第767話 問われる日数②
魔王軍参謀キュベルの話では、時空管理システムの準備にシノロムが10日ほど作業に時間がかかると言う。
「いつ攻めるか」を決めるため、アレンとシアの問答が続く。
シアの落ち着いた表情から、どうやら仲間たちが判断材料を得るため、質問役を買って出てくれているようだ。
(明らかに罠だろうな。今すぐ攻めるべきかなど、分からないことが多すぎるからな。さて、ルプトをそれまで放置することにキールとメルスが反対するのは当然か。だが、聖獣石もまだこんな感じだし。虫Sの召喚獣は間に合うかな。他にもやるべきことはいくつもあって……)
会話をしながらもアレンの中で思考が巡っていく。
世界を冒険し、10人を超える仲間たちを作ってきたが、その考えは様々だ。
召喚獣についても、特にSランクには、共有しても指示を聞かない者もいる。
善の道を歩むキールは、第一天使でありメルスの妹を助けるより日数を掛けて優先することがあるのか言いたそうだ。
メルスはどうやら一刻も早く、双子の妹のルプトを助けに行きたいとこちらを睨む。
アレンは視線を下げ、テーブルに座ったまま、魔導書を取り出し、収納されている聖獣石を取り出した。
水色で透明で本来であれば淡く輝いているのだが、石の中央が漆黒に汚れている。
アレンは、魔王軍幹部の1体で、六大魔天で魔神王のビルディガを倒し、聖獣石に取り込んだ。
『ビルディガの魂が拒絶しています。現在、虫Sの召喚獣にするため、交渉中です』
(ログの内容がさっきまで「確認中」だったのに「交渉中」に変わっているな。ルプトが攫われて、神々もごたごたしているだろうにアウラたちに感謝だな)
ルプトの配下で大天使のアウラたちに魔導書の表示が変わっている。
以前よりメルスからはルプトを筆頭にアウラたち3体の大天使たちで魔導書を管理していることを聞いている。
ルプト無き今でも、魔導書の管理を進めているらしい。
なお、アウラたちがいなくても、スキルレベルアップなど一定の処理は魔導書内で行われるため、オートでの作業も可能であると聞いている。
いつもは隣にセシルがいるのだが、今日はソフィーとシアが両隣を挟んでいる。
魔導書を覗き込むソフィーが口を開く。
「……ビルディガが召喚獣になるまでまだ時間が必要のようですね。アレン様は私たちがさらなる強化して魔王軍と戦うべきだというつもりでしょうか?」
「そうだ。セシルもまだ時空神の神域で修業中だ。どうやら今日の明日では古代魔法は手に入らないらしい」
魔王軍を神界から退けた後、時空神の神域がオルドーに破壊されたこともあり、時空神デスペラードに、セシルの安否を確認してもらった。
時空神の神域で修業するセシルには、時空神しか入ることが許されておらず、無事であることの確認が取れた。
なお、まだ、古代魔法を会得しておらず、必要な時にまた呼んでほしいと時空神越しに言われた。
(セシルには期日が決まったらそれも連絡しないとな)
「……まだスキルレベル9に到達していない仲間も多いな」
「たしかにな。スキルレベルが足りなくてバスクの野郎に押し負けていたからな」
「ああ? スキルレベル上げるまで戦わないってことか?」
シアとの会話だったのだが、ドゴラが当たり前のように仲間たちが会話に入ってくる。
ドゴラは腕を組んで納得し、キールはそんなことでと立ち上がり声を荒げた。
職業レベルが8のため、仲間たちのほとんどが全てのスキルを獲得し、ステータスを強化しているわけではない。
だが、スキルレベル9まで上げると2つのスキルが手に入る。
「スキル上げも含めてだが、クレナは剣神術の奥義も秘奥義も手に入れていないな」
「むう? なんか難しくて……」
クレナは頑張っているんだとブスくれながら、言い訳を流し込むように、金のコップに入れられた果実水を飲む。
(剣神術にもその他の武具神にも神技となる「奥義」や「秘奥義」があるからな。今からでも習得は可能だろう)
アレンには習得させれるための秘策があった。
だがクレナの言うとおり、剣神術の習得が遅いことにも理由がある。
