第784話 応戦準備7日目:集合知力①※他者視点
アレンたちが魔王軍との攻略を進めているころ、7日目となる日も魔王軍も応戦準備で動き続けていた。
ここは魔王軍の基幹部分の1つで、中央大陸の北部に存在する忘れ去られた大陸のとある施設で「集合知力」の活動拠点だ。
『ふっ、ふふ~ん。いや~ここに来るのは久々だな~』
魔王軍最高幹部の一角にして戦略と戦術を練る参謀キュベルは、細い足場をスキップするように施設内を歩いている。
ドクンドクン
この施設は、巨大船を改造するドックを思わせるほど大きく、建物内は吹き抜けとなっており、ほとんど空洞で何もない。
キュベルの足場は、シアが風神ヴェスと試練を受けたように、幅10メートルほどの足場が建物中腹の高さを横に、崖を渡る吊り橋のように伸びている。
キュベルはとても長い橋の上を中央に向かって軽快に歩いていた。
ドドドドドッ
数百メールの高さの建物は床から上空まで吹き抜けているのだが、足元の底で、建物の空洞の3分の1を埋め尽くすほどの巨大何かが心臓音のようなものを鳴らし蠢いていた。
骨格がないのか、ぎりぎり原形を留めた塊は、巨大な目と口が1つあるのが特徴的だ。
全身を数十万の目で覆われており、全身から目玉と同じくらいの数の触手をニョロニョロと伸ばしている。
キュベルが建物の大きさに比べたら糸ほどに細い通路を歩いていると、海から競り上がる海坊主の化け物のように、足元から覗き込んできた。
ギョロギョロ
『きゅ、キュベル様……』
無数の目玉の化け物から巨大な口をゆっくりと開け、苦しみから助けを求めるようにキュベルに話しかけてくる。
『うんうん。今日も「集合知力」は元気そうで何より。僕は「餌」じゃないから襲ってこないでね。おっと、いたいた。おーい!! おまたせ~!!』
『いえ、私は「集合知力」ではありません。私の名は……』
キュベルから「集合知力」と呼ばれた何かは巨躯の全身を使い、否定するように全身を横に震わせるが、キュベルはその答えに興味がないのか、視線を正面に戻した。
キュベルが移した視線の先には魔王軍総司令オルドーや魔獣兵研究所長シノロムがいた。
さらに20人ほどの魔族たちもいるようだ。
建物の中央付近は細い足場から床に変わり、縦横100メートルほどの足場を設けている。
オルドーやシノロムの背後で無数の魔族たちが席を弧に3列ほど並べ、目の前のタッチパネルを叩いている。
『遅いわ!! 定刻はとっくに過ぎているぞ!! ここは貴様の持ち場であろう。なぜ我よりも遅れてやってくる!!』
『も~。僕もあっちこっちアレン君たちを迎える準備に忙しいんだよ。そんなに怒んなくったって~』
時間にうるさいオルドーの一喝が巨大な建物内に響き渡ると、キュベルとシノロムが息を合わせたかのように両耳を塞ぐ仕草をする。
「騒がしいのじゃ。儂の作った『集合知力』がびっくりして計算を間違うじゃないか!!」
そう言うシノロムの声もかなり大きい。
『たしかにね。情報収集に誤差が出てしまっちゃ悪いでしょ』
『何故、我が責められる!?』
2体がかりで攻められる背後では、角が生えておらず白衣を着た研究員のような魔族たちが数十人、手元の小型のディスプレイの表示を見ながら何やら呟いている。
「座標8245地中0541、南西に水平に進む魚型の召喚獣の魔力確認。ゴルドメル要塞に破壊対応を依頼」
「座標1790地表0023、ヘルゼス要塞より1点の転移先箇所の破壊完了報告受入」
「座標8251上空1178、新たな鳥型の召喚獣2体の侵入確認。侵入経路割り出します……。対応依頼と伝達要塞候補を同時に……」
「座標3345地表0020、マロッセ要塞からの2点の転移箇所の破壊報告遅延。破壊要請再度伝達」
「座標8455地中0549、ゴルドメル要塞より1体の魚型の召喚獣を破壊完了報告受入」
「座標12099上空0501、南の海岸沖、巨大な鳥型の召喚獣が距離を取り飛翔中。警戒して監視を継続」
魔族たちが目の前のディスプレイを見つめ、忙しなく叩くタッチパネルは机上から電力ケーブルのようなものが伸びている。
ただ、そのケーブルは電線というには生物的で、人の動脈のように脈打ち、そのまま床石を這いながら1本にまとまり、足場の遥か先へと延び、無数の触手と目玉の化け物の「集合知力」と結合している。
『あああ……。苦しい』
計算処理を「集合知力」が行っているのか、魔力を消費し魔族たちがタッチパネルを操作する度に体の至る所にある目玉の前に魔法陣を生じさせているのだが、中には眠っているのか閉じたままの目が体表にまばらに点在する。
『……それにしても、アレン君ったら諦めが悪いね。毎日毎日、こんなことをしても「集合知力」は看破できないよ』
「ひょひょひょ! そのとおりですじゃ。100万人以上の才能がある者たちを餌に成長した『集合知力』は数百万の知力に達するのじゃ。小賢しいだけの人族の浅知恵で魔王城の攻略は不可能じゃて」
ケラケラと笑うシノロムが胸を張って勝利を宣言した。
数十万の知力のあるアレンであっても、シノロムが開発した『集合知力』とは言葉通り桁違いで知恵比べしても勝てないようだ。
『たしかにな。シノロム長官よ。要塞を落とした際、貴様が才能ある者たちを回収せよと言った意味がようやく分かってきたぞ』
話としては聞いていたが所管ではないため、初めて足を運んだオルドーが、『集合知力』による防備体制に感心する。
『確かにね。あれれ? この子らは?』
『んんん!?』
『きゅ、キュベル様お助けを!!』
『オルドー様! 次こそは速やかに指示を全うします!!』
『ええい黙らぬか! 餌の分際で!!』
キュベルは「集合知力」の指令場所の隅で、10体ほどの魔族が手足を芋虫のように縛られ転がっていることに気付いた。
ここに運んできた者たちなのか、指揮官役の上位魔族がキュベルの視線に気付いて救いを求める者たちを叱責する。
「ああ、そやつらは指示に遅れたから罰で集合知力の餌になってもらうことにしたんじゃ。集合知力も1日中思考して疲れておるからの。ほれ、さっさと突き落とさぬか」
『たしかにな。魔王城へ攻められるかもしれぬ大事な時。たしかに、不手際があるなら万死に値するな』
六大魔天の数が減ったことに魔王への忠誠の厚いオルドーが不手際を起したと聞いた魔族たちを睨みつける。
神界を襲撃した際に、第一天使ルプトを攫うため、3体もの六大魔天が倒されてしまい、残りは自らを含めて2体しかいなくなった。
【六大魔天の状況】
・オルドー:健在。六大魔天の長にして魔王軍総司令
・ルキモネ:健在。キュベル直轄の配下
・ドライゼン:倒される※WEB版ではまだ登場せず
・マーラ:神界で倒される
・ガンディーラ:神界で倒される
・ビルディガ:神界で倒される
※参謀キュベルは六大魔天ではない
※バスクは脳筋だから役職はない
※シノロムは所長だがただの魔族
『しっかり務めを果たさぬからだ!!』
『や、止めてくれえええええ!!』
指揮官役の上位魔族が2体ずつの魔族たちの首を掴み、そのまま奈落のように深い足場の下に突き落としていく。
『あははっ、私の仲間たちだ……』
シュルシュル
床に広がる巨大な触手がどんどん投げられる魔族たちを、四肢や胴体を掴むと、そのまま万力のような力でゆっくりと締め上げる。
『うご!? ぐ、ぐるしい。ぐぎゃあああ!?』
『の、飲まれてしまう!?』
『何卒、お助けを!? 集合知力にはなりたくない!!』
蛇がネズミを捉える際にまとわりつくように1体1体の魔族の全身を覆うと骨が砕かれ、内臓を口から吐き出し、阿鼻叫喚が足元から沸き上がってくる。
魔族を捉えた触手が眼下の本体に向かうと、触手ごと集合知力の無数の目玉が覆う本体に取り込んでいく。
完全に飲み込むと、閉じていた目玉が1つ、また1つと開いていく。
その目は先ほどの絶叫し、絶望した魔族たちの目つきによく似ていた。
「よしよし、魔王軍の要塞が中央大陸からなくなってしまったからの。おかげで才能ある人間たちを集合知力に『栄養』を取り込ませるのに苦労するわい。まあ、要塞に情報を遅らせたのはワザとなんじゃが」
彼ら要塞で務める魔族たちの対応が遅れ集合知力に取り込まれたのは、シノロムが『栄養』を与えるための作戦であった。
『アレン君たちに中央大陸の拠点は奪われちゃったからね。でも、これまで数十年かけて、じっくり100万を超える才能ある者たちを回収した成果だね。集合知力をここまで仕上げるなんて流石だよ』
「まあ、最初は中央大陸ばかり攻めて人種を偏らせるばかりだから困ったものじゃ」
魔王軍の作戦が当初、中央大陸ばかりに偏っていたため、集合知力の完成が遅れてしまった。
種族を分けるためなのか、三大陸同時攻めに作戦を変更した。
要塞ごと倒した際、兵たちの多くを回収し、このような化け物を作り上げていたようだ。
結果、戦場で人々は魔王軍が要塞ごと皆殺しにするという噂が生まれることになった。
才能あるものたちを化け物に取り込み続けた結果、集合知力は人類では到達できないほどの知力があるようだ。
ここは魔王軍の作戦立案に必要な計算処理をするために設けられた場所だ。
キュベルはシノロムの成果である眼下の化け物を作り上げたことを称賛したのだがオルドーが疑問に思ったようだ。
『ぬ? 何だと。だが、ワザとはどういうことか? アレンどもに隙を見せてどうするというのだ?』
集合知力の糧になるために魔族たちが生贄になったが、わざわざ攻められる突破口を見せる理由が分からないとオルドーは言う。
「集合知力はアレンの思考を完全に捉えておりますのじゃ。じゃが完璧すぎると……」
『逆に予想されるってことだね。だから細かい作業は要塞に伝達し、人手を介することによってワザとエラーを生じさせる。アレン君たちが10日後に攻めるとすぐに割り出したのもさすがだよと思ったよ。ちなみにもう一回聞くけどアレン君たちは……』
『アレンたちが10日後に攻めてくる確率は99・9999%です』
キュベルの言葉に即座に計算をして「集合知力」が答える。
『じゃあ、攻めてくる時間帯は……』
『人間たちの活動を予想すると無数の種族による一斉攻撃が考えられます。日の光などで時間を合わせやすく、ルプト奪還に時間的に余裕のある12時きっかりに攻めてくる確率が一番高く99・9987%です。次点では……』
『どうやっておるのだ。確率ということは無数の可能性を考えていると言うことか?』
「そのとおりですじゃ。オルドー総司令様、この集合知力は100億回の計算ができるのじゃ。この辺の答えは1日目からほとんど変わらぬ。儂の研究成果のなせる業じゃて」
シノロムが胸を張って自慢する。
『……100億回も計算したのか』
「一度に100億回じゃ。それを何千回も何万回も計算させておるぞ」
シノロムの「100億回」の計算という言葉をここまでの話の流れで得心がいったようだ。
『頑張っております。魔王軍総司令オルドー様、私にお褒めの言葉をください……』
オルドーが感心していると集合知力が自らの働きを認めてほしいと巨大な1つの目玉を向けて語り掛けてくる。
『……たしかに素晴らしい働きだ。集合知力にして六大魔天ルキモネよ。貴様が入れば魔王城の防備は完璧よ。しっかり頼むぞ』
魔王軍総司令として、六大魔天の一角であるルキモネに激を入れる。
『ああっ! お任せを!! 私はルキモネ、六大魔天にして魔王軍の幹部。神々を凌駕する知恵を持つ者。魔王城の防備は私の役目……』
集合知力のルキモネが巨大な1つの目玉が目を潤ませ、オルドーに対して礼を言うのであった。





