第771話 攻略準備1日目:WEB会議②
アレンは魔王軍との戦いに備えた会議を、自らの仲間たち、アレン軍の幹部、勇者ヘルミオスやガララ提督と打ち合わせをする必要があった。
10日後という期限がある中、5大陸同盟の盟主や世界組織の代表などに対しても同時に、ララッパ団長に協力を依頼して、参加国の王城などと魔導具を通じて情報を共有することにする。
魔王軍から攻められて何十年も経つ世界において、通信の魔導具が発達しており、ララッパ団長に少し改良してもらった結果、翌日の昼間という短期間でWEB会議を開くことができた。
(ラターシュ王国に粘着するのはギアムート帝国の伝統か。おかげでこっそりグランヴェル伯爵を会議に参加させたけど気付くこともないだろう)
元々ギアムート帝国が1000年前、近衛騎士隊の隊長グラハンによって恐怖帝ゼルディアスが誅殺される。
貴族であったラターシュ辺境伯が中央大陸を制圧した恐怖帝死亡の混乱の時期に、どさくさに紛れて独立の王国建国を宣言した。
大国に並んで会議に参加しようとするラターシュ王国の国王をギアムート帝国の皇帝は目障りだったのだろう。
だが、1000年前の話を今すべきではない。
ラターシュ王国の国王は、皇帝から難癖付けられることが分かった上で、この会議に参加している。
メルスから直に『会議に参加しなければラターシュ王国は1000年の歴史に幕を閉じることになる』と言われたからだ。
緊張した趣でアレンの次の言葉をインブエル国王は画面越しに待っているようだ。
「改めて感謝します。魔王軍との戦いに向け時間がありませんので説明を進めたいと思います」
アレンに合わせて、ヘビーユーザー島の会議室にやってきた全員が、通信と映像の魔導具上で参加していただいた方々に頭を下げ、礼の気持ちを示した。
「今回の会議は一刻も掛からないと聞いている。大事な祭りの打ち合わせを抜けてきたのだ。前置きは良いぞ」
皇帝は先ほどまでインブエル国王を虐めていたが、姿勢を正して会議に参加の意思を示す。
ギアムート帝国では皇帝自ら参加する大事な祭りの打ち合わせがあったが、メルスの説得もあって、会議を延期してこちらに参加していると言う。
大国の皇帝となれば、当日の予定は何か月も前に決まった日程があったのだろうが、魔王軍との戦いの打ち合わせを優先してくれたようだ。
「たしかに。貴重なお時間ですので、時系列から手短に説明します」
メルスからは端的な会議参加の理由しか聞いていないだろうからと昨日あった話をアレンはする。
魔王軍の幹部が上位魔神から魔神王に強化されて時空神の神域に侵入してきたこと。
急な侵攻で応戦したところ、魔王軍総司令オルドー、参謀キュベル、六大魔天の魔神王たちや魔神王バスク、1000体を超える上位魔神と魔神たちが3か所に分かれて攻撃を開始した。
目的が分からぬまま、竜人の守人や神界人の神兵が数万、天使たちが数千体が殺される結果となった。
神界の神々、アレンとその仲間たち、ヘルミオスとガララ提督のパーティーも参加して、魔王軍との激しい戦いを繰り広げた。
ここまで話すと、魔神の力を知るWEBの参加者たちも、アレン軍の将軍たちも、顔面が蒼白し始める。
「はは、良く生き残れたよ……」
「よ、よくぞ、ご無事で……。これも精霊神様のご加護があってこそでしょう」
ヘルミオスの乾いた笑いに思わず、ルキドラール将軍が心の声を漏らした。
「ただ、魔王軍の目的は第一天使ルプト様を攫い、その力を魔王が取り込み、人間界、神界をも我が物にすることでした。ただ、その様子を伺っていた私に魔王軍が気付いており……」
ここから何故、このような会議を開くに至ったか、アレンはさらに説明を続ける。
魔王軍の今回の行動は世界征服の計画の1つの通過点で、10日後にルプトを食らい、さらなる魔王による新たな秩序を作るらしい。
「魔王軍にも予定があり、昨日の時点で10日後、10月1日までに我らが攻めてくれば第一天使ルプト様が無事だとのことです」
(俺の誕生日に設定してきやがって。わざとか)
「それで、私たちは協調路線を組んで、共に魔王軍と戦おうというわけですね」
ソフィーの母であるエルフのレノアティール女王が今回の会議の趣旨を理解してくれる。
「はい。今日、明日、作戦行動に移すわけではありませんが、軍の編成の準備とその状況をご報告願います。ゼウ……獣王もよろしいですか?」
(昨晩まで神界にいたけど、王冠はまだつけていないね)
どこの国がどれくらいの軍を出すのか、才能の種類まである程度知りたいとアレンは言う。
ゼウ獣王が視線と言葉選びで何が言いたいのか察したようだ。
「む? 問題ない。余は先獣王より正式に獣王になることを言い渡された。先獣王は既に政治から離れており、獣王国は余が取り仕切っておる」
(正式ね。テミさんが上手く話をつけたのかな。戴冠式とかはこれから行う感じか。ルド将軍はめんどくさいこと言わないでね)
アレンの冒険の中で大きなテーマがあったが、神界に来てようやく話がついたことがあった。
それはアルバハル獣王国の次期獣王にだれが就くのかということだ。
先獣王であるムザには順にベク、ゼウ、シアの3人の子供がいた。
アルバハル獣王国では獣王太子であったベクが、魔王軍の策略によって、邪神復活の贄となって殺された。
次期獣王をゼウとシアが争う形になったが、原獣の園で獣神ガルムとの試練に2人が臨んだ結果、シアが試練を超えたがゼウが獣王になるという結果でまとまった。
