第779話 攻略準備4日目:戦略艦①
アレンが今後の魔王軍との戦いを有利に進めるための情報収集と転移先の設置のため、鳥Eや鳥Aの召喚獣を派遣した。
だが、魔王軍は何十年も人族たちへ侵攻し、忘れ去られた大陸自体への侵攻をほどんど受けてこなかったが、自らが攻められることを想定して準備を進めていた。
人族が肉眼では視認できないほどの高度に飛び立つ1体の鳥Eの召喚獣を、魔力探知の魔導具を持った研究員の姿をした魔族が捉えると、弓使いが弓に矢をつがえた。
上位魔神がメキメキと力を込めて矢を引くと、全身が陽炎のように揺れていく。
(エクストラスキルを使うみたいだ! いったん退避だ。沖合に逃げろ!!)
『ホーミングアイ!!』
バッシュッ
『ピイッ』
矢が上空に向けて弓から放たれる直前に、アレンの指示が鳥Eの召喚獣に伝わり、Uターンするように進行方向を変えて、寸前で弓矢は鷹の翼をかすめて有らぬ方向へと飛んでいく。
(成長させたからな。上位魔族に後れを取るわけなかろう。だが、ばれてしまったな。この辺り一帯での行動が制限されるな。ん?)
ギュイイイン
鳥Eの召喚獣の上空を突き進むが、上位魔族の弓使いの魔力によって、矢の軌道を変えていく。
『ピイッ!?』
沖合に逃げようとする鳥Eの召喚獣の背中目掛けて矢が着弾した。
(無事か!? 体勢を立て直し、高度を上げろ! 追撃が来るぞ!!)
矢を受けてしまったダメージで、上空で大きくふらついたものの体勢を立て直し、再度飛行を続けようとした。
だが、ダメージの結果、他の上位魔族にも分かるほど高度を下げてしまっていた。
『あそこか!! 落下してくるぞ!!』
弓使いが攻撃を当てたことで、指揮官の上位魔族が視認することができた。
その横で杖を持った上位魔族が詠唱を続けている。
成長レベル9であっても戦闘タイプではない鳥Eの召喚獣の背後からの攻撃は堪えたのだが、下降したことで上位魔族の魔法使いの攻撃範囲に入ってしまった。
『エビルファイアーランス!!』
当てやすいよう狙ってか範囲魔法で単体の対象の鳥Eの召喚獣の行く手を遮ってくる。
さらに、指揮官の上位魔族が魔力を込めた大剣を振るった。
『絶対に逃がすな! ブレードアタック!!』
『ピィッ!?』
無数の攻撃を受け、鳥Eの召喚獣は大きな鳴き声を上げて光る泡へと変わる。
『鳥Eの召喚獣が1体倒された』
無情にも魔導書のログには鳥Eの召喚獣が倒されたログが流れてしまう。
(またやられてしまった。巣もすぐに破壊されたし。この辺りも敵の包囲が厳しいのか。他に比べて破壊されていなかったから行けると思ったんだがな。攻め込む隙を見つけなくては……)
忘れ去られた大陸は海岸線の多くは視界が良好なように3キロメートルほどに渡って、岩や氷山を取り除かれ、道路か空港の発着場のように、整備された地形が続く。
さらに障害のない見晴らしのよい場所を見下ろすように要塞が100キロメートルから200キロメートル単位で沿岸を全て覆うよう鎮座し、監視のために周囲に魔族を派遣してくる。
何十年も攻められたことがないとは思えないほどの厳戒態勢だが、魔王軍幹部より10日以内にアレンたちが攻めに来ると知らせを受けているのだろう。
今回は4日間の調査でまだ氷山や岩場が多少だが残っている死角の多い場所を選んで、今後の魔王軍との戦いに備えて「巣」の設置をしようと進めたところで、敵の警戒網の中に入ってしまったようだ。
アレンが思考を進めていると魔導書のログがさらに流れていく。
『鳥Eの召喚獣が1体倒された』
『鳥Eの召喚獣が1体倒された』
警戒網に引っかかって残りの鳥Eの召喚獣も倒されてしまったようだ。
(残り2体のホークは1キロメートル以上上空に逃がしたのだがな。こっちは空飛ぶ魔獣と要塞からの対空攻撃をよけきれなかったな。まったく恐れいったぜ)
あらゆることを想定して、日々、情報収集を務めているのだが、容易に敵の穴を突けそうにない。
「……」
「アレン様、いかがされました?」
無言のアレンに違和感を覚えたようだ。
背後を見せていてもアレンの表情の変化がすぐに分かるソフィーが、心配そうに尋ねてくる。
「ホークもツバメンも全部やられてしまったようだ」
「まあ!? またでございますね。では魔王軍攻略の作戦は変わってくるのでしょうか」
「そうだな。俺たちだけでは手が足りないな」
(さて、このまま要塞を破壊し、魔王軍の力を削ぐことにホルダーを割くわけにはいかないぞ)
アレンは今、創生スキルのスキルレベルを上げるため、カードの大半を魚系統に振り分けている。
剣神ネスティラドの戦いの時はバランスの良いカード構成だったが今は創生スキルの使用速度を優先している。
魔王軍の鉄壁の守りを崩すならカードの構成をリバランスして、攻城戦に備えた虫系統や竜系統を増やす必要がある。
それなら、敵の軍事力を削るため、虫Aの召喚獣などの軍隊を作って、要塞を10月1日の期日までにいくつか破壊することはできるだろう。
