第793話 攻略準備9日目:家族
グランヴェル伯爵はセシルの婚姻の件について、世話になったから筋は通したぞと決め顔でアレンに断言した。
このまま話が進もうとするところ、アレンは待ったをかける。
「え? えっと、ちょっと誤解があるようです」
「ぬ? 何か違うのか?」
「まあっ……」
アレンが全否定しようとしたところ、グランヴェル伯爵も伯爵夫人が目を見開き、息を飲んだ。
まるで、次のアレンの言葉がグランヴェル家の未来を左右でもしそうな勢いだ。
ゼノフや執事のセバスを含めた全員の視線がアレンに集まる。
「……申し訳ありません。セシルなくこの場で進める話でもないですし、明日、魔王との戦いです。明日以降、改めてお話させていただけたらと思いますが、よろしいでしょうか?」
セシルがいないこの場であれこれいうのは得策ではないと考える。
「おお! 確かにそうだな。セシルを交えてゆっくり話すとしよう」
(なんか俺が同意したらそのまま話が進みそうな勢いだったな。とりあえず保留だ!)
面倒なことは保留して棚の奥にしまうに限ると思う。
「すみません。そろそろ家族が待っているのでそろそろお暇を……」
これ以上、セシルとの関係で言質を取られないよう実家に帰りたい感を前面に出す。
「そうか。長居をさせてすまなかったな。魔王との戦い、任せたぞ!」
「はい! ではゼノフさん、明日朝8時頃、伯爵様の館に回収に向かいます」
「必ずだぞ」
絶対に魔王軍と戦うという強い態度をゼノフが示した。
アレンはゼノフに明日の予定を告げて、ロダン村に鳥Aの召喚獣の特技「巣ごもり」で転移する。
12時頃にはロダン村で団欒する予定だったのだが、14時近くになってしまった。
時間食ったなとアレンはロダン村の広場に到着する。
(ふう、久々に帰ってきたぞ。ロダン村。まあ、召喚獣を通じて結構見ているけど、随分大きくなったな)
ロダン村を開拓してから今年で4年ほどになる。
アレンは広場からぐるっと見回すと、村の入り口では大きな太い丸太で作った門が見える。
元々、白竜山脈の麓近くを切り開いて作ったロダン村はグレイトボアなどの魔獣が侵入する恐れがあった。
召喚獣を使い、深い堀を設けて川の水流を引き込み、さらに、その内側に10メートルを超える塀を設けた。
堀の底から20メートルを超え、守りを万全にしており、召喚獣を基本的に待機させている。
(グレイトボア狩りか。懐かしいな。魔王軍倒したら久々に手伝うこともできるかもしれないな)
視界を見上げると、白竜山脈の頂きが見え、その麓から村の側まで大挙してやってくるグレイトボアを思う。
アレンは先ほどの衝撃から気持ちを切り替えるように故郷の景色を堪能する。
広場を抜けて実家である村長の家に向かおうと広場を突っ切ろうとする。
広場の中央では明日10月1日の豊穣祭の準備で豊作物を祭る神棚や櫓のようなものを立てていた。
毎年、祭りになれば、倉庫から材木を取り出して村の男衆たちが力を合わせて組み立てる。
カンカン
「これはアレンさん。こんにちは」
「やあ、今年の祭りは参加されるのですかな?」
続けざまに2人の村人から話しかけられる。
「来年からになるかもです」
「そうですか。ぜひ来年はよろしくお願いしますよ!」
村人は一瞬残念そうにするのだが、明るい表情に戻り村長の息子のアレンに祭りの参加を促した。
祭りの準備は前日の昼過ぎとあってほとんど完成している。
黒髪が特徴的なアレンのことを村人は村長の子供だと誰もが知っている。
本格的に村の運営が始まったと言うこともあり、アレンは祭りの運営費の一部で、金貨100枚程度、去年より寄付している。
ロダンが、アレンが寄付していることを村人に話しているのだが、本人が今年も参加しない。
なお、今年は魔王軍との戦いで祭りに参加できないのだが、去年はプロスティア帝国に魚人になって潜入していたため参加できていない。
魔王を倒した来年こそは祭りに参加したいと思う。
なお、金貨100枚は日本円で1000万円相当で、会場の設営費やご馳走を振舞うのに十分な金額だ。
自らが幼少期の貧しさから祭りに参加してこなかったが、農奴でもお金がなくてもできる限り参加してほしいと願っている。
軽く挨拶をしながら通り抜け、居住スペースの広場近くに設けられた村長宅の高床式の階段を上がっていくと、最上段の床に霊Aの召喚獣が座っていた。
共有経由で「アレンが帰ってきたらすぐに教えてほしい」とワザとらしく言われ外に出されたことを知っている。
『お帰りさないませ。ケケッ、皆さん中でお待ちですよ』
「ありがと」
霊Aの召喚獣は1体、ロダン村の護衛のために配置していた。
本来、家の中にいることもあるのだが、家族の申し入れを守って玄関から出て、アレンの帰りを待っていた。
アレンと霊Aの召喚獣の会話が家の中にも届いたのか、視界の端で家の窓から玄関先のアレンたちを覗く者に気付く。
「来たよ。アレンお兄ちゃん帰ってきたよ!」
小声で話しているのだが興奮したミュラの声だ。
(まったく、俺の誕生日だからって仕方ないな。サプライズってやつか。これはしっかり驚くのも長男の役目か)
久々の帰省で明日17歳の誕生日を迎えるアレンが久々に実家に帰ってくるとあって、霊Aの召喚獣を家の中から追い出してまでサプライズを準備してくれているようだ。
ニヤケそうな顔を抑えて平静を装い、家の中に入る。
玄関には誰もおらず、そのままスタスタと廊下を歩いていくと、食堂の方から囁き声が聞こえてくる。
人の気配が集まっているようなので、家族全員が食堂にいるようだ。
「ただいま。少し遅れてごめん。今帰ったよ……」
何も気付かないふりをして食堂の扉を開けると家族全員が待っていた。
(マッシュも一緒だ。学園から帰ってきたんだ。って、壁に。え? セシル?)