ゼウも魔王軍の戦いに参加していたのだが、昨晩に、メルスがムザに今日の会議への参加を求めると、ゼウを人間界に戻してほしいと依頼される。
テミがアルバハル獣王国に報告を済ませていたおかげで、ゼウがアルバハル獣王国へ戻ると、そのまま次期獣王への移行がすんなり進んだようだ。
魔王軍との戦いに長年参加してこなかったムザ獣王がこのまま、玉座に座り執政するより、ゼウに任せるという形が、アルバハル獣王国としてもケジメがついて良いようだ。
シアが獣王になることを信じて、ルド将軍を筆頭にラス副将軍も私設兵を結成し支えてきた。
獣神ガルムの試練にこの2人は参加しておらず、知らない間に次期獣王が決まった形だ。
この円卓に座るルド将軍とラス副将軍が理解したが納得できない顔で今にも立ち上がりそうなので、これ以上、アルバハル獣王国の獣王位をややこしくするなと眼力を込め、念で椅子に縛り付ける。
(シアが獣王をゼウさんに譲ると決めたんだぞ。ゼウさん自身も自らの力をシアに譲ってしまったし)
ゼウは自らの力をシアに託すよう依頼し、獣神ガルムはそれに答えた。
タイミングがどうあれ、ゼウが獣王になることがベストだと思う。
「分かっております……」
「う、うむ」
ラス副将軍が納得すると、5歳の幼少のころからシアを見てきたルド将軍が静かに頷いた。
(魔王との戦いにムザ獣王はゼウを外したかったんだろう。獣王に就かせてな)
獣王相談役で占い師のテミが、シアとゼウが魔王軍と戦って両方死ぬ未来でも見えたのか後で問いたださないといけないなと思う。
アレンがアルバハル獣王国の王城内のやり取りを予想していると、エルフの女王が口を開く。
「そ、それでやはり、今の話では魔王軍との決戦は……」
「はい、女王陛下。魔王軍との戦いは今から9日後になります」
「9日後か……」
「ゼウ獣王、どうかしましたか?」
「いや、その日は獣王の戴冠式をやろうかと思ってな……」
「年明けを前にということですね。そこは……」
「そうだ。その日は戦神様に戦いの勝利を祈るための祭りが帝国を上げて行う予定よ」
ギアムート帝国の皇帝がゼウに被せて、自らの国も大事なお祭りがあると言う。
(なるほど、まあ、クレナ村でも10月1日は豊穣の神へ豊作に感謝を込める祭りだったからな)
アレンはこの世界が神々との関わりがとても大きいことをよく知っている。
祭りの打ち合わせに皇帝自ら参加して、皇帝自ら人々を先導し、戦神に祈りを捧げるのだろう。
アレンが前世で健一だったころ、日本や世界の歴史の授業で、祭りや祈りの時期に被ったら戦争をしない国があったことを思い出す。
占いの結果で、戦争をする日を決めていた時期があったとを習ったような気がする。
人々と神々が共存関係にあるこの世界だと祭りの日は大事な行事なのだろう。
だが、現状は信仰よりももっと大事な人類の存続がある。
「申し訳ありませんが、少しでも戦いの準備に時間を使い、魔王軍との戦いに勝つ可能性を上げていきたいです。今回は日程をずらすか。年明けにしていただきたいです」
「ほほ。まあ、仕方ないの。ディグラグニ様が寛大な神で良かったの」
バウキス帝国の皇帝ププン3世もダンジョン祭を10月1日に控えているが文句はないと言う。
アレンもS級ダンジョンの攻略をしていたころ、Sダンジョン1階層でお祭り騒ぎになっていたことをよく覚えている。
「もし、祭りの日程の変更することが厳しいという方は今お伝えください」
「厳しいと言えばどうするのだ?」
「もちろん、神々に祭りの日程を変更してもよいか許しを得たいと思います。1日お返事に少しお時間をください」
「……むぐ、帝国の存亡がかかっているのだ。戦神様もよく分かってくださる」
ギアムート帝国の皇帝は、アレンに自らの国の祭りのことで神々に交渉させるのは得策ではないと考えたようだ。
アレンが交渉で何を言うか分からぬと、他の参加者たちも苦笑いを見せた。
(まあ戦神と交渉する手段持っていないけどね)
アレンのブラフに騙されて何も言わないので話を続ける。
「各国は兵などの人員や準備できる物資を把握するところからお願いします。天の恵みなどの回復薬は人員を把握した上で各軍に提供したいと思います。また『戦略艦』の貸与をお願いします」
「戦略艦か。すぐに回答するがまたお金が掛かるの。物資と兵については取りまとめたものを提出しよう」
「全くだ。我が帝国が一艦しかない戦略艦を求めるとは……。無事に返してくれるのだろうな」
「返せない場合は人類が滅びた時だと思ってください」
アレンは戦略艦と呼ばれる特別な魔導船の貸与を求めた。
また、物資や兵の状況についても情報提供をこれから求めることにする。
「それとププン3世皇帝陛下、商人を使った物資の買い占め等はお控えください」
「もちろんだの。金儲けは魔王を倒した後だな。だが今回のことで軍事物資の需要は大きくなるだろう。多少の価格高騰は大目に見てほしいぞ」
バウキス帝国の皇帝の言い分はもっともなことなので頷いたところで、もう一度、参加者全員に視線を移動させていく。
「では、皆さまお集まり頂きありがとうございます。これより魔王軍攻略への準備を始めましょう!」
こうしてアレンが頭を下げたところで、ララッパ団長が魔導具の動力を落として、皇帝たちを映していた板は漆黒の色に戻った。
皇帝たちとの情報共有はこれで終わり、残った者たちでもうしばらく会議を進めたアレンであった。