第788話 応戦準備7日目:監獄長と死神※他者視点
キュベルが口にするのは底なしの絶望だった。
それだけにルプトは黙ったまま聞いていられない。
『そこまで分かってて何故? あなたでも破壊神は止められないのよね。目覚めた破壊神は破壊の限りを尽くし、絶望の世界をもたらすのでしょ。あなたもあなたの作り上げてきた魔王ごっごも終わりを迎えるわよ』
神々ですら止められない破壊神を目覚めさせてどうするつもりなのか。
『勝率を上げる方法があるんだな。これが』
『え?』
『その機会を待っていたんだ。ずっと僕は待っていたんだ。たった1人で……』
『……続けて』
滑稽な道化師の恰好にお面をつけたキュベルに対して、ルプトは哀愁すら感じる。
『集合知力はあれで245体目だよ。シノロム所長は143人目だけど過去にないほど優秀だ。現世の魔王は99人目。今後も何百人の研究者と魔王を待つ予定だったけど、奇跡が起きたね。とうとう魔王が僕の求めた「力」を手にして誕生した。でもさ、気位が高すぎて困っちゃうよ、勝手に魔王と名乗って世界征服は始めようとするし。破壊神が控えているし段取りってものがあるんだよ』
悠久の時の中を生きてきたキュベルの思いが仮面の下から溢れてくる。
シノロムは集合知力であるルキモネを試作8号体と言っていたが、シノロム自身もキュベルが100人以上声をかけ、協力を求めた1人に過ぎない。
『世界を征服する段取りね。いえ破壊神を倒す段取りかしら。どちらにしても100万年とは気の長い話ね』
キュベルの見える世界をルプトは想像する。
どれだけ厳しい状況で100万年近くの間、自らに課した条件を達成するため、神界を欺きながら1人で行動し続けてきたのだろうか。
ルプトは永遠とも思える遥かなる時の流れを感じる。
『神々の行動を予測し、破壊神の力を超えるには万全の準備が必要ってことさ。今なら破壊神と戦うために順序立ててやれば勝算は十分ある。シノロム所長も魔王ゼルディアスも良く働いてくれた。おかげで傍観しているだけで協力してくれないオルドーとかいたけど……。おっと、彼らは元々僕の味方じゃないか』
『何か良く分からなくなったけど、あと少しってわけね。楽しみね』
『楽しみっだって? どういうことかな』
キュベルはルプトの言葉によって自画自賛の自己陶酔から目覚める。
『あなたの頑張りが無駄に終わる瞬間が間もなく来るって意味よ。その時は仮面をとって私にもお顔見せてくれるかしら』
『流石、同じ第一天使だね。性格の悪さは僕と同じで気が合いそうだ。あくまでもアレン君たちの勝利を疑わないか。いいよ、君も僕の劇場の観覧者だ。君が魔王に食べられるまでの間、僕の用意した劇場で苦しむアレン君たちを見ていくといい』
『アレンたちが勝つわ。だから、そんな未来は起こらないわよ』
『ふふ、いい会話ができた。そろそろ劇場が始まるのさ……。僕の考えた歌詞と振り付けで、劇団員たちが歌い踊るために間もなくやってくる。さてと、丁重に迎え入れる準備を完璧なまでに進めなくては』
『もう行くのね』
『ああ、僕には為すべきことがあるんだ。楽しい会話だった。ありがとう』
そこまで言うとキュベルが立ち上がり、ルプトを見ることなく、扉の外へと出ていく。
元来た通路を戻り、キュベルが門番の前に立つと、巨大な扉が自然と締まった。
バタン
『これは、キュベル様、もうよろしいのでしょうか?』
『ああ、ルプト君の行動は僕の予想の範囲内……。まったく勝てないって分かって随分強気に出たもんだよ。何が「僕が負ける瞬間を見たい」だよ……。ん?』
『それは事が上手く進んだ時のルプトの態度は見物でございますね……。いかがされましたか?』
門番の魔神たちが気分良くしたキュベルを持ち上げたところで、何かを思い出したのか、キュベルが固まった。
『おかしいな。あれ? 「見たい」って、なんであんなに確信していたんだろう。僕は見落としをしている? なんだろう、重要な言葉のような気がするな。こんなに心に残るのは違和感があるってこと? ピースの不在?』