だが、これでは本末転倒で魔王軍幹部や魔王との戦いを控えて創生のスキルレベルを上げ、メルスやリオンを強化して対抗するという目標は果たせない。
戦場に必要な回復薬も十分に用意できないだろう。
それは魔王軍に攫われた第一天使ルプトを救えない結果をもたらすだろう。
鳥Aや鳥Eの召喚獣を派遣するだけに留めるなら、創生スキルの解放によりメルスやリオンは格段に戦力が上がることができる。
「そうだな。大陸まるごと要塞化は恐れ入ったぜ。これは作戦を練り直さないといけないな。リオン、ドックの様子を確認してくれないか」
『む? 昨日からの進捗の確認だな』
会話の流れでアレンは創生スキルを手伝うリオンに新たな指示を出した。
大雑把な性格で手先不器用で、創生スキルや生成スキルの卵や天の恵みの収穫が下手なリオンはこの4日間でもあっちこっちに行ってもらっている。
アレンやメルスは創生スキルや生成スキルで忙しいため、この場はあまり離れられない。
霊Aの召喚獣だとアレン軍や各国代表だと慣れており問題ないが、それ以外だと相手が見た目から恐れて細かい状況の確認が進まない可能性もあった。
そこで老齢な人型の姿をしており、特技「伸縮自在」で身長を100メートルにも2メートルにも変えられるリオンは都合が良い。
(ゴリマッチョな爺さんだけど。皆、話しやすそうだし)
元、法の神アクシリオンは徳の高い神だったのか、神であるのに偉ぶらず、人々に打ち解けるのが上手いようだ。
「ツバメン頼む。終わったらすぐに帰ってきてくれ」
『うむ!』
『ピピッ』
帰り用に鳥Aの召喚獣を肩に乗せたリオンを、別の鳥Aの召喚獣が覚醒スキル「帰巣本能」で転移する。
リオンが転移したのはバウキス帝国の帝都ドンバオの横を流れ、下流にある港町ヘラタナという町だ。
メルルの生まれ故郷で帝都やS級ダンジョン1階層の街に比べたら随分穏やかなのだが、この町は帝国に3本の指に入る巨大な築造施設があった。
巨大な魔導船を作るために作られた『ドック』で建物の全長3キロメートルを超え、船の進水式ができるよう海底の土が掘り返され、天井までの高さは1キロメートルにもなる。
普段は、この巨大なドックによって製造された魔導船が世界に販売され、戦艦の魔導船の点検や修復に使われている。
だが、1日目に行われたWEB会議でアレンとバウキス帝国皇帝との交渉の結果、今回は魔王軍との戦いに備えた準備で使用されることになった。
リオンはドック内の管理監督ができるよう見晴らしのよいところに足場が設けられた場所に転移した。
ドックの外壁に設けられた執務室で、そこからは管理監督ができる足場が設けられ、足元には昇降の魔導具が取り付けられており、現場にもすぐに向かうことができる作りとなっている。
「お、おおお、これはリオン殿。今日も見学ですかな」
(今回もバウキス帝国軍第一艦体整備長官タジジスさんが対応してくれると)
3つある巨大ドックの中で、現在このドックに最高責任者の第一艦体整備長官タジジスが駐在している。
タジジス長官は50過ぎた、室内だがハットを被り、胸にいくつもの勲章をつけた最上級の将兵の恰好をした恰幅の良いおっさんだ。
少々驚いたものの毎日、転移してやってくるので当たり前のように迎えてくれる。
『うむ、そうだ、タジジス殿よ。忙しい中だが状況を確認したい。よろしいかな?』
「もちろんです。アレン総帥にもよろしくお伝えください」
アレン軍の配下というわけではない、バウキス帝国の軍属であるのだが、アレンにも「総帥」をつけてくれる。
(俺も共有で見てるけど)
創生しながらもアレンの知力なら同時並行で確認も可能だが、会話の流れはリオンに任せることにする。
アレン軍に所属し、ララッパ団長に仕える魔導具の扱いに優れた10人のドワーフたちは現在、別の任務で魔法神の研究所にいる。
結果、ドック内の準備はバウキス帝国が主導し、アレンは召喚獣を使って情報の共有や作業依頼をするに留まっている。
(おお? 戦略艦が、昨日まで1艦だったけど2艦になっている)
戦略艦とは戦略級戦艦の魔導船の略だ。
『ほう。追加された戦略艦は、これはプロスティア帝国から提供されたものかな?』
「はい。1艦はプロスティア帝国から今回の作戦用に貸与を受けたものです。この前お話のとおり、もう1艦はバウキス帝国にある既存の『戦略艦』と同様に改造を本日より開始しています」
タジジス長官はガラの悪いガララ提督と違って、アレンの召喚獣にもにこやかに対応してくれる。
高さ数百メートルに建てられた監督用の足場の下では、全長500メートル超級の巨大な魔導船が2艦、縦一列に並べられている。
足場に固定されており、船底が数十メートルも浮いていて、その下で何やらドワーフたちが目に見えるだけで数千人単位で作業しているようだ。
(自らの戦略艦を提供したか。プロスティア帝国も3艦のうち1艦を貸してくれて助かる)
アレンはリオンの意識の中で魔王軍との戦いに備えた戦略艦の状況を確認するのであった。