第776話 攻略準備3日目:剣神戦③
アレンは右腕の肘の付け根から先を切り落とされ、自らの剣と一緒に床板に転がってしまう。
「ど、どうしましょう……。フォルマール、助けに行かなくては!!」
「ソフィアローネ様、アレン殿はまだあきらめていないようです」
アレンが腕を切り落とされてしまう状況に、困惑したソフィーがフォルマールに何とかするよう慌てて声を荒げてしまった。
だが、フォルマールは剣神と相対するアレンの表情が試合続行の意思を示していることから、割って入るべきではないとソフィーを冷静に諭す。
「まじかよ。俺も斬撃が見えなかったぞ……」
アレンの腕が宙を舞うまで何をしていたのか分からなかったとドゴラは言う。
『上位神にして武具神様の筆頭よ。人が踏み入れて良い力の領域ではないのだ』
火の神フレイヤは、ドゴラの背中にいる神器カグツチ越しに驚きながらも当然のことだと言う。
仲間たちも周りで見守る天使たちもアレンと試合する剣神の強さに息を飲む。
『よお! どうすんだ? 仲間たちも心配しているぜ。もう止めとくかい』
アレンよりも二回りも大きい剣神セスタヴィヌスが剣を担いでアレンに問う。
「いえいえ。全く問題ありません。これ位の腕と速度なら私でも試合に勝てそうです」
『ほう? 俺を挑発するなんて賢い奴のすることじゃねえな』
アレンが挑発し返したことで、剣神の怒りに触れたのか道場の空気が一気に変わった。
観戦する天使たちが全員で目玉が飛び出そうなほど驚き、呼吸を忘れて、剣神が荒ぶらないか不安そうに試合を見つめる。
(やばいな。挑発くらいで油断してくれそうにないかな。っていうか、ステータスはもっと仕事をしてほしい。だが、これが剣神術か。なるほど、なるほどね。切り落とされて分かる剣術の神髄か)
怒りの表情の剣神を後目にアレンはゆっくりと右腕を左手で拾った。
そのまま切り落とされボタボタと血が滝のように流れる右肘の付け根に、拾った右腕の切り口に当てる。
メキメキ
超回復と加護によって、剣神の攻撃によって失った体力を回復させる。
秒間で数千の体力が常に回復できるアレンにとって、回復魔法や回復薬は必要ない。
何事もなかったかのように、あっという間に切り落とされた腕を結合させて見せた。
なお、今はグラハンよって特技「戦士の咆哮」、覚醒スキル「憑依合体」の同時発動によって、剣術のレベルは9まで上げているのだが、体力は4分の1に制限がかかる。
右の手のひらを開いたり閉じたりしながら、完治しているのか確認した後に、剣筋が乱れないかビュンビュンと振るい、自らの血がついて滑りやすくなった血糊を振るい落す。
(なるほど、剣術だか剣神術だかを極めると物理世界を歪めるほどの結果をもたらすのか。現実を上書きするほどのな)
剣神が向かってこないことを良いことに、アレンは自らの体力の回復と今起きたことの分析に当てる。
わざわざ挑発したことで剣神に完膚なきまでに勝ちたいという感情を芽生えさせ、アレンの準備が完全に整うことを待つ空気を作った。
アレンは神界闘技場で剣神に以前、挑戦した時のことを思い出す。
その時は、アレンが背後から切りかかったのだが、剣神の振るう斬撃があらぬ方向に軌道が変わり、アレンの首元へと襲い掛かってきた。
確かに背後から迫ったはずなのに、気付いたら剣神の横殴りの斬撃で、アレンの首が切り落とされかけたという、現実が無理やり上書きされるような事態に違和感を覚えた記憶がある。
前回の一撃と今回の一撃でアレンは、剣神が何をしているのかようやく理解できた。
先ほどの動きから素早さは剣神よりもアレンが上だろう。
ペロムスから幸運を貰ってこれほどの値があるなら幸運も上とみて良い。
結果、前回の挑戦ほどの不自然なまでの試合にはならないのは、仲間たちからかけて貰ったバフのおかげのようだ。
だが、それでも剣術スキルのレベルが違い過ぎて剣神の斬撃を躱し切れなかったようだ。
(憑依合体してスキルレベル9でも足りないとか。さてと、なら作戦を。ん?)