「魔法神は魔力の循環を、魔法陣を利用して簡易的になるように工夫しているからな。武具神にそれはないから『感覚』が大事なんだろう」
「でも、その『感覚』が上手く分かんなくて」
(なるほど、神界に来てみて分かるスキル発動の難しさか。クレナがスキルを覚えるのに時間が掛かったことには理由があったんだな。スキルとは何だったのかって話だな)
クレナは学園にいたころ、ドベルグが部外講師を務め、何時間にも渡るしごきを受けてスキル「斬撃」を習得した。
キールは回復魔法「ヒール」を、セシルは火魔法「ファイアボール」を専門の助言があったとはいえ、学園に入る前から習得できた。
ドゴラも斧スキルの習得が遅かったが、習得の差には理由があることを神界に来てようやく理解できた。
人間界では、神々の理について教わらないまま、経験則を頼りにスキルや魔法の習得に励んでいる。
魔法が使いやすいのは、使い手の知力のステータスが高いことも理由であるのだが、それ以上に、魔力を魔法に置き換えるための工夫が魔法神などによってされているようだ。
それが詠唱であったり、発動時に構築する幾何学的な魔法陣だ。
剣神などの武具神の教えにはそれがない。
根性とか気合がまかり通るのは、そもそも天使たちが道場で習得に励む「剣神術」を習得することが前提のスキルであった。
地上では教えられない「剣神術」による魔力(霊力)の使用に基づく、力の流れを習得せずに、スキルの発動に励んでいるのが現状だ。
その「剣神術」自体もクレナは『感じて覚えろ』としか剣神に言われていないらしく、教える気があるのかすら疑わしい。
(剣神には今後の話をしないといけないな。セシルが未だに古代魔法を習得できないのは……)
テーブル越しに立つヘルミオスに顔を合わせる。
そのあと、ガララ提督やゼウ獣王子たちも見る。
「あとはヘルミオスさん」
「ん? 何だい? 僕も神技のレベルを上げないといけないね」
「もちろんそちらもお願いしたいのですが、勇者軍とアレン軍、そしてガララ提督のゴーレム軍の実戦に向けての作戦を立て、訓練を始めないといけません」
「なるほどね。将軍たちに部隊を指揮するためにも話を通しておかないといけないね。それと訓練だよね」
「転職がまだのやつにはさっさと済ませないといけねえな。それに武器も必要だ。大地の迷宮にも通う感じかな」
勇者だけでなくガララ提督が、アレンが10日後に魔王軍へ、ルプトを救出するため攻めに出る話に納得した。
アレンは1万人ほどの軍を動かすための指揮権がある。
始まりは邪神教に身を置いた信者たちの救いのために、魔王軍が利用していた浮いた島、後にヘビーユーザー島に避難させるところから始まった。
今では人族、エルフ族、ダークエルフ族、獣人、魚人が参加する個人が持つには大きすぎる軍隊へと成長した。
勇者ヘルミオスはギアムート帝国から、ガララ提督はバウキス帝国の支援を受けてそれぞれ万を超える軍を有する。
「10日ってかなりぎりぎりだな」
「……たしかに、そのとおりですね」
指揮官としても有能なガララ提督が腕を組みながら呟いた。
それを聞いてキールも納得して頷く。
アレンたちがプロスティア帝国に侵入していたころ、S級ダンジョンでアレン軍の指揮をしていたキールは、兵の転職、武器の整備、作戦指揮などを考えたら10日はあっという間に過ぎると、容易に想像できた。
「5大陸同盟の盟主くらいには今回の作戦について伝えておく必要がある。物資について協力を求めることもあるだろうし」
「おいおい、いいのかよ。あんまり広げると魔王軍に筒抜けに」
「アレン軍に伝える時点で今更だな。最初に筒抜けの中、態々それを鵜吞みにするならそれもよしってことだ」
キールの言葉に、情報戦は既に始まっているとアレンは言う。
「ソフィー、ルーク、ロザリナは仲間たちのスキルレベル上げのため神界闘技場へ向かってくれ。メルスは軍や仲間たちに配布する天の恵みを道場内で作ってほしい」
ロザリナはステータスを増加してくれる。
ソフィーはクールタイムのリセットするスキルを持ち、ルークはスキル効果の延長ができる。
3人ともスキル上げに必要なスキルを有する。
「お、おう……」
「そうですわね……」
