第792話 攻略準備9日目:縁談②
アレンにセシルの縁談をグランヴェル伯爵から勧められる。
(何を言っているのか分からない。何故トマスの婚姻が俺の話になる。この感じは誰も反対しないってことか)
伯爵夫人もトマスもセバスも既に伯爵から聞いているのか、喜ばしいことなのかニコニコとした表情でアレンを見つめる。
ゼノフはそういうことかと納得して席に座り、隣で落ち着いてお茶を啜っている。
「あの? 話が飛び過ぎていて良く分かりません。何分、貴族の経験がないもので……」
トマスのレイラーナ姫との婚約が進むとセシルの婚姻を進められる結果になる要因でもあったのか分からない。
自らの知識がないから戸惑っているという流れで、縁談の理由など詳細を求めることにする。
(ん? 何か迷っている)
アレンがセシルとの婚姻を求められた理由を聞くと伯爵は一瞬、言葉を選んでいるのか、黙ってしまった。
だが、意を決したのか口を開く説明を始める。
「ああ、なるほど。貴族ではないか……。トマスが王女殿下との婚姻が進むということは、グランヴェル家を継ぐことは出来なくなったということだ」
(ミハイさんを失ってトマスさんは王家に婿入りになると。トマスは元々グランヴェル家を継ぐために王城で役人としての仕事をこなして貴族の職責の修行を積んでいたんだし)
伯爵が丁寧に説明してくれるが当然の流れのような気がする。
「グランヴェル家は将来セシルが継ぐということですね」
グランヴェル家には3人の兄妹がいた。
封建的な社会で嫡男が継ぐ文化ではあるのだが、ラターシュ王国では娘が継いで悪いことはない。
実際、レイラーナ姫は次期女王になる可能性が一番高いとされている。
それだけに、王配の地位を得ようとしているグランヴェル家のトマスの功績は大きいようだ。
「そのとおりなのだ。今回の件でセシルの縁談を考えないといけなくなったのだ」
「はは、困ったね」
「トマス。笑い事ではないぞ!!」
「す、すみません!?」
レイラーナ姫との婚姻が決まっているトマスに伯爵の怒号が飛ぶ。
久々にトマスが伯爵に怒られているのを見るなと思う。
「えっと、伯爵家という大貴族のグランヴェル家から王家に婿入りするまでに至った。伯爵家に嫁ぎたい貴族は多いとかそんな話でしょうか?」
「分かってくれたようだな。トマスが王家との婚姻が進むということはセシルとの婚姻は、グランヴェル家を継ぐことを意味する。隣国の侯爵家からも嫡男を出すという良縁もあり、国内外で縁談の話が溢れたのだ」
アレンの説明の解像度を伯爵が上げてくれる。
トマスとレイラーナ姫との関係は国内外で周知の形になったため、グランヴェル家にセシルという伯爵令嬢が、婚姻相手が必要な件も知れ渡る形になった。
(不思議だな。自分で言うのもなんだが封建的な社会だとセシルは人気なんだね。まあ写真も交流もなしに縁談が進む世界だろうし、そんなものか)
アレンは今頭に浮かんだ言葉を本人に伝えるとアイアンクローが飛んできそうなことを考える。
「縁談に問題があったということでしょうか?」
「そうではない。それに、セシルが縁談を進めていくことが王国としても良い縁であることは王家も知っていた。国王陛下自ら縁談を進めだしてな。王家主導でのセシルの縁談を進める形が周辺国にまでさらに広がって……」
「尋常じゃない数の縁談の話が溢れたということですね」
(まあ、縁談を進めたら王家の手柄となり、グランヴェル家は王家に完全に引き込むことができると。仲良くしたい近隣諸国もたくさんあるだろうし。セシルは一石三鳥だったのか)
内陸のラターシュ王国は、近隣を諸外国で取り囲まれている。
子供がレイラーナ姫しかおらず、嫁ぎ先を出せないインブエル国王は、ここぞとばかりに、セシルの縁談を進めたようだ。
だが、ここまで説明したところで言葉を選んでいるのか、伯爵は口を噤んでしまう。
王城の状況を知るトマスが話しにくいだろうと代わりに話をする。
(なんだなんだ、物騒な話なのか。最近、王城の召喚獣をひっこめた間にこんなことになっていた件について)
「父上は、国王陛下の縁談も全部断っていて王城で大きな騒ぎになったんだよ」
「え? 断った?」
「そのことで国王陛下が王城内の王侯貴族は全員謁見の間に集まれって……」
王家が主導する「セシルの縁談」を伯爵家が断る事態に謁見の間に呼び出され、貴族たちの前でその真意を説明する事態に発展したとトマスは言う。
他の謁見の儀の議題を無視して国王が貴族や大臣を呼び出す中、何時間にも渡って、謁見の間で跪く伯爵を問い詰めるに至った。
「あの日は王城が国王の怒りで吹き飛ぶんじゃないかと騒然としたって聞くよ……。『貴様は王家を軽んじるのか!!』とか『モルモール王家の公爵家嫡男を断る貴族がいるか!!』とか『理由を言うまで終わらぬぞ!!』って」
王家にとって、貴族家の縁談を進めるのは王家の力を示す大事な時だ。
逆に、それを断るということは、王家を完全に否定するはっきりとした反逆行為に当たり、さらに内外にそれを知らせることになる。
(諸外国にまで縁談を広められるのは王家の王女とか今回のようなセシルのような場合に限るのかな。それを理由もなしに断ったってことか)
国王の怒りはどれほどのものかと謁見の間の様子を想像する。
「そ、そのようなことが……。申し訳ありません。伯爵、理由を聞かせていただけませんか。どうも理由の中に私があるようですが」
アレンは神界の試練や魔王軍との戦いに向けてラターシュ王国の王都に配置していた召喚獣を除いていた。
状況を知らないゼノフもアレンと一緒に絶句する。
トマスが代わりに謁見の間の出来事を説明が終えるまで黙って聞いていた伯爵が理由を求められ、アレンに顔を向けてゆっくりと口を開く。
「アレンよ。決して我は我の力でここまでの地位に就いたとは思っておらぬ。従僕として勤めていたころからのお前の働きに対して恩を忘れたことなど一度もない」
「そ、そうですね。そのように感謝していただいてありがとうございます」
「お前は責任のある男だ。魔王と戦うためにセシルへの思いを押し殺してきたことも知っている。全ては明日の戦いに勝利してからという話であったのだろう?」
「へ? 思い?」
アホみたいな声がアレンから出てきたのだが、伯爵の思いが止まらない。
「だが、セシルの父である我にはその思いを言っておいてほしかった……。我はグランヴェル家を守るために、トマスの婚姻も守らなくてはいけなかったのだ」
伯爵は頭を伏して、肩を震わしている。
「え? トマスさんが? ちょっと分かりませんが!?」
「国王陛下がグランヴェル家などとはレイラーナ姫との婚姻はできないと言い出したんだよ」
昼過ぎから始まった謁見の儀は日が暮れるまで伯爵を国王は問い詰めが続いた。
当然、黙秘を続ける伯爵に対して、大臣や貴族たちからも怒号が鳴り響く状況だ。
王家を否定することはその下に仕える貴族たちも否定することになるからだ。
この時は伯爵の味方は誰もいなかった。
謁見の間の怒りが最高潮に達する中、インブエル国王は最後通告を伯爵にぶつけた。
『もうよい。このような家に我が娘はやれぬ! 家のとり潰しも覚悟してもらうぞ!!』
理由も言わずに全ての婚姻を断った伯爵に対して、信用できないとレイラーナ姫とトマスの婚姻を取り消すべしという声が王侯貴族の中で上がって、国王が賛同の意思を示した。
伯爵はグランヴェル家を守るために、謁見の儀でセシルの婚姻を断る理由を口にする。
(なんだよ? 断る理由って。俺のことなんだろうけど)
「アレンよ、申し訳ない。国王陛下にはアレンがセシルにマクリスの涙を渡しているとお伝えした……」
「え? マクリス? ああ、クレビュールでカルミン王女から貰った……」
「国王陛下にはアレンとの関係があるから縁談は進めないでほしいとお伝えした。全ては納得していただいたぞ。『何故早くそれを言わない!』とそれから随分、なんなら今も怒られておるがな。だが、アレンよ。お前も魔王軍から勝利するまで私心を殺しているのにグランヴェル家を守るため、話を勝手に広げるようなことをしてしまい申し訳ない」
思い出そうとするアレンに伯爵は畳みかけるように、自らの罪を流すかのように早口で話を続ける。
どうやら貴族としての筋を通せなかったこと、それが伯爵家まで押し上げたアレンに対してなら、なおさらのようだ。
「アレン、王侯貴族にとって、縁談の話は誰がいつ、何を言うかが大事なんだよ。マクリスの涙を嬉しそうに受け取った報告はセシルから聞いていたんだけど、君がまだ何も言わないから本来であれば、決して公の場で話すことじゃないんだけど」
呆けるアレンにトマスが説明を補足して上げる。
伯爵に続いてアレンに一緒になって説明を続けると、時間差を置いてようやくアレンが噴きだした。
「ぶ!?」
謁見の間で断言してやったぞと言う伯爵の言葉に吹き出してしまう。
「どこぞの貴族をグランヴェル家に迎えるわけにはいかぬ。国王陛下も『アレンか……』と納得しておったぞ。だから、余計な縁談は来ない故に安心をしてほしい。どんな国からのどんな良縁であっても、縁談をお断りされると国王陛下は明言されてくださった」
大臣や貴族たちもマクリスの涙の言葉だけで納得して静まりかえったらしい。
(ラターシュ王国どころか、近隣諸国に至るまでセシルの縁談が永遠に来ないってこと? おれのせいで? 魔王を倒しても俺、セシルに殺されるんだけど)
「でも、これで僕は良かったと思うよ。セシルが館や王城で会う度にマクリスの涙を自慢してくるし。姫が今回の件で『私もマクリスの涙が欲しい』って言いだしたら、ごめんけど、アレン1つばかり……。ねえ、僕たちの仲じゃないか」
アレンは固まってしまいトマスの話がこれ以上入ってこない。
今は惚気るトマスとレイラーナ姫のやり取りなどどうでも良くなった。
必死に生存ルートがないか万を超える知力で、自らが助かる道を模索する。
(駄目だ。隠しきれそうにない。終わった……)
アレンがマクリスの聖珠をセシルに渡したことが王侯貴族によるセシルの縁談を全て断る形になったのであった。





