第799話 戦いの布陣①
10月1日9時30分となった。
あと2時間半後には魔王軍との戦いが始まるため、アレンは、メルスと手分けして、キール、ソフィー、ロザリナとバフを振り巻くためにヘビーユーザー島から転移した。
これから複数の大陸の要塞にバフを振りまく予定だ。
それから、複数の戦略艦に移動しバフを振りまく。
最後にヘビーユーザー島と島の後を追う4艦の戦略艦にバフを振りまく。
最後のヘビーユーザー島のみ魔王城のある忘れ去られた大陸へ進軍するのだが、それ以外の要塞や戦略艦にもバフを振りまき、不測の事態に備える。
まずは、魔王軍との戦いに敗れ、前線が崩壊した時に備え、ローゼンヘイム、中央大陸、ラムチャッカ海峡の最終防衛ラインとなる場所へ向かい、バフを振りまく。
アレンたちが転移した先は、ローゼンヘイム最北の要塞だ。
ここは、ローゼンヘイムの北西の海岸手前に設けられた魔神レーゼルが侵攻した際に陥落した要塞で魔王軍との戦いに備えて20万人を超える人員を収容でき、首都周辺の山脈に設けられたラポルカ要塞を超える大要塞だ。
要塞の外壁で囲まれた中央のスペースには10万人のエルフ、それ以外の種族が各2万人、全部合わせて20万人を超える兵が隊列を組んで待機していた。
隊列の将軍や隊長格に向けて指示を飛ばすペレトノール大将軍の目の前に転移したため、アレンたちと目があって驚きを見せる。
「これはソフィアローネ様!!」
「守備は順調のようですね」
「もちろんです!!」
(俺もいるよ。まあ、ここは保険だけと、保険は大事だよ~)
ローゼンヘイムが主導する軍の編成についてはシグール元帥を筆頭に、2人の大将軍であるルキドラール、ペレトノールなどの大将軍、そして10人ほどの将軍と続いていく。
ルキドラール大将軍がアレン軍の将軍として活動しているため、大事な最北の要塞を守るのは、魔王軍がローゼンヘイム侵攻の際もアレンたちと共に指揮をとった、もう1人の大将軍のペレトノール大将軍だ。
「よし、ロザリナ。バフを! ソフィーやルークも迅速に!!」
「ええ、分かったわ。ロザリナの歌声を聞いて鼓舞なさい。桜花爛漫!!」
ロザリナの美しい歌と踊りが要塞内に隊列を組んだ兵たちを満たしていく。
(精霊神の祝福とかクールタイムが長いスキルはかけられん。ここに魔王軍が侵攻してこないことを願っていてくれ。ルークの時の大精霊のおかげでバフは2倍に長持ちだが最大で半日で切れるからな。完全なる保険だ)
この最北の要塞は、魔王軍との戦いを想定しているわけではない。
ただ、これから忘れ去られた大陸の戦いで勝つことが絶対に約束されたわけではなく、反撃も想定される。
中央大陸に並んで忘れ去られた大陸に近いローゼンヘイムの北側を守るための陣形を配置している。
10分もしないうちにバフは隊全体にかけることができた。
「よし、この辺で良いんだろう。これからメルスがやってきて召喚獣たちによる別のバフをしにやってきます」
魚系統の召喚獣のバフなら1日は持つものも多いのでかなり有用だ。
(桜花爛漫は超良スキルだからな。クールタイムがかなり削れる分、防衛力は強固になるだろう。奇抜な作戦は不要。完全に守りに徹してほしい)
「それではペレトノール大将軍、各軍との連携は問題ありませんよね?」
(今更厳しいですって言ったら張り倒すけど。アレン軍を参考に俺も作戦考えたし)
「もちろんです。アレン殿、それほどの日数はかけられませんでしたが、鉄壁の守備に向けた訓練も行っており、問題なく守りに徹することができるでしょう」
「良かったです。よろしくお願いしますよ」
細かい指示をすることなくソフィーはペレトノール大将軍に全権を一任する。
ローゼンヘイムは排他的な国であったが、種族を超えた力の重要性を理解した女王が他種族の受入れに理解が進み、WEB会議の提案によって受け入れる形となった。
アレンたち人族や、獣王子時代のゼウと十英獣たち獣人がローゼンヘイムのために戦った。
種族によって、エルフは精霊の力による回復や弓矢が得意で、獣人は近距離戦闘が得意だ。
ゴーレムは巨躯を活かした防衛や大型魔獣との戦いが得意で、魚人は槍やバフによる補助が得意だ。
エルフを中心とした軍隊だが、要塞はエルフにはないそれぞれの種族の特性を活かした強固な守りになった。
今回の戦いは全ての人類及び精霊及び神々対魔王軍という、総力戦だ。
このローゼンヘイムを守るメインはエルフだが他種族とも補いあって防衛に徹してほしい。
「各種族が参加していますがこの場の最高指揮官はあなたです、ペレトノール大将軍。頼みますよ!」
(首都の防備も3分の1で、転職済ませ組はほとんど投入してくれたのも感謝。それだけに負ければ後はないけど)
「は! ソフィアローネ様! 女王陛下に恥じない働きをして見せます!! そうだろ、皆!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ペレトノール大将軍が槍を突き上げるとエルフも含めた全種族が武器を掲げ怒号を上げる。
要塞に入りきれない既にゴーレムに乗ったドワーフたちも超身兵となった全長100メートルの体を起こして鼓舞して見せる。
ペレトノール大将軍に合わせて全軍が一斉に力を奮い立たせ、雄たけびを上げた結果、地響きで巨大な外壁が揺れてしまう。
