第778話 攻略準備4日目:忘れ去られた大陸の魔族たち
魔王軍との戦いに備えた4日目の朝だ。
アレンはグラハンの新しい覚醒スキルの分析が終わった後、3時間ほど仮眠を取って創生スキルのスキル上げに勤しんでいる。
拠点内の仮眠室に設けた草Fの覚醒スキル「ハーブ」の香りを吸っているおかげで3時間の睡眠でも半日寝たほどの効果がある。
それでも仲間たちの誰よりも遅く寝て、さらに、誰よりも早く道場内に戻って創生スキルを上げるアレンをソフィーは心配そうに見つめている。
同じく普段よりも短めの睡眠から目覚め、朝早くからクレナやドゴラたちの大声が剣神の道場内に響き渡たる。
「やあ!!」
『おら、しっかり体幹使え! そんなんじゃ秘奥義使いこなせないぞ!!』
「へぎゃば!? まだまだ!!」
剣神の修行が前日よりも明らかに激しさを増していた。
打ち込んだ剣を難なく受け流し、剣神は足払いを行って、クレナの全身が縦に回転する勢いで舞い上がり、顔面から床板に叩きつけられた。
まだ昼には随分時間があるが、クレナが床板に転がるのは何十回目だろうか。
だが、それでも気迫をさらに増し、クレナは剣神に向かっていく。
『よし! その意気だ!!』
(仲間たちが昨日に増してやる気が漲っているな)
『アレン殿が率先して剣神との試練に臨んでくれたからだろう』
アレンの思考を読むようにメルスが答えてくれた。
共有は一方通行で召喚獣の意思や感情を召喚士だけが知るわけではなく、双方向に感じることができる。
「そうか。まあ、できることをしたまでだからな。おかげでグラハンを強化できたし。ん?」
ブンッ
『1体の鳥Aの召喚獣の巣が削除されました』
「どうかされました? アレン様」
メルスとの会話に聞き耳を立てていたソフィーが振り返って反応する。
「いや、巣が破壊されたぞ。巣の設置はかなり厳しいようだな」
「それは電撃作戦が上手くいかないということでしょうか?」
「そういうわけではないが易々と勝たせてはくれないようだ」
(だが、まだ2か所あるし。さて、これまで真剣に調査を進めてこなかったが、難攻不落の体勢を取っていたのか)
アレンはこの4日間、魔王軍との戦う準備をしてきた。
それは、アレン軍、勇者軍、ガララ提督軍による作戦を練ることや、プロスティア帝国を含めた5大陸同盟プラスワンを中心とした各国の連携、アレンの仲間たちのさらなる強化、召喚獣による回復薬を作り、自らの創生スキルの向上などを進めてきた。
作戦を進めることと並行してアレンは鳥Eと鳥Aの召喚獣による忘れ去られた大陸の調査を進めてきた。
10日後に魔王軍に戦いを有利に進めるための戦術を練るためにも、情報収集と事前準備は欠かせない。
忘れ去られた大陸は、魔族が支配する大陸で中央大陸の北方にある。
魔族の中から誕生する魔王が治めており、キュベルの話が本当なら魔王城が、楕円状に東西に伸びたこの大陸の中央付近にあるはずだ。
また神界に通じる審判の門を竜王が治め、暗黒界に通じる審判の門を魔王が支配してきたらしい。
(暗黒界か。魔王を倒した後、ゆっくりと攻略してやろう)
暗黒界は魔王を倒した後の特別なボーナスステージだと、アレンの中でカテゴリーに入れられている。
魔王軍と戦い、ルプトを救出するため、いくつか作戦を考えており、忘れ去られた大陸への上陸が必要だ。
鳥Aと鳥Eの召喚獣には巣の設置と偵察のそれぞれ役目を与え、中央大陸北部から前哨戦のため向かわせ続けている。
なお、毎回中央大陸の要塞から飛び立たせると時間が掛かるので、忘れ去られた大陸南端の沖合にある島のうち、魔王軍が要塞化していない数ヶ所の孤島に巣を設置して鳥Aと鳥Eを向かわせ続けている。
召喚獣たちを向かわせたことで知ったのは、忘れ去られた大陸は荒涼とした岩の大地で、かなりの部分が氷で覆われていた。
まるで地球でいうところの氷で閉ざされた南極を思わせる環境だ。
なお、中央大陸よりもさらに北部に忘れ去られた大陸はあるのだが、元々、この世界は平面で球体の世界ではない。
たまたま最北の大陸が地球の北極や南極と同じ環境だったが、神々の力なのか別の自然現象が働いていると思われる。
大陸の沿岸には氷山が海面を覆い、大陸には激しい横殴りの嵐のような雪が降っている。
氷に覆われ、たまに見せるむき出しの岩肌の大地が広がり、沿岸部を中心にいくつもの岩で作られた要塞都市、要塞、防壁などが見られる。
忘れ去られた大陸は現在の魔王ゼルディアスが誕生して120年近い年月が過ぎている。
どうやら、魔王が起こした魔王軍は大陸が攻められないよう長い年月を掛け防衛の準備をしてきたようだ。
(まったく、これまで本格的に人間たちが魔王軍と忘れ去られた大陸に攻め入る機会なんてなかったのに、なんて物を作ってきたんだ。これもグラハンに背後から暗殺されたからか)
魔王の前世である1000年前、ギアムート帝国の恐怖帝と呼ばれたゼルディアスは、身内の最側近とも言える近衛隊隊長のグラハンによって殺されている。
結果、どうやって転生したのか分からないが、前世の記憶からなのか魔王になっても随分用心深いようだ。
魔王軍の侵攻が始まって50年以上過ぎたが、人々が忘れ去られた大陸を攻めたことはほとんどない。
そもそも、中央大陸の北部はアレンが現れるまで、かなりの領土を魔王軍に支配されていた。
人々が忘れ去られた大陸を攻める余裕などなかったのだが、魔王は侵攻を受ける準備に余念がなかったように見える。
この4日間、アレンは強襲による電撃作戦を敢行するために、大陸の沿岸付近から状況を把握し、さらに、鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を発動するに有効な「巣」の設置場所の選定を進めてきた。
「巣」さえ設置できれば、半径1キロメートルの範囲内の軍を一気に転移することができる。
昨晩から朝にかけて沿岸付近に4つの「巣」を設置していたのだが、そのうちの1つの「巣」が破壊されたと魔導書の表紙にログが流れた。
(要塞から随分離れた岩陰に設置したのだが……)
鳥Aの召喚獣の設置した「巣」が破壊されたのは今回が初めてではない。
忘れ去られた大陸の沿岸付近は上陸の難しい断崖絶壁や砂浜、さらに流氷が接岸したところまで多様に存在する。
また、魔王軍の要塞は大陸周辺を囲い込むよう設置されているのだが、配置している場所の距離は要塞間であったり沿岸までの距離までバラバラだ。
どこが有効か、何度も試行錯誤をして、視覚的に見つかりにくいように「巣」を設置したのだが、その度に今回のように破壊されたというログが流れる。
(さて、他の巣はと。む? だれか巣に近づいてくるぞ。ホーク、そのまま上空から状況を確認しろ!!)
何度も「巣」が破壊されたこともあって、別に設置した「巣」の状況把握するため鳥Eの召喚獣を、人が肉眼で見ることが厳しい上空に待機させていた。
「ここです! こちら前方30メートルの岩陰にあります」
『うむ』
青白い肌の魔族が駅弁売りのように魔導具を肩から掛けている。
魔導具にはソナーのような画面があり、何やら点滅している箇所に向かっているようだ。
背後には数体の模様があり紫に近い褐色肌に、角まで生え体格の良い上位魔族たちを従えている。
魔族に連れられた3体の上位魔族たちは、鎧やローブなどで身を包み、大剣や杖や弓矢などの武器をそれぞれ握りしめている。
(この弱弱しい研究員が本来の魔族なんだろう。どうもシノロムあたりの研究機関が魔族や上位魔族を強化しているみたいだな。魔改造かよ)
角が生えておらず強化されていない魔族は白衣を着ており、魔王軍の研究員か何かのようだ。
アレンは数百メートルの上空を飛んでいる鳥Eの召喚獣で何が起きているのか様子を伺う。
要塞から出てきたところから特技「鷹の目」で様子を伺っているのだが、魔族たちがまっすぐ昨晩の闇夜に乗じて設置した「巣」へと向かっていく。
魔導具を肩から掛ける魔族は、どうやら「巣」の設置が分かるようだ。
(距離を取り過ぎていて口パクでしか何言っているのか分からねえな)
鳥Eの召喚獣の特技「鷹の目」によって、表情や口の動きで何を言っているのかアレンは把握する。
『よし、あの当たりの氷塊だな。この辺で離れておれ。我が敵の策を破壊しよう。バスターブレード!!』
岸辺に漂着した氷塊に向かって、大剣を持つ上位魔族がエクストラスキルを発動したようだ。
大剣から放たれた衝撃が地面をすべるように切り裂いていく。
ズガガアアアアアアン
『1体の鳥Aの召喚獣の巣が削除されました』
魔導書に新たなログが流れ、氷塊ごとアレンの設置した巣を破壊してしまったようだ。
地面や船の中などに設置する「巣」は、設置した場所が完全に破壊されると「巣」を維持できない。
(くそ、そんなに全力で破壊しなくてもいいじゃないか。いやいや、魔導具で探知できる時点で無理か。何度も「巣」を破壊してコツを掴んでいるじゃねえか。情報が全ての要塞に筒抜けとみてよいか)
氷塊の原形を残してくれていたら「巣」は維持できたのだが、エクストラスキルであたり一帯を破壊されてはさすがに厳しい。
(転移しての戦いは邪神教との戦い以降、活用しまくってきたからな。当然の対策か。頑張って隠したのに……)
アレン自身が神出鬼没のように世界中に転移し、数千の兵を一気に移動させ戦ってきたため、魔王軍との戦いに控えた大事な時に、作戦が筒抜けになり、対策まで練られてしまっていたようだ。
さらなるログの流れにアレンは絶句する。
『1体の鳥Aの召喚獣の巣が削除されました』
残りの1つも破壊され、昨晩から設置した全ての「巣」が別の要塞からやってきた魔族たちに破壊されてしまった。
さらに、魔王軍の行動は終わらなかった。
「上空、280メートル。北緯80度に敵がいるとのことです!!」
『なんだと! あれか!!』
共有した鳥Eの召喚獣の特技「鷹の目」が、弓を持つ上位魔族の1体と目が合った。
弓を持った上位魔族が「遠目」のスキルを発動し、鳥Eの召喚獣を捉えていた。
(ホーク逃げろ。見つかっているぞ! その場を離れろ!!)
『ピイッ!!』
魔族たちの持つ魔導具の索敵能力で、上空を飛ぶ鳥Eの召喚獣まで発見されてしまうのであった。





