たちに最後の檄を入れ、アレンはパーティー「廃ゲーマー」、勇者ヘルミオスとパーティー「セイクリッド」、十英獣と共に鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」で転移した。
向かった場所は中継地点である竜神の里マグラにある審判の門だ。
今回の作戦を事前に伝えてある竜王マティルドーラが門の傍らに待機しており、神界へ繋ぐ門は開いていた。
通常の方法では、神界のどこへ行くにも審判の門をくぐらないと人間界から移動することはできない。
魔王城攻略の作戦のために貴重な審判の門を開けっぱなしに待っていてくれたようだ。
『ふむ、門は既に開いている。魔王との戦いに参加できぬがお前たちの旅路が良きものになることを祈っておるぞ』
「はい。ご協力ありがとうございます」
竜王を背にアレンたちは門を抜けると、すぐに次の覚醒スキル「帰巣本能」を発動させる。
ここは魔法イシリスの神域で2つのピラミッド構造を下部でピタリと研究施設の最上階だ。
『来たわね! 転送の準備できているわよ! あら? ハクがいないわね。それで言うとタムタムも。ガララ提督のパーティーも全員いないし』
転移するなりララッパ団長がアレンに対して、まるで準備していたのか絶妙なタイミングで、ビシッと指を差す。
その後、図体の大きい2体がいないことに気付き、当初と話が違っている状況に疑問符を投げかける。
「すみません。地上での魔王軍の戦力が想定以上に激しいので、彼らはアレン軍たちと戦ってもらうことにしました」
「そう。まあ、増えるよりは助かるわ。一度に転移できるギリギリだったし。あいつらでデカいし。ささ、『転移システム』の中に入って」
魔法神の研究施設の部屋の面積の半分ほどを、この10日間の間に準備を進めていた『転移装置』で埋めている。
これは神界に侵攻し第一天使ルプトを攫った際に、『転移システム』を奪って逃げることを優先してか魔王軍が置いていった『転移装置』を、ララッパ団長たち魔導技師団が改造したものだ。
なんでも、この装置なら魔王軍が進撃してきたように、審判の門を通らずに、人間界にある魔王城へ直接行けるらしい。
(これを使って魔王軍はやってきた。これを使って逆探知して魔王城の中に攻め込むぞ)
10日間にララッパ団長と10人のドワーフだけではなく、魔法神と時空神も協力してくれたおかげで解析が完了し、逆探知で魔王軍の転移元へ移動することは可能だと分かった。
アレンが考えた今回の作戦は地上戦で魔王軍の戦力を集めつつ、少数精鋭で魔王城へ乗り込むことだ。
転移した先がどこなのか座標は分からないが、魔王城の中であるとシステム上の解析が済んでいる。
今回の魔王軍との戦いは、地上はせん滅戦を繰り広げつつ、魔王城を探す二方面作戦だ。
『ささ、時間がないのでしょう。急いでください』
『ひひ、魔力は充填している。帰ることは出来ないから』
時空神と魔法神は魔改造した転移装置が生じる魔法陣の中に入るよう促していく。
「ありがとうございます。魔法神様も時空神様もご協力感謝します」
『当然ですよ。皆さまは神界で戦った英雄です。それで、セシルさんですが、申し訳ありませんがまだ試練が終わっていません。もう一度聞きますが、魔王城へ乗り込むことは伝えなくてもよろしいのですね?』
まだ古代魔法の試練中のセシルは今回の作戦を知らない。
「中途半端に試練を超えてもセシルを危険に晒します。本日中に出てきたなら、今回の作戦を伝えていただけると分かります」
『分かりました。アレンさんの考えを尊重しましょう』
時空神も魔法神も自らが与えた試練の結果、セシルが古代魔法を使いこなすまでに至らなかったことに申し訳なさもあるようだ。
だが、このまま時空神の試練を超えず、古代魔法も扱えず、十分な力を持たないまま魔王軍の中枢とも言える魔王城への内部へ転移することはかなり危険だ。
(黙って魔王軍との戦いに向かったことを後でセシルが知ったらと思うと震えが止まらないぜ)
「はやく。魔力充当維持は装置の負担は大きいの!」
転移装置を扱うララッパ団長から督促を受ける。
「よし、時間がない。ここからが本番だ。皆、いくぞ!!」
「ここでいいのかよ」
「戦いが始まるね」
戸惑うドゴラの横で神器アスカロンを握りしめるクレナが武者震いする。
「じゃあ、いくわよ。転移装置への魔力充填100%。作動! ポチっとな!!」
タッチパネルを作動すると転移装置が魔法陣内にいるアレンたちに語り掛けてくる。
『転移装置への起動を確認しました。転移先の指定が1つしかありません。魔法陣内にいる全ての方々を魔王城内部1階層転移室広間への転移を開始してよろしいでしょうか?』
「はい、お願いします!」
『では、転移します』
ブウウウウウン
バチバチ
駆動音と破裂音が魔法神イシリスの研究室に鳴り響きアレンたち全員を転移し姿を消したのであった。