アレンたちは要塞の士気を確認し、そのまま次の場所に移動する。
中央大陸の3ヶ所の巨大要塞、ラムチャッカ海峡へのバフを事前に設置した「巣」を頼りに、指揮系統の最終確認とバフの振りまきを迅速に行いつつ、30分程度で終了した。
次に行うのは、海上から北上して忘れ去られた大陸へ攻め込むのだが、どの海岸線から攻めるのか、ギリギリまで分からないようにしたい。
そのために配置したうちの3つのうちの1つで、最北の要塞から数千キロメートルも離れた海上で、戦略艦を中心に10艦を超える魔導船が囲む大船団だ。
改造を施していない戦略艦と並走する無数の魔導船で、最北の要塞同様にエルフを中心にあらゆる種族がそれぞれの魔導船に分かれた甲板の上で、隊列を組んで待機していた。
この大船団を率いるローゼンヘイム最強の男ガトルーガが、アレンたちが予定通りやって来たことに気付いた。
「お待ちしておりました。ソフィアローネ様」
「ええ。ここは魔王軍のいる大陸からも近いです。当然、魔王軍の攻撃が想定されます。フォルマールだけでは心配です。何卒、私もソフィアローネ様を守る盾となりましょう。何卒、ソフィアローネ様の一団に加えてください」
ソフィーと目が合った瞬間に、どれほどの思いがあったのか、早口で語り掛けてくる。
フォルマールと同じローゼンヘイムの王家を守護する家系の1人であるガトルーガにとって、次期女王であるソフィーの身が一番大事なようだ。
「くどいですよ、ガトルーガ。護衛は不要です!!」
(相変わらず我が強いね。ソフィーも怒っていないでバフはかけてね)
「このまま進軍すれば2時間で魔王軍の攻撃範囲に入る予定です。ソフィーも私もあなたしかいないと考えています。よろしく頼みます」
アレンがバフを進めよとソフィーに視線を送りながらもガトルーガに再度念を押し、説得を試みる。
ここは最北の要塞以上に重要な配置だからだ。
忘れ去られた大陸の攻め込みポイントの調査した1つで、どれだけの召喚獣が撃たれたか数え切れない。
「ああ、分かっているさ。アレンよ。絶対にソフィアローネ様をローゼンヘイムに返してくれよな」
「ええ、分かっています」
(私情は挟むが、これまでの戦いは別格の働きをしたからな。彼しかいないし)
ローゼンヘイム最強の男の肩書を持つガトルーガは、3年ほど前、ローゼンヘイムに魔王軍が侵攻したおりにアレンたちがやってくるまで1か月以上に渡って女王を護衛した。
アレンたちがやってくると魔王軍との戦いに参戦し、ティアモの街を守り切り、ラポルカ要塞への奪還に協力して成功を手伝った。
転職ダンジョンができると転職し、アレンたちが神界にやってきた際は星5つの精霊師として大精霊を引き連れ、大地の迷宮攻略に貢献した。
ガトルーガはアレンに対しては一切忠誠を尽くさないどころか、一切敬意のない癖の強い性格をしているが、実力も実績も申し分ない。
エルフの女王からも今回の作戦を伝えたところ、ローゼンヘイム側の戦略艦の責任者にエルフからの信任が厚いガトルーガを推してきた。
最北の要塞に比べても戦場となる可能性のある配置なのでペレトノール大将軍よりもガトルーガが優れていると言う。
(よしよし、メルスと召喚獣たちもラムチャッカ海峡を終えて、バウキス帝国北上の戦略艦のバフに移ったな。今日こそ魔王軍を倒す時だ)
「俺たちもバフを急ぐぞ」
「おう!!」
駆け寄ってきたダークエルフの将軍に頭を下げられているルークが大きな声で返事する。
ローゼンヘイムは最北の要塞、ギアムート帝国は最北が横に広がっているため主に3つの要塞、バウキス帝国は中央大陸との間に出来たラムチャッカ海峡と、最終防衛ラインに全部で5ヶ所の守りの陣を布いた。
また、ローゼンヘイムの北部、中央大陸の北部2ヶ所、バウキス帝国の1ヶ所の全部で4ヶ所の攻めの陣を布いた。
ヘビーユーザー島の背後に護送する改造した戦略艦は4艦で、残り3艦は3ヶ所にそれぞれ配置する。
【各大陸、海峡の守備陣の人員】
・ローゼンヘイム:最北の要塞:計20万人強
エルフ:10万人、他種族各2万人
・ギアムート帝国:3つの要塞(均等配置):計30万人強
人族20万人、他種族各2万人
・バウキス帝国:ラムチャッカ海峡:計40万人強
ドワーフ:30万人、他種族各2万人
【海上から忘れ去られた大陸へ攻め込む精鋭部隊】
・中央大陸の北(東寄り):計10万人
ヘビーユーザー島、戦略艦4艦(改造したもの)
アレン軍2万人、勇者軍3万人、ガララ提督軍2万人、他種族合計3万人
【海上の陽動のための配備の艦体等と人員】
・ローゼンヘイムの北:計30万人
戦略艦1艦、魔導船10艦
エルフ10万人、魚人10万人、他種族合計10万人
・中央大陸の北(西寄り):計30万人
戦略艦1艦、魔導船10艦
人族10人、魚人10万人、他種族合計10万人
・バウキス帝国の北:計30万人強
戦略艦1艦、魔導船20艦
ドワーフ10万人、魚人10万人、他種族合計10万人
アレンは頭の中でもう一度、1000キロメートルを超え広がった戦線を思い描いた。
『こちらもバフ終わったぞ』
ヘビーユーザー島を除いた攻めの陣、守りの陣に対してバフを掛け終わったとメルスは転移するなり早々に伝えてくる。
全世界を巻き込んだ魔王軍との戦いが始まろうとしているのであった。