部屋に両親、弟のマッシュ、妹のミュラ、祖父母たちと村人で家の手伝いをしてくれている方々も含めて10人以上がいた。
テーブルな豪勢な料理よりも学園都市からアレンのために帰ってきたことよりも窓の上に横断幕に目が行き、掛けられた祝いの言葉を読もうとする。
「セシル様との結婚おめでとう!!」
「セシル様との結婚おめでとう!!」
「セシル様との結婚おめでとう!!」
「ぶわっ!?」
10人以上の声が一斉にアレンに浴びせられ、アレンが仰け反るように驚いてしまう。
「お兄ちゃんが驚いた! わーい!! 作戦大成功だ!! 結婚! 結婚!!」
ミュラがピョンピョンして驚いて見せる。
「まったく、お前はもしかして結婚とかしないと思っていたが、まさか伯爵様のご令嬢とな。いや~やけに仲良さそうと思っていたが、家長は俺だからな。前もって話聞かせてくれておかないとびっくりしただろ」
ワシャワシャ
アレンは父のロダンに頭をワシワシされたのだが、知力が働かないのか、頭が真っ白になり何も考えられない。
「もう、アレンお兄ちゃん。席についてよ。遅いから僕もお腹減っちゃったよ」
遅くなったのだが、家族は料理に全く手を付けず待っていたようだ。
「そうよ。また婚約の前の話って伯爵様もおっしゃっているのでしょう。こんなに大騒ぎしてしまって。皆さんも黙っていてくださいね」
母のテレシアが浮かれるロダンを制止しながらも、家の手伝いの方々も含めて黙っているように言う。
ミュラに手を引かれ、家長よりも料理が多く料理がアレンの席には並んでいた。
村では貴重な甘みで砂糖などが使用されたアレンの好みのモルモの実のパイの焼き菓子が鎮座する。
「そうだったぜ。まったく、ゲルダにも早く伝えてびっくりさせたいぜ。お前はもしかしたらクレナと結婚するもんだと思っていただどまさかな。って、よし、少し遅くなったが、皆で食べよう。お前たちも席についてくれ」
「ありがとうございます。士爵様になられても偉ぶらず良いお人じゃ」
お手伝いの村人の分の席がアレンの祖父母の隣に設けられており、皆で食事をとることにする。
(そうだ。今が大事な時なんだ。状況を整理しないと糖分だ。糖分を食べてワイの頭よ働いてくれ)
「もしかして伯爵様からセシルの件って聞いていたの?」
「ああ、そうだぞ。伯爵様から直接村長の家に来て、セシルとの婚姻の件進めても問題ないか話をされたんだ。あれはいつだったかな。1ヶ月ほど前だったかな」
(なるほど、王城が騒ぎだして伯爵が動き出したのか)
「それで?」
「それでって。ぜひよろしくお願いしますって言ったぞ。当たり前じゃないか」
(俺のいないところで婚姻の話が進んでいた件について。今更だけど、なんか前世と文化の違いを感じるな。そういえば、ペロムスもフィオナに交際を申し込む前に父親のチェスターに許可を求めに行ったんだっけ)
封建的なラターシュ王国では、家長のロダンに長男の婚姻の許可を求め、家長が長男の同意なく答えるのが当たり前だった。
恐らく、この次にすべき流れは、自らがセシルに告白するのではなく、領主であるグランヴェル伯爵に婚姻に向けて進めても良いかお願いをしないといけなかったのだろう。
どうかしたのかとアレンの顔を不思議そうに覗き込んでいる。
「兄ちゃん。学園都市のAランクダンジョン攻略したんでしょ。どんな感じだったの」
(百花繚乱パーティー所属のマッシュよ。今はそれどころじゃないんだぞ)
「え~。ミュラはプロスティア帝国の話聞きたい~。お人魚姫ってやっぱり綺麗だった?」
(む? 我が家にもプロスティア帝国物語があるのか。そんなことより俺にも弁明の機会を与えてはくれまいか)
「アレンもあれもこれもはできないのよ。それで……」
と言いながらもテレシアも久々の長男の帰りとあって会話に参加する。
セシルの件が伯爵には保留になったことが家族との怒涛の会話に流されていく。
とてもじゃないが、横断幕まで作ってくれた家族に言えない状況だ。
(セシルにはどうやって伝えるかな)
明日、魔王軍と戦う前に家族との団欒を楽しめたと家族の温もりを感じる。
とりあえず、明日のことは明日考えようと、家族が準備してくれた料理を食べるアレンであった。