ルークとソフィーは元気なく返事するのだが、ロザリナは違った。
「もちろんよ。私もスキルレベル上げないと新たな歌が歌えないし」
自らの練習台にクレナたちを使うとロザリナはにやりと笑みを零し果実酒をグイっと飲み干した。
(ロザリナは納得しているが、ソフィーとルークは考えていることは俺と同じか。後はアビゲイルさんにはと)
ここにきてアレンは傍観していた守人長アビゲイルを見る。
「ん? 我もできることなら何でもするぞ」
「助かります。天空大王には今回の件で貸しがあります。シャンダール天空国としては竜人を全員、天空国に戻したいと思いますが、復興に必要な竜人以外のできうる限りで原獣の園で霊石の収集に努めてください」
魔王軍に攻められて、シャンダール天空国としては、戦いに長けた竜人たちを原獣の園に大勢で行かせた状態には反対だろう。
竜人の守人たちの最高指揮者である守人長のアビゲイルに対して、人間界のために、原獣の園での霊石狩りに集中するよう依頼する。
「原獣の園の砦で霊石を狩れと言うわけだな。分かった。全軍を掛けて霊石を集めさせてもらう」
アビゲイルが同意してくれたところで再度、メルスを見る。
アレンが霊石集めの指示をしたところで、怒りが爆発したようだ。
『こんな時にも俺は畑作業か!』
「そうだ。仲間たちと軍の犠牲がどれだけ減らせるのか俺たちにかかっている。俺も創生のスキルレベルを上げる予定だし。メルス、お前を強くしないといけないからな。ルプトが残したお前の力だ」
『ルプトが……』
メルスとリオンを強化するためにはスキル「創生」のスキルレベルを上げ、新たな装備などを手にしないといけない。
創生スキルはスキルレベルを解放させ「天使」や「神」の系統の召喚獣を解放させるとメルスとリオンの新たな武器などの装備が与えられる。
アレンはこの10日間で創生のスキルを限界まで上げるつもりでいる。
アレン自身も創生のスキルを上げるのだが、召喚士のスキルを使用できる特技「天使の輪」を有するメルスも必要だ。
「今、魔王軍を攻めても俺たちに準備が整っていない。なら、俺たちの強化に協力してくれ。そうだな、ホークやツバメンで情報収集に努めていくぞ」
『情報収集して必ずルプトを奪還できそうならそっちを優先するぞ』
「当然だ。ルプトを奪還出来たら、今回の魔王軍の侵攻は完全な失敗に終わらせられる。作戦はすぐに変更する」
急激な作戦変更が起きた時のために、仲間たちにも伝えるよう言葉を選びながら、10日間の間に鳥Aや鳥Eの召喚獣を、魔王軍の根城に向かわせて、情報収集は始めると伝える。
そんな中、先ほどから気が気ではないと言わんばかりにルークが口を開きそうだ。
アレンは何が言いたいのか分かったので、あえて自ら口を開く。
「これが最後の戦いだ。やり直しも利かない」
「ん? そうだな」
「ほえ?」
ドゴラとクレナは何が言いたいのか分からなかったようだ。
「最後の10日目になるかもしれないが、家族や大切な人との時間にしてほしい」
「いいのかよ? お、一日は里に戻っていいのか?」
家族に会いたかったルークの表情を見て、キールも何を思っていたのか察した。
魔王軍の中枢に乗り込んでただで済むのか分からない状況で、万全の状態にしたいのは、大事な妹を持つキールも同じだ。
改めて魔王軍に戦いを挑む緊張感が仲間たちを包み込む。
アレンは今回、何日に戦いに行くべきかについて話をしたが、戦いに行くかどうかについて触れなかった。
全員、ルプトのために戦ってくれると仲間たちを信じていたからだ。
この状況の中で10日後というアレンの選択に怒りが沸いていたメルスがゆっくりと落ち着いていく。
『そうか。最後の別れか。すまなかったな……。いや、ありがとう』
アレンが何が言いたいのかメルスは理解したようだ。
魔王軍への戦いを挑むと多くの者たちに犠牲を強いるかもしれない。
攻めれば魔王軍は激しい応戦をしてくるだろう。
軍を動かすにしても、各国への影響は避けられない。
誰もが最愛の人との別れになるかもしれない戦いの中、自らの妹のために魔王軍に戦いを挑む仲間たちに、メルスは礼を言うのであった。