第791話 攻略準備9日目:縁談①
仲間たちとアレン軍をメルスと協力して鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」で転移させる。
まずは、ラターシュ王国の学園都市にライバックや人族部隊を送る。
なんでもインブエル国王を筆頭に王家が学園都市の拡張工事が終わった式典で王都からやってきているのだとか。
国王が魔王軍への戦いに向けて出発式を学園都市で実施するため、アレン軍の人族部隊をこちらに送ってほしいとライバック経由で相談を受けた。
アレン軍の兵の家族がいるなら、できる限りこの学園都市に集めてくれることも、王家主導で計らってくれた。
ライバックと同じパーティーで王女のレイラーナも大事な式典とあって学園都市に集まっている。
王家への忠誠心の厚いライバックは出発前の挨拶がしたいようだ。
次に、キールをカルネルの街へ送る。
この場には、一緒にクレナ、ドゴラ、ペロムス、フィオナ、アレンの手紙を渡す用事のあるグランヴェル家に挨拶する予定のゼノフも一緒だ。
「キールお兄様!!」
館の門の付近に転移するとスカートの掴んだニーナが駆けてくる。
(マッシュと同い年だからな。ニーナは随分大きくなったな)
近所のおじさんのようなことをアレンは考える。
「おい、そろそろ。落ち着かないといけないぞ」
「そうじゃないわ。まずはただいまでしょ」
ニーナの背後には玄関から出てきた家族や使用人などがぞろぞろと、カルネル男爵領の当主であるキールに向かってやってくる
「おお、キールよ。よくぞ帰ってきたな」
「キールおかえり」
(カルネル元子爵は牢から出た時はガリガリだったのに随分ふくよかになったね)
「父上、母上、たった今戻りました」
幼さがまだ残るニーナにキールは呆れながらも、両親から「おかえり」と言われ、今にも涙が溢れそうだ。
両親はセシルを無理やり攫ったなど動乱罪が適用され、元カルネル子爵は獄中に入れられたり、元子爵夫人は座敷牢に囚われたりしたのだが、キールの功績と引き換えに領に戻ることができた。
キールの父であるカルネル元子爵は、でっぷりとした体格は戻っていないが、随分健康的な体格に戻ることができたようだ。
こうやって家族団らんになるのはいつぶりだろうか。
(あれは教会か。随分でかいな。さすがは次期エルメア教の教皇だからな。聖地巡礼も盛んらしいし。クリンプトン枢機卿が頑張ったのかな)
邪神教の教祖グシャラを討伐し、教皇見習いとなったキールの治める領都にある教会は、エルメア協会によって改修工事が行われ、王国全土だけでなくギアムート帝国を含めた中央大陸全土から、祈りをしに来る信者たちが後を絶たないらしい。
教皇見習いが魔王と戦うために結成されたSランク冒険者パーティーの回復役として魔王軍と戦っていることを知り、参拝客がかなり増えたとか。
自らに辛く当たった両親のために自らの褒美を捨て、国王に恩赦を求めた話はどこの誰が語り始めて広まったのか、子供たちへの読み聞かせの絵本になり始めているとか。
キールが生きる伝説になり始めているなと思っていると、私も実家に帰りたいとクレナから強めの視線が注がれる。
「よし、大事な家族の団欒だ。明日の9時に館前に出ていてくれ」
「お、おう!!」
さっきまでアレンの存在を忘れていたキールが慌てて返事したところで、ロダン村へ向かった。
「よし、2人は先に家族の下へ帰ってくれ」
(昼過ぎに帰ると皆に伝えているし。もう結構過ぎているけど)
転移の段取り次第だが、召喚獣を通じてロダン村にいる家族も含めてクレナ一家とドゴラ一家にも、今日の12時頃帰宅することを事前に伝えてある。
「ほえ? アレンは帰らないの?」
広場に置いていくと言うアレンにクレナが疑問に思う。
「いや、グランヴェル伯爵に手紙を送らないと。それにゼノフさんたちも送ってあげないとだろ」
「それは助かる」
アレンの言葉にゼノフが礼を言う。
(手紙を渡すだけじゃなくて話が広がったら待たせてしまって申し訳ないからな)
クレナとドゴラを送ってからセシルの手紙を、グランヴェル家に渡そうと転移する。
セシルがせっかく帰宅すると期待するグランヴェル伯爵には申し訳ないことをしたので、事情くらいは説明しようと思う。