『キュベル様?』
横から語り掛けているのだが、キュベルは門番たちに答えることなく考えながら呟いて頭の中の違和感というジグゾーパズルを必死に埋めようとする。
『……だけど、あの感じはルプト君も破壊神の存在に疑問符があった感じだね。じゃあ、イースレイ君は何をローゼン君に言って、アレン君たちに協力させた……。そもそも、何でアレン君にここまで固執するのかな』
『イースレイ君は破壊神を見たことない。でも破壊神の復活を明言できるものが確か精霊の園には……。あ!! あったああああ!! 鏡だ! そうか! 逆なんだ! ローゼン君がイースレイ君を動かしたんだ!! そして、第一天使であるルプト君に協力を求めたんだ!!』
古代神でもない大精霊神イースレイはキュベルと違い、破壊神に会ったことはないと断言する。
ここからローゼンがアレンに拘った理由に思考がたどり着く。
『キュベル様!?』
『先見の鏡だ。先見の鏡で見たのは100万年以上前の過去ではなく、未来? ってことは、アレン君に拘る理由があるってこと? ヘルミオス君でもなく……。そうか!!』
ルプトの会話の中から違和感を覚える箇所の分析を進めていく。
驚く門番の横で口元に手を当て、ルプトとの会話から『破壊神』『アレン』『ローゼン』『先見の鏡』をパズルのピースを矛盾なく埋めるように反芻している。
『ローゼン君は破壊神が三界を暴れる未来を見たんだ! だからはっきりと破壊神の脅威が分かる。だけど、それだとアレン君は? そうか、いや、信じられないけど……。戦っていたとでも言うのかい! 未来で破壊神とアレン君が!! だからこんな回りくどいことをやって僕の邪魔を!! ルプト君も説得して協力させて未来を実現させるために!!』
ルプトとの会話の違和感から精霊神ローゼンの行動原理をキュベルが理解した。
それは自らの行動が無に帰す未来に繋がっていた。
『キュ、キュベル様! いかがされたのでしょうか?』
ようやくキュベルは、門番に向けて視線を向ける。
『僕の考えた未来を邪魔させるわけにはいかない。……監獄長を呼んでくれるかな。開けてほしい封印の間があるんだ。今、たしか魔神王になるために魔王の間にいるはずだから』
『か、監獄長でないと開けられない封印の間ということは……。よ、よろしいのでしょうか』
『うんうん。早くね。ローゼン君が見たものが事実ならイースレイ君も今回の戦いに向けて、きっと動き出す。ガルムもね。きっとアレン君に協力をするよう神々まで誘導するはずだ』
『では、速やかに!!』
『って、扉が!?』
ガチャ
門番たちが動き出そうとしたところで、急に通路に10メートルを超える扉が現れた。
突然の扉の出現に進行を妨げられ、驚く中、扉が開き、中から巨大な何かが出てくる。
『私をお呼びということですね。キュベル様、このブレマンダ、速やかに馳せ参じました。この度は私を魔神王へして頂くため推薦頂きありがとうございます!』
タイミングよく表れたおかげで門番の魔神たちの手間が省ける。
ジャラジャラ
今まさにパワーアップしたてなのか、全身に魔力を漲らせた魔神王が1体現れた。
全長は10メートルを超え、頭には1メートルを超える角が2本生え、歌舞伎の隈取をしているかのような顔面に似つかわしくない丁寧な口調、片手を胸に当て、腰から曲げてキュベルに話しかけてくる。
腰には無数の巨大な鍵が輪に繋がれた物が複数あり、そのうちの1つを手に取って何もない空間に押し当てると扉が現れたようだ。
『うんうん、相変わらず耳が良いね。態々すぐに来てくれたのかい? ブレマンダ監獄長』
『もちろんです。話を細かく聞いておりませんでしたが、私が必要ということは?』
『死神を解き放ちたいんだ。彼にも戦力になってもらおうと思ってね。隠し玉を隠しているほどの余裕はなさそうなんだ』
『よろしいのでしょうか? 彼は確か暗黒神アマンテ様との交渉に必要なため捕らえていたかと聞きおよんでおりますが』
