第768話 攻略準備1日目:最後の特訓
魔王軍との戦いの準備を始めた1日目の昼過ぎだ。
昨日は王都ラブールで寝室を用意してもらい、アレンの仲間たちは魔王軍との戦いの疲れを癒すため泥のように眠った。
十分な睡眠時間とは言えないが、アレンが用意した草Eの召喚獣の覚醒スキル「ハーブ」の効果で短時間ながらも、倍以上睡眠をとった効果が得られ、気力も体力も完全に回復している。
その後、昨日のアレンが立てた作戦のとおり、仲間たちと共に武具神たちの神域である神界闘技場の剣神専用の道場に向かった。
スキルを上げ、武具神流の武術を習うため、剣神に依頼して修行を再開してもらった。
職業レベル9を目指し、新たなスキルを獲得し、さらに、武具神の流術をしっかり体得するためにできうる限りのことをしてもらう。
【昨日話し合った10日間の間にすること】
・仲間たちと召喚獣の強化
・セシルの試練
・アレン軍の戦争準備
・各国の盟主に魔王軍侵攻について通達
・神々への協力要請
フル武装して武具神たちに立ち向かうクレナ、ドゴラ、イグノマスの声が特に鳴り響く。
「たあ!」
「うらああああ!!」
「ぬおおおおおおおおお!!」
3人の神器の刃が武具神たちに襲い掛かった。
『ふん、なんだその足捌きと何度も言っているだろうが!!』
「ぶは!?」
ドゴラは斧神ガイダルクの足払いで宙を一回転した後顔面から床板に叩きつけられた。
剣神セスタヴィヌス、槍神ガイダルク、斧神バッカライが元々ある自らの道場から離れて剣神の道場に集まる。
朝から剣神にお願いしたら『ああ、いいぜ』の一言で許してもらえた。
なお、この場には剣神を筆頭に武具神たちだけで、第一天使ケルビンの指揮の下、天使たちは魔王軍に殺された天使を弔い、破壊された天使訓練用の道場を片づけている。
(それにしても、火の神が武具神の訓練に同意してくれて助かる)
魔導具によって火の便利さが魔法神や迷宮神に取って代わられ、信者の少ない火の神は、ドゴラに対して武具神の試練を受けたり、訓練を受けることを断っていた。
他の仲間たちと違って、ドゴラは火の神フレイヤの使徒として、神の意志を行使し、人々を導く、神の使いとなっている。
だが、寛容な心を持つ水の神アクアが、槍神バッカライの試練を受けることを許可したおかげでイグノマスは水の神と槍神の加護を受けた。
今回の魔王軍の戦い、ネスティラドとの戦いでも、イグノマスが多連撃によるコンボも含めてドゴラを超える活躍を見せたことに焦りを感じたのだろう。
『止まって見えるぞ! それでも火の神の使徒か! 笑わせるな!!』
『おい! こんな武具神などボコボコにしてやれ!!』
「おう!! っていうか、フレイヤは黙っていろよ! 集中できねえ!!」
火の神が神器カグツチ越しにガンガン指示を出してしまうのは斧神に後れを取りたくないのだろう。
少し離れたところでイグノマスが修行に励む。
元々は、プロスティア帝国で内乱を起こして先帝を殺したイグノマスは「魔王刑」とも言うべき、魔王を倒すまで国外追放という処分を受け、アレンの仲間となった。
『まだ我に力を求めるか! 魚人よ!!』
「当然だ。我はラプソニルにふさわしい魚人となり、帝国に戻るのだからな!」
『槍の道とは言えぬな! その軟弱な思考で我が槍神流術を会得できると思うな!!』
「魚人とは愛に生きる者! 俺にとって愛こそが全て!!」
(イグノマスの声が大きくて道場内に響くな。逆にフォルマールは黙々としているな)
道場の端ではフォルマールが、見た目は小学校低学年の年齢のおさげが可愛い弓神コロネから弓の訓練を受けている。
道場内中央にいるアレンの横でキールも呆れている。
「まったく、回復させるためにこんなことするのかよ。っていうか隅っこに行きたいぜ」
「でもいいじゃない。歌を皆で聞きなさい! 世界の中心にロザリナがいるのよ!!」
体力や魔力の回復のため、キールやロザリナを道場中央に配置している。
これはアレンが「日にちが足りないので全力でお願いします。殺さない程度に」という言葉に武具神たちが了解してくれた結果だ。
武具神たちは抜き身の真剣で訓練に臨んでくれているおかげで、先ほどから仲間たちの生傷が絶えない。
だが、訓練に参加していないキールが恐縮しているのは自らが道場の中央にいるからだけではない。
キールの視線の下では、アレンが堂々と上位神である剣神の道場内に畑を作り、天の恵みを生成しながらも、創生スキルを併用して、スキル経験値を稼いでいるためだ。
(急いで創生スキルを鍛えないとな。このまま鬼特訓だけじゃ仲間たちも魔王軍との戦いの前の強化が足りないぞ)
他人どころか神々の視線すら気にしないアレンにはスキルレベル上げを急ぐ理由がある。
アレンは先ほどから10年以上培った手つきで淀みなく、天の恵みを生成している。
こんなことができるのは、何でも剣神の道場はただの建造物ではなく、剣神の神力によっていくらでも広くなるらしい。
武具神たちと仲間たちがそれぞれマンツーマンで訓練してくれていているのだが、十分に広いためお互いがぶつかることはほとんどない。
だが、だからといって、神聖な剣神の道場の床石に土を盛り、畑を作って堂々と天の恵みを栽培し始めたことにキールの中で常識が揺らいでしまう。
武具神たちは神界闘技場の中で点在するように道場を持っているのだが、魔力などの回復には一か所に集まってもらった方が、効率が良い。
畑を囲むようにリオン、ペクタン、霊Aの召喚獣たちが尋常じゃない速度で生成と創生を続けるアレンのフォローに入っている。
『これを魔導書に入れるのか。なかなか器用にできぬな』
『プルップー』
『魔導書に入れるだけでなく定期的に使わないと皆が魔力切れになるね。ケケケッ!』
キールやロザリナはもちろんのこと、道場内の仲間たちの体力管理、魔力管理もリオンたちの役目だ。
定期的に生成した天の恵みを魔導書に入れず、使用し回復効果を振りまいている。
リオンが慣れないと戸惑うのは目の前にとてつもない速度で天の恵みができているからだ。
ペクタンの特技「菌床栽培」で2倍の収穫量とアレンのスキル「高速召喚」を併用し、霊力回復リングで無限の霊力を持ったアレンにより天の恵みが、秒間10個ほどの勢いで生成され続ける。
特技「伸縮自在」で人間サイズの大きさとなり、天の恵みを拾えるようになったリオンだが、細かいことは気にしない性格は器用さにも反映されるらしく、魔導書の収納に入れるのは苦手なようだ。
【剣神道場の訓練状況】
・上部:剣神とクレナ
・左部:斧神とドゴラ
・右部:槍神とイグノマス
・下部:弓神とフォルマール
・中央:畑、巣(転移場所)、休憩施設(ハーブ有)、食事スペース
・道場出口外:シャワー、トイレ、食堂、個室(ハーブ有)
アレンが2つ返事の剣神相手に了承を得たとばかりに10日間の訓練スペースを仕立て上げた。
キールが中央の畑を見ていると、その先にはフォルマールが訓練している。
『弓はこう? 分かった? 弓を射る瞬間まで殺意を消さないといけない』
「は、はあ………」
バシュンッ
ドオオオン
『ああ……もう、こんなに破壊してポンね。弓神コロネ様は見本見せるだけで壁を粉砕しないでほしいポン。修復ポンポコポンね』
メキメキッ
『はは。ちょっとやり過ぎポンだね』
弓神が造作もなく剣神の道場の土壁を破壊すると、何もなかったかのように土の精霊王ポンズが腹の太鼓を両手のバチで小気味よく叩くと、アッという間に修復される。
高い天井にはマクリスが旋回しながら、背中に乗る精霊神ローゼン、精霊神ファーブル、精霊王ポンズ、ソフィーやルークの大精霊たちを運ぶ。
道場を含めて仲間たちの回復やステータスの増加のために加護を振りまいてくれている。
アレンが昨晩の間に考えた最高効率に精霊の園の神々たちも協力してくれている。
創生スキルを使用しながらアレンは笑みを零す。
「よし、明日にはリオン、お前のための創生スキルが解放されそうだ。解放されたらすぐに実践の訓練に入るぞ」
『そうなのか。強くなれるのだな。楽しみにしていよう』
2人の表情とは裏腹にスキルの使用の合間にソフィーが不安そうにアレンに声をかける。
「あの……。昨晩から寝ていないのではないのですか?」
「ん。そうだな。だが、休んでいられないからな」
「でも……」
「セシルが賊に追われたり、魔王軍がお前の国に侵攻した時に比べたらどうってことないさ。これが最後の戦いだからな。切りのいいところで仮眠するさ」
昨日、魔王軍に襲われた時からアレンは仲間たちと違い、一睡もしていない。
おかげで残り日数を最大有効になれるよう訓練をすることができている。
『順調のようだな』
ソフィーの心配そうな顔が払しょくされないまま、目の前に魔法陣が現れ、メルスが仲間たちを連れてやってくる。
この場にいなかったメルルはガララ提督とその仲間、ザウレレ将軍とその配下、ヘルミオスの仲間たちの一部と共に大地の迷宮に向かっていた。
「戻ったよ!」
「メルルさん、お帰りなさい」
「はぁ……、朝から何させてんのよ。お酒飲みたいわって、げげげ!? 剣神様の道場で何やってんのよ!!」
「ロゼッタさん、お帰りです。はい、お昼なんで果実水です。それと魔王軍に勝つまで禁酒でお願いします」
道場の変わり様に絶句するロゼッタに、魔導具で良く冷やした果実水を渡してあげる。
「戻ってきたぞ! ……酒が良いな」
「冗談ですよね、ガララ提督。はい、良く冷えた果実水です」
「ったく。エルメア教だからって固いこと言うなよ。もう酒飲めなくなるかもなのによ」
「え? もう、提督、笑えないよ!」
間もなく魔王軍との戦争が始まるので、少しでもお酒が飲みたいと言うガララ提督にキールとメルルが一緒に注意する。
「それで、アレン。それはあれか?」
会話に参加せずに黙々と作業するアレンに対して、注意から目を逸らすようにガララ提督が問いかける。
「見ての通り戦争の準備です。それにしても、メルス、結構かかったみたいだが問題があったのか?」
会話の流れで一緒に転移してきたメルスに状況を確認する。
『問題ない。島の準備が出来ているか見てこよう』
「ああ、そろそろ会議が始まるはずだ。準備できたら教えてくれ」
『ああ、分かった』
メルスが淡々とアレンの問いに答え、メルルたちを残して転移したのであった。