この日のために王都で職務を全うする伯爵が領都に戻ってきている。
アレンがゼノフと共に事前に用意してあったグランヴェル伯爵家の館に到着するとすぐに声が掛かる。
グランヴェル家の伯爵、伯爵夫人、トマス、使用人たちが玄関から出て、皆で待ってくれていた。
(お? トマスだ。姫もいるのに学園都市の式典に出なくてよいのか。セシルのためにわざわざ領都に戻ってきたのか)
ラターシュ王国のレイラーナ姫の世話役に近い立場のトマスも、セシルのために里帰りが許されたのかと思った。
そんな中、実家に戻らず修行に励んでいるセシルを今からでも連れてきた方が良いのか迷いが生じたところ、トマスから声が掛かる。
「やあ、待ってたよ、アレン」
「トマスさん、お待たせしました」
「うむ、ゼノフもよくぞ戻ってきた」
「は! 大事な戦いを前に戻ってまいりました」
「ん? セシルはどうしたのだ?」
「申し訳ありません。セシルはまだ神界で修業しておりまして。これは手紙です」
「まあ、セシルは戻ってこないの……」
伯爵夫人が大げさにも両手を口に当てて驚いてしまう。
しかし、差し出した大事な手紙を伯爵夫人は受け取ろうとせず、当主である伯爵が受け取るところを見ると、封建的なこの世界の価値観に触れることができる。
「そうか、それは残念だった。無事なのだな?」
「もちろんです。ただの修行なので」
神々の厳しい修行を受けているので絶対無事か言えない状況だが、態々心配させる必要はない。
「困ったな。大事な話があるのに……」
「大事な?」
「それはこれからでよいだろう。アレンよ、すまぬが少し話に付き合ってほしい。ゼノフもだ」
「もちろんです」
「は!」
ロダン村で家族が待っているので村で待機させている霊Aの召喚獣経由で、少し遅れると言わないといけないなと思う。
(ゼノフさんも家族がいるだろうに。グランヴェル家に関わる話なのか。なんだか重そうだな。ペロムスたちだけでも先に家族たちの下へ先に行ってもらうか)
ゼノフの故郷はこのグランヴェル領だ。
家族のことについて詳しく知らないが、ゼノフからアレンは、男爵になって領主の館側に立派な館を建てて貰ったくらいの話を聞いたことがある。
グランヴェル家が子爵から伯爵になった時、すぐに、領主の権限でゼノフ騎士団長を男爵にした。
その後、アレン軍に参加しているのだが、たまに男爵家の家長として自らの家に帰っていることくらいは知っている。
「ペロムスは、先に行っていてくれ。明日の8時、この館集合だからな」
「わ、分かっているよ」
「ペロムス、行きましょう。家族が待っているわ」
「うん」
強めに念を押すとフィオナに手を引かれ、事前に準備してあった馬車に乗ってグランヴェルの街のフィオナの実家に向かう。
クレナ村の村長の子供だが、グランヴェルの街の富豪であるチェスターの運営する高級ホテル兼妻方の実家にやってきているらしい。
ペロムスの家族も、今日に向けてチェスターの家にやってきているのだとか。
ペロムスは今回の魔王軍との戦いに参加することになっているので話したい事はたくさんあるだろうと思う。
2人と別れ、食堂に通されると、アレンは思わず声を出そうとする。
「わざわざ娘の大事な手紙を持ってきたアレンもお茶だけでも飲んで帰ってくれ」
「はあ……」
正直、家族に会いたいのだが、セシルが修行を続けているのが悪い。
伯爵、その左右に伯爵夫人、トマス、伯爵の正面にアレン、その横ゼノフという並びで、執事のセバスがせっせとお茶の準備を進めていく。
アレンは出されたお茶とお茶菓子を食べながらセシルが館に帰れなかった説明をする。
(だけど料理長のお菓子は相変わらず美味いな)
昔王城で料理を振舞ったこともある料理長の腕は健在で、スコーンのようにふっくらと焼き上げた菓子が美味い。
従僕だったころ狩ってきた魔獣の肉と交換で貰ったお菓子の味を思い出す。
「古代魔法か。……そのようなものがあるのだな」
「セシルはそれで魔王軍とは戦わないってことなのね!」
「今のところ、修行の成果が得られなければ戦いには参加できません」
「それは良かったわ」
アレンの言葉に伯爵夫人が胸を撫で下ろす。
その横で貴族の務めである魔王軍との戦いへの責務を持っている伯爵は、口に出さないものの、ゆっくりと安堵の息を吐いた。
(無理もないか。魔王軍にミハイさん失くしているし)
人類存亡の危機を前に力をつけて魔王軍と戦う娘に対して、心から喜ぶ親はいないだろうとアレンは思う。
「それにしてもアレンよ。お前が客人となった時の言葉だが、本当に魔王と戦うことになるとはな」
(セシルは不参戦になりそうだけど。なんか昔懐かしだな)
アレンはグランヴェル家の従僕を止めて客人になった際、「セシルと一緒に魔王を倒す」と宣言している。
あれから何年経っただろうか、濃密で激しい時間をアレンは過ごしてきた。
「父上、そろそろお話を進めた方が。アレンにも時間はないようですし」
「そ、そうだな。たしかにそのとおりだ。実は、ああ、そうだ。ゼノフもよく聞いてほしい」
(仰々しな。なんだなんだ)
「は!」
アレンがそんなに前置きを置いて話すのかと前のめりになって聞こうとする横で、ゼノフは座ったまま背筋を正す
「実は晴れてトマスがレイラーナ王女殿下との婚約関係となったのだ」
「お? それはおめでとうございます!!」
「それは素晴らしい。トマス様、やりましたな! お見事でございます!!」
(ゼノフが立ち上がった!? ああ、そうか。レイラーナはラターシュ王国の時期王位継承権一位だっけか。トマスが王配になるのか)
クワっと目を見開いたゼノフが、まるで我が子の成功を祝うように大きな声を上げて立ち上がった。
「早まるでない。我らは元下級貴族、トマスもこれからが肝心なのだ。気を緩めるでないぞ」
「は、はい。もちろんです。でも、侯爵家も逃げ出したし……」
(なんかそれ聞いたことあるような。っていうか、あのお転婆姫の相手はトマスさんしか務まらないだろう)
グランヴェル家の次男であるトマスは王都の貴族院に通っているころから現国王であるインブエルの娘でレイラーナとは知り合いだ。
現在は、パーティー「百花繚乱」を結成し、学園に通う姫とトマスは6歳離れた世話役でありながら恋仲だと聞いている。
何年も前から、国王と伯爵が一緒になってお茶会を設け、ある程度、そのような行動を黙認していることは聞いていた。
さらに、アレンはラターシュ王国の王都に置いた召喚獣経由でたまに伯爵と情報共有をしてきた「すべらない話」を思いだす。
なんでもラターシュ王国でも名門の侯爵家とレイラーナ姫の縁談が進んだことがあったらしい。
レイラーナが縁談を進めるにあたって、どれほど力と度胸があるのか、婿候補とパーティーを組んでダンジョンに入りたいと言い出した。
結果、名門の侯爵家の婿候補は才能があったようだが脱兎のごとく、おしっこ漏らして1日で逃げ出して縁談は破断となった。
その噂が王城内に広まったことで、スケジュールびっしりと埋まっていた王との謁見がぴたりと止まる異例の事態となる。
貴族たちの少しでもレイラーナと自らの息子たちとの縁談が進む可能性を避けたかったようだ。
どうも、トマスとしても自分しか姫の相手は務まらないだろうと諦めている。
「ですが、おめでとうございます。婚礼の儀まで進めばぜひ参加させてください」
「これから成人を進めるにあたって、いくつかの儀礼がある。婚礼となれば是非呼ばせてもらおう。それで話があるのだが……」
(婚約っていってたから、これから婚姻に話が進んでいくのかな。それにしても……)
「お話とはそのことではないのでしょうか?」
「それもあるのだが、その話を受けてというか……」
「はあ?」
「……」
「……」
アレンと無言になった伯爵が見つめ合う。
「なるほど、そういう話か。トマス様の話が進んだのなら、尚更だな」
横でゼノフが納得の声を上げた。
(ん? 今の話だけでゼノフさんは何のことか分かったのか)
伯爵の端切れの悪い言いぶりに、何の話だろうとアレンは考える横で、何やらゼノフが納得している。
夫人とトマスは伯爵が何を話すのか知っているようで、督促するように伯爵に視線を送る。
視線を受けた伯爵がゆっくりと口を開ける。
「……今回のトマスの婚約を受けてのことだが、お前にセシルはどうかという話なのだ」
「え!?」
「言葉のとおり、セシルと結婚するつもりはないかと聞いておるのだ」
今度はセバスの横でアレンがガタンと勢い良く立ち上がった。
セシルとの縁談をグランヴェル伯爵から申し込まれたのであった。