腰を曲げ平伏の態度を取ったまま異論を上げる。
『そうも言っていられないんだよ。これで負けたら奥の手も秘策も使えないからね。第一天使を攫われた以上の力を神界は使ってくる。アレン君の成長速度も未知数だし万全って大事だよね』
『畏まりました。では封印の間はこちらです』
腰にぶら下げていた鍵を1本、空中に差した。
巨躯の体のためかキュベルの背後まで腕は伸び、そこに新たな巨大な扉が生じる。
キュベルとブレマンダ監獄長の2体が扉を抜けて別の場所へ移動する。
監獄長の力で転移した先は監獄の一角で、何十万年過ぎているのか、とても古い扉が目の前に佇んでいる。
『それではキュベル様、左側の扉にある宝玉に手を添えてください』
『こうだね』
『同時にです。いきますよ。3、2、1……』
左右に開く扉の、右側の扉の宝玉に監獄長が手のひらを当て、左側の扉の宝玉にキュベルが手のひらを当てた。
ブンッ
ゴゴゴゴッ
2体の魔神王の魔力に反応した宝玉が光り出し、扉がゆっくりと開いていく。
封印が解けた扉の先は大広間となっており、その中央でぼろ雑巾が丸まって落ちている。
『あれでしょうか。随分朽ち果てていますが……』
監獄長がゆっくりと封印の間に足を入れると、長い年月、誰も踏み入れたことがないのか、埃で足跡が生じる。
『大丈夫。彼はこれくらいで死なないから。いや、死は彼にとって専売特許だよ。ねえ、死神クリーパー。お仕事の時間だよ』
カッ
ぼろ雑巾だと思っていたものは死神の外套であった。
埃被ったぼろ雑巾から体を起こし、外套の隙間からは何がいるのか分からない。
実体のない体の頭の部分に2つの赤く光る目玉がキュベルを捉える。
『……仕事? その声はキュプラスか。随分ふざけた格好をしているな……。だが、貴様との会話などするつもりはない。よくも俺を閉じ込めてくれたな! 死ぬがいい!!』
ブチッ
『いけません! 封印の鎖の効果がありません!! こんなに容易く!?』
胴体から上しかない死神が動き出すと、ルプトと同様に床石から埃に隠れていた無数の鎖が現れる。
死神がキュベルの下へ突っ込んでいくと、床石に体を無数の鎖に縛られていたのだが、容易く封印の鎖を引き千切ってしまい、まっすぐ突っ込んでくる。
向かいながら両手から神力を込めると巨大な漆黒の大鎌が現れる。
両手で力強く掴み、キュベルに向かって思いっきり振り下ろした。
『キュベル様!? 無限障壁!!』
『ふん、この程度の障壁!!』
キュベルに当たる寸前で魔神王に強化された監獄長が膨大な魔力を込めた強固な障壁が大鎌の刃から防いだ。
メキメキ
バキバキッ
『ば、馬鹿な! 魔王様に強化していただいた私の障壁が!? キュベル様、お逃げください!! このままでは!! もう保ちません!!』
障壁を生むことに自信があったのか、死神の刃で「無限の障壁」をスキルを使わずに易々と蜘蛛の巣状のヒビが生じ割れていく様に驚愕し、キュベルに撤退を進言する。
だが、キュベルは平然と棒立ちしながら、死神が障壁を破壊する様を仮面の下で静かに見つめている。
バリンッ
とうとう完全に障壁を破壊した死神の漆黒の刃が、キュベルの顔面を覆う道化師の面目掛けて迫ろうとした。
『素晴らしい力だ。暗黒神様の刃は健在か。暗黒神様に会いたくはないかい?』
『アマンテ様にだと!!』
顔面を切り裂こうとする寸前で刃が止まった。
『そうなんだ、僕らは神界を攻めて時空神から時空管理システムを奪ってね。まもなく暗黒界とも繋がりそうなんだ』
『……続けろ』
『良かった。話を聞いてくれる気になって。暗黒神様の下へ案内するからちょっとお願いがあってね。露払いってわけじゃないけどその大鎌を振るってほしい相手がいてね……』
長い年月の過ぎた封印の間でキュベルと死神クリーパーとの会話が続いていく。
魔王城の中で、キュベルが着々とアレンたちとの戦いに向け準備を進めるのであった。