エクストラモードのスキルレベルの上限が9だが、上位神には限界がないのかもしれない。
『アレン殿、諦めよ。これは人が挑戦してよい相手ではない。仲間のために、そして、大事なメルスの妹君であるルプト様を助けるため試練を受けたいようだが……。引き際も肝心よ』
憑依合体したグラハンがアレンに自制するよう心の中に促してくる。
「たしかに無謀な挑戦だな。だが、グラハン。お前は圧倒的な恐怖帝の圧政があるから諦めたのか」
神界で霊Sの召喚獣となったグラハンは、霊獣となる生前では剣聖の才能があり、現在の魔王である恐怖帝ゼルディアスの下で近衛騎士隊の隊長を務めていた。
『……儂は。ただ救いたかっただけだ』
恐怖帝による中央大陸制圧が叶った年、最後まで統一を拒んだ国の王女が、王家もろとも捕らえられ、ゴブリン刑により処刑されることになった。
ゴブリン刑とは観覧の前で生きたまま手足を縛り、無数のゴブリンたちの餌になる処刑方法だ。
刑が執行される日の晩、グラハンは恐怖帝の背後から刺し殺し、捕まっていた王族たちを逃がそうと最後まで奮戦したが配下の騎士たちに捕まり、自らが一族郎党に至るまで処刑された。
「不可能だからやらないわけにはいかないだろう。これはスキルレベルに差があるってだけだ。理屈があるなら攻略法は必ずある。もう少し挑戦させてくれ」
『……分かった』
『へいへい。待ちくたびれたぞ。俺はお前らを待って飯抜いてんだ。さっさと終わらせてくれよ』
「申し訳ありません。すぐに試合は済みますので」
『へえ? 次は両腕を切り飛ばすぜ?』
「私が負けたらそうなりますね」
怖い怖いとアレンは剣神の挑発を受け流す。
(さてと、ステータスは上。だけど剣神に剣神術を発動させたら避け切れない。ならば、答えは1つだな)
アレンは思考の中で、剣神との試合の勝ち筋が定まった。
アレンが正眼の位置で剣を構えると、剣神も構え直し試合が再開される。
あっさりと右腕を切り落とされ、さらに両腕を切り落とすと宣言する剣神の言葉が道場に響き、試合を伺う仲間たちの表情は不安そうだ。
それに比べて策があるというアレンの表情はやる気に満ちており、負ける気はさらさらないようだ。
ダンッ
アレンは正面から剣を振り上げ、剣神目掛けて跳躍するように迫った。
『へえ? 攻めてくる気になったか』
「むん!」
(ステータスは嘘をつかない。これでどうだ!! この素早さなら避け切れまい!!)
バフによって圧倒的な速度を手にしたアレンは立っている場所から姿を消す。
少し遅れて発生した衝撃破と共に、剣神の目の前に現れたアレンは速度を殺すことなく、上段から切り落とそうとする。
『むぐ!? この速さ力とは!! 貴様、人間止めかけておるぞ!!』
アレンの剣を初めて受けた剣神は驚きのあまり声を漏らした後、自らの剣で咄嗟に交差させる。
ステータスをごり押しにしたアレンの体は剣神に肉薄し、そのまま、交差した剣に力を込めていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
バキメキッ
吠えながら振り下ろしたアレンの剣を受けた剣神の両足が音を立てて床板を砕く。
さらに歯を食いしばって剣神の剣ごとアレンの剣が剣神の頬にゆっくりと迫る。
『なるほどな。俺に剣神術を使わせない気かよ』
剣神はすぐにアレンが何をしたいのか理解した。
知力依存の憑依合体中のアレンの斬撃は剣神の攻撃力を凌駕しているようだ。
肉薄することによって剣神に剣神術を使わせず、力任せ、ステータスごり押しの一撃で剣神に一太刀を入れる戦法に、ようやく苦笑いを見せた。
お互いが万の力を込め、歯を食いしばり、力比べするように両腕で剣を握りしめているが、ステータスではアレンが剣神よりも上のようで、ゆっくりとアレンの剣先の刃が剣神の頬に迫る。
だが、この状況で長年剣を扱い、剣神の試練を超えたクレナが何かに気付いたようだ。
「アレン駄目だよ!! 剣が透けるから!!」
「え?」
『おいおい、試合中だぜ。ネタ晴らしは後にしな。ぬん!!』
クレナの忠告に剣神が笑みを零し何かを言ったような気がする。
圧倒的な速度を手にした結果、手にした動体視力によって世界がスローになるほどの視界の先で、アレンと剣神の交差する剣がゆっくりと交わっていく。
自らの剣が切り落とされるのか。
いやそんなはずがない。
大地の神ガイアから頂いた究極の剣だ。
効果にあるとおり、絶対に折れないと謳われたアレンの剣が剣神であってもそうやすやすと断絶できるとは思えない。
そもそも剣が切り落とされる感覚がまったくない。
(力が抜けていくぞ。守りの状態からでも剣神術の発動が可能だと?)
まるでお互いの剣が存在しないように交わり通過していく。
クレナの叫び声から1秒もしないうちに何が起きたのか分かった。
剣神は剣神術のスキルをお互いの剣が交差している状態から発動したようだ。
物理的にお互いの剣がくっついているのだが、剣神の剣神術の結果が、アレンの剣術よりも優先されてしまう。
万力の力を込め打ち付けていた壁がいきなり暖簾にでも変わったかのように、アレンと剣神のお互いの剣が無事のまま通過する。
力の行き先を失ったアレンの体勢が思わず、前のめりに両手を体ごと突き出してしまう。
『ほらよ! だから言っただろ!!』
剣神は、突き出すように振り落とそうするアレンの両腕を下から救い上げるように斬撃をお見舞いした。
ズバッ
「アレン!!」
「アレン様!?」
クレナとソフィーの叫び声とアレンの両腕が同時だった。
両腕と剣が、アレンの目の前でくるくると舞う。
アレンは両腕を肘前で切り落とされ、衝撃でのけ反る。
剣神は上部へ振り上げたままアレンを見た。
『ん?』
アレンと剣神の目があった。
剣神を見下ろすアレンの視線に思わず声を上げるほどの違和感を剣神は覚えた。
両腕を切り落とされた敗者のアレンの表情は一切気後れしておらず、勝気なまま剣神を睨みつけていた。
振り上げる動作の途中の剣神にアレンは語り掛けた。
「歪みは消えたぞ。剣神術の発動は止まったようだな!!」
両腕を切り落とされたアレンは目の前で回転する剣の柄の部分を咥えると、そのままがむしゃらに剣神目掛けて斬撃をお見舞いする。
『ぐっ!? 器用な奴だな!! ま、間にあわん!!』
剣神術の発動が終わった剣神目掛けて、両腕を失ったアレンが咥えた剣の、横殴りの剣が向かってくる。
アレンが剣神よりもステータスが上だが、体勢の悪い状態からの無理やりの斬撃に、剣神は必死になって避けた結果、剣がぎりぎり頬を通過してしまう。
(うは! 躱された件について。負けたやん)
避け切った剣神が再度両腕で剣を握りしめ、両腕を失い口で剣を咥えたアレンに対して斬撃をお見舞いしようとした。
剣神が剣を振り上げたアレンは負けを確信したところで審判役のケルビンが声を上げた。
『一撃あり! 勝者アレン殿!!』
『な、なんだと! どういうことだ! ケルビン!!』
(お? ナイス判断って。って、これは毛か。当たり判定が広めで助かる……)
パサッ
唐突なケルビンの判定に剣神が声を荒げる。
体勢を崩したまま判定勝ちを喜ぶアレンの顔に、剣神の毛が数本、舞い落ちてくるのであった